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おにぎり屋ふくふく

おにぎり屋ふくふく|言えなかった「ありがとう」

作者: 絵宮 芳緒
掲載日:2026/04/20

昼下がりのふくふく。


やわらかい光の中で、ふくさんはいつものようにおにぎりを握っていました。

カウンターの前に、ひとりのおじいさんが立っています。


「今日も、塩むすびをひとつ」


「はいよ」


ふくさんは、にっこり笑って手を動かしました。


ミケが小さな声で言います。


「またあの人だね」


まぐろがうなずきます。


「いつも同じだよね」


トラは首をかしげます。


「なんでだろ?」


シロは静かに答えました。


「きっと、理由があるのよ」


クロは、おじいさんをじっと見ていました。


その日は、少しだけ――

様子が違いました。

受け取ったおにぎりを、すぐに食べずに、見つめているのです。


クロは、そっと近づきました。


「にゃ」


おじいさんは、ふっと笑います。


「おや……お前さんか」


少しだけ、遠くを見るような目でした。


「これなぁ……昔、あいつがよく作ってくれてな」


クロは、となりに座ります。

おじいさんは、ぽつりと続けました。


「毎日、同じでいいのかって言ったことがある」


「でもな……今なら分かる」


指先で、おにぎりをなぞります。


「同じがいい日も、あったんだなぁ」


風が、少しだけ通り抜けました。


「ちゃんと、言えなかったんだ。

ありがとう、って」


クロは、静かにしっぽを揺らします。


店の奥で、ふくさんがそれを見ていました。


そっと、新しくおにぎりをひとつ握ります。

少しだけ、あたたかく。

少しだけ、やさしく。


クロはそれを受け取って、おじいさんの前に置きました。


「……おかわりかい?」


ふくさんが、やわらかく言います。

おじいさんは、少し驚いて――

でも、ゆっくりうなずきました。

ひとくち。


「……うまいなぁ」


その声は、どこかほどけていました。

もうひとくち。

そして、空を見上げます。


「……ありがとうな」


その言葉は、誰に向けたものなのかは分かりません。


でも――

ちゃんと、届いた気がしました。


クロは、そっと隣に座ります。

何も言わずに。

ただ、そこにいます。


おじいさんのしわのある手が、クロの頭をやさしくなでました。


「お前さんも、ありがとうな」


クロは目を細めます。


「にゃ」


その日もまた、ふくふくのおにぎりは

言葉にならなかった気持ちを、そっと運んでいました。

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