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それから  作者: あめふらし3号
本編
2/20

2.


目は開けないままに握り締めた手が掴んだものは、さらさらとして指の間から零れ落ちていった。


何だこれ。

今まで自分がどこで何をしていたのか、思い出そうにも全く記憶がない。


あまりの眩しさに目を開けようにもなかなか開けられず、思わず顔を顰めた。それでも何とかうつ伏せの状態から立ち上がり、周囲の状況を確かめるべく必死に目を凝らす。しかし、段々と光に慣れてきた目に映った景色は、思わず目を疑いたくなるようなものであった。




 雲一つない青空に、大地を覆う砂山。周囲にあるものはそれだけ。青と茶の二色の世界に一人きり。あまりのことに最早呆然と立ち尽くすしかなかった。


着の身着のままここで倒れていたらしいが、未だに現状に至るまでの記憶が思い出せない。それどころか混乱するあまり、それ以外の記憶も上手く引き出せなくなっている。


自分は誰だっけ。


じりじりと身を焼かんばかりに照りつける太陽に汗が吹き出し、それを拭う手の甲もびっしょりと濡れている。このままでは冗談ではなく本当に焼け死んでしまうと、俺は羽織っていたカーキ色のトレンチコートのフードを被り、ゆっくりと歩き出した。遠くに見える、まるで蜃気楼のように揺らめきながら砂上にぼんやりと浮かぶ、街らしきものに向かって。




***




自分が必死に呼吸する音と、足を引きずるようにして砂の大地を進む音しか聞こえない。風も無い。自分以外の存在を全く感じられない。焼け死ぬ前に気が狂いそうだった。


息をするのが苦しい。

生きているのが苦しい。

夢なら醒めてくれ、と一体何度願ったことか。


ひたすらに遠くの街の姿だけを追い求めてどうにかこうにか歩き続けてきたが、一向に近づく気配がない。それどころか歩けば歩くほどに遠のいていくような気がした。極限状態に追い込まれた脳が創り出した砂上の幻影。目の前に見える光景について誰かにそう説明されたとしても、今ならすんなりと納得出来そうだ。


自分はここで死ぬのかもしれない。


朦朧とする頭の中で、ふとそう思った。






「生きてるかい?」


 声に反応して目を開けると、そこに白装束の男がいた。どうやら俺は気絶していたようで、仰向けに倒れた俺を覗き込む男の背後には瘤の無い駱駝のような生き物を連れた白装束の人間たちが何人も連なっていた。俺が警戒心も露わに、目の前にいる男の唯一露出している目をじっと見ていると、男は徐に鼻と口を覆っていた布を取ってにこりと笑った。


「良かった。生きてるみたいだね。君がどこの誰だかは知らないが、こうして名も無き道の途中で出会ったからには我々には君を救う義務こそあれ、危害を加える気は一切ないよ。ザフィーニデスクォリープスの名に誓って約束する」


男はそう言って俺の背中に手を当てて上体を起こすのを手伝うと、続いて冷えた水を飲ませてくれた。少し塩分を含んだ水は渇き切った喉を潤すとともに、ほとんど失いかけていた俺の気力を格段に回復させた。


「ありがとうございます。貴方方のおかげで私は生き長らえることが出来ました」


何かを考えるよりも先にするりと口からそんな言葉が飛び出して、言った本人であるにもかかわらず俺は自分の口にした言葉に酷く驚いた。けれども当の相手はその当惑に気づく様子もなく、俺の言葉に笑顔で首を横に振った。


「我々はただ導かれるままに当然のことをしたまでで、君が生き長らえることが出来たのは偏にそうしたお導きを受けるに足る君自身の日頃の行いによるものだ」


その言葉を耳にした瞬間、とある一つの情報が俺の頭のどこからか聞こえてきた。


―――――諸国を流浪するシャズスの民。彼らは自らをザフィーニデスクォリープス、すなわちザフニエアス神の従順なる僕と称して、その神のお導きをこの世における唯一の灯火とし、流浪し続ける。生きとし生けるものに対するいかなる殺生をも禁じ、また清らかなる魂においては無条件で救いの手を差し伸べることを神からの至上命令として遵守している。


その淡々と一切の感情無しに読み上げる声は、どうしてか妙に耳に馴染んで心地良いとさえ思った。あれは一体誰の声だっただろうか。まるで新月の夜に声の主を求めて彷徨うかのように、声は聞こえども一向にその姿は見えてこない。それがまた酷くもどかしい。


「この先にある街まで送ってあげよう。立ち上がれるかい?」


 その声にはっと我に返ると、目の前の男が少し腰を屈めながら俺に向かって片手を差し出してきた。俺は一度強く頷いた後その手を借りて立ち上がると、シャズスの民たる彼らとともに街へ向かった。






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