キオク
「もう5年になるのね。」
「そうですね。」
「そんな気がしないわ。あっという間だった。」
僕にはそう思えなかった。実際、とても長く感じた。
5年前のあの日、僕はある崖へ向かった。僕は死のうとしていた。
希望がなかった。その時、その崖で出会ったのが真帆だ。
「何をしているの?そんな前に行っちゃ危ないと思うけど。」
「・・・・・・」
「・・・死ぬんですか?」
「・・・・・・」
「・・・死ぬんですね。」
「えぇ。だとしても、あなたには関係ないでしょう。」
「関係ないですね。でも、あなたに一生で最後のお願いがあるんです。」
「・・・・・・」
「最後くらい、いいことして終わりませんか?」
それもいいかもしれないと僕は思った。
「お願いって。」
「私を、連れて行ってほしい場所があるんです。」
「連れて行って、ほしい場所。」
「はい。私とドライブしませんか?」
「・・・・・えぇ。」
僕たちは車に乗り込んだ。目的地は言わず、ただ走って。それが真帆のお願いだった。
「曲はなにがいいかしら。今どきにだと、うーん、YUIなんてどうかしら。」
「別に、何でも。」
「なら、私の趣味で決めるわね。」
そう言って真帆が入れた曲は、マイナーなパンクロックだった。
今の僕にはちょうど良かった。ぐいぐい引っ張っていくアップテンポなリズム。
ギター、ベースの見事なかけ合いと、クラッシュシンバルの響き。
自分で動く意志のない僕には、最高に心地よかった。
「車に乗るのって久しぶり。バスにはよく乗るんだけどね。」
僕は車を走らせ続けた。目的地はまだない。
「死のうとするのって、どんな気分なのかしら。私には分らないわ。」
僕には痛いほどわかった。ついさっきまで、当事者だったのだ。
「ねえ、教えて。」
「絶望。」
「え?」
「だから、絶望。」
「それだけ?」
「・・・面倒なだけ。」
「面倒なんかじゃないでしょ。」
「どうして。」
「こうやって、運転してくれてるじゃない。」
本当に面倒だった。面倒なはずだった。だってこの気持ちは、面倒以外の言葉では
表すことが出来ないじゃないか。
「私ね、一つだけ得意なことがあるの。」
「・・・・・・」
「知りたくない?」
「別に。」
「希望を探すこと。」
「・・・希望、探す?」
「そうよ。いつでもどこでも、探し出せるわ。」
「それって、希望がないってことですよね。」
「そうね。でも絶望とは違うわ。」
「どうして・・・」
「絶望は、希望よ。希望がないっていう、希望。」
僕は何も言えなかった。頭が、うまく働いていないように思われた。