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それから  作者: あめふらし3号
番外編1 ―異世界―
11/20

「現代」 後編

「忘れてきたのか?」

「……何かそんな感じ」


 武の問いかけに俺が脱力しながらそう答えると、武はいつの間に食べ終わっていたのか割り箸を袋に戻し、それをしっかりと閉じた弁当の蓋の上に置くと、仕上げに輪ゴムで元通りに括った。そして徐にズボンのポケットから携帯を取り出すと、手早く何か操作し始めた。メールでも届いたのだろうかと俺がその様子を見ていると、視線を感じたのか武はふと手を止めて顔を上げた。


「お前、探すの下手だからな。念のため鳴らしてやるよ」

「おぉ! サンキュ」


武の言葉にその手があった、とばかりに俺が声を上げると、武は笑って再び手を動かし始めた。




 武の「鳴らすぞ」という声を合図にじっと周囲に耳を澄ましていると、意外にもすぐ近くから、それもはっきりとした音量で俺の携帯の着メロが流れるのが聞こえた。そのことにひどく驚きつつ、発信源は一体どこなんだ、とその在りかを探っていたところ、ふと俺のすぐ隣で腕と足を共に組んだ状態で椅子に座り、先程からずっと眠り続ける奴の姿が目に入った。


まさかと思いながら、俺がそのズボンのポケットに向かって恐る恐る手を伸ばすと、そこに触れる前に素早くぱしりとその手を叩き落とされた。何か同じようなことがつい最近あったなと思いつつ、そろそろと視線を上げて奴の顔を見ると、奴は薄目で俺を見下ろしていた。


奴は相変わらず鳴り続ける着メロの音に眉を顰め、徐にズボンの右ポケットからあるモノを取り出すと乱暴にそのボタンを押し、それと同時にぴたりと着メロの音が止んだ。


「……ちょ、それ、俺の! 俺のだから! 何で俺の携帯をお前が持ってんだよ!」


目の前で平然と俺の携帯を再び自分のポケットの中に戻す奴の姿に、あれはもしかして俺のじゃないのかと一瞬自信を失いかけるが、そもそも奴は携帯なんてものを持っていない。一方で、そんな俺の葛藤の上に紡がれた言葉を奴はひたすら鬱陶しそうな顔で受け流すと、「煩い。騒ぐな、アホ」と言って、何事もなかったかのようにしてそのまま再び目を閉じてしまった。


ふざけんな。話はまだ終わってねぇ!とその肩を乱暴に揺さぶりつつ叫びたいところだが、奴の昼寝の邪魔をするともれなく恐ろしいことが待っているので、悔しいが今は大人しく引くしかない。






「何か、何となくこんなオチな気がしたんだよな。……ま、でも携帯が無事なだけ前よりマシだろ?」


 深い溜息を吐き、顰め面で頬杖をつく俺を、武は少し困ったような表情で微笑みながら、そう言って慰めた。確かに武の言うように、前回知らぬ間に携帯を水没させられたことを思えば、今回は携帯自体が無事なだけまだマシな方ではある。


「確かにそうだけどさー。……んったく、何考えてんだか」


俺の携帯に一体、何の恨みがあるというのか。ただ単に不定期に鳴る着信音が気に食わないんだろうか。だが、俺の携帯の着メロはそこまで派手な音ではないし、学校にいる間は基本的にマナーにしている。


「それじゃあ、まぁ、そろそろ行くか? 次、社学だから早めに行かねぇと後ろの席がなくなっちまう」


武の言葉にふと近くの壁にかかっている時計を見ると、次の授業が開始する約15分前であった。他の授業であれば開始時刻ギリギリに行っても全く問題はないが、次の授業である社会学に関しては別である。授業初回当初、受講者数が講義室の定員オーバーであったにもかかわらず、どうせ後々減るだろうと担当教員が部屋を変更しなかったため、多少人数が減った現在もほぼ定員ぴったりで、本当にあっという間に席が埋まってしまうのだ。


「あ、悪い! 時間全然気にしてなかった」


俺の言葉に反応したのか、すぐ横で奴が起きた気配を感じつつ、俺は慌てて荷物を手にして席を立った。






********************






 一瞬、自分が今どこにいるのか全く分からなかった。目の前に見える木目の天井から首だけを動かして徐に周囲を見渡し、そこでやっとここが昨晩宿泊した宿屋の一室であったことを思い出した。


「……すげ、懐かし」


ふと零れ落ちた滴に、両目を片腕で覆い隠しつつ、気づけば無意識のうちにそう呟いていた。




 本当に随分とリアルで懐かしい夢を見たものだ。確か俺は大学にいて、武がいて。おまけにどっかの獣まで出てきてたっけか。


俺はつい先程まで見ていた夢について更に詳しく思い出そうとするものの、既にそれ以上は何も思い出すことが出来ず、それがどうしようもなく歯痒く、辛かった。




 あちらの世界のことを決して忘れていたわけではないが、普段はいわば心の奥底に仕舞い込んである。それがこんな風に、夢などで不意に目の前に突き付けられると、途端にそれまで一緒に仕舞い込んでいた、あちらの世界に対する懐かしさや恋しさといったものが一気に溢れ出して仕様がない。


あちらは今、一体どんなことになっているのだろうか。俺がいた頃よりもずっと未来の時を刻んでいるのだろうか。家族は元気にしているだろうか。武は、大学の奴らはどうしているのだろうか。


全て、いくら考えても仕方のないことだ。俺にはそれらを知る術が全くない。分かってはいるが、どうしたって考えてしまう。






 とりあえず気分を入れ替えるために顔でも洗ってこようかと、俺は両目を覆っていた腕をはずし、ベッドから起き上がろうとした。ところが、ベッドから起き上がることがどうしてか出来ない。何かがきつく俺の体に巻きついているようで、身動きが取れないのだ。


妙な既視感を覚えつつ、恐る恐る自分の体に巻きついたものに目をやると、それはしなやかな筋肉のついた人間の男の腕であった。


これを無理やり振り払おうとすれば、俺は痛い思いをすることになる。どういうわけか、そうに違いないという確信があった。




―――――俺はこの後、一体どんな行動を取るのが正しいのだろうか。






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