「現代」 前編
目覚まし時計が鳴る音が聞こえて、俺はのろのろと手をベッドの脇に手を伸ばした。しかしながら、手を伸ばした先に目覚まし時計はなかったようで、仕方なく布団から出て目覚まし時計を止めようとした。
ところが、布団から出ることがどうしてか出来ない。何かがきつく俺の体に巻きついているようで、身動きが取れないのだ。寝相のあまりの悪さに、自分で自分の体にタオルケットか何かを巻き付けてしまったのかと、まだ寝ぼけた状態の頭でぼんやりと考えながら、とにかく巻きついたものを引き剥がそうと手を掛けた。
その瞬間、その手をべしりと何かに叩かれた。
……結構痛かった。
これはさすがにおかしいと、だんだんと目覚め始めた頭で感じてはいるものの、しっかりと目を開けることが出来ず、なかなか視界がはっきりとしない。よく分からないが、とにかく自分の思うように事が運ばないことに俺は少し苛立ち、先程とは違って今度は思い切り体を捩ることで、無理矢理その巻きついたものを振り落とそうとした。
ところが、次の瞬間にベッドから蹴り出されたのは、俺だった。
驚きのあまり、床に転がったまま動けずにいると、俺を蹴り出した奴は徐に起き上がり、そのまま容赦なく俺を踏みつけた。
「んなとこで寝てねぇで、さっさとメシの用意しろ」
そして見下すような目を俺に向けながらそう言うと、さっさと風呂場に向かって歩いて行った。
その姿、その態度を見て、奴が誰であるかは疑いようもなかったが、そうなるとより一層訳が分からなくなった。様々な憶測が頭の中を駆け巡り、俺は混乱の極地にあったが、ふと目に入った時刻を見て、一先ず大急ぎで朝食の準備をし始めることにした。
***
……何だ、この悪夢。
マジで全然笑えないんですけど。
朝食を二人揃って食べた後、慌てて大学へ向かおうとする俺に何故か奴までついてきて、そのまま二人揃って大学へ。俺が必死にチャリを漕いでいるのに対し、奴はその荷台に座って、乗り心地が悪い、速度が遅すぎる、などと始終文句を垂れていた。
大学に着いたら着いたで、奴は当たり前のように俺の横に座って、同じ講義を受けた。……というか、講義の始まりとともに寝て、講義の終わりとともに起きた。それならそれで、せめてずっと寝ていてくれればいいものを、俺が席を立ち上がると同時にむくりと起き上がるのだ。
本当に何しに来たんだよ、お前。
もういいから帰れよ。
切実にそう思うものの、そんなことを直接本人に向かって言えるわけもなく。
昼休みになり、ラウンジの2階の奥にあるテーブルで今朝慌てて作ったおにぎりをひたすら無言で咀嚼していると、少し遠くの方から武がやって来るのが見えた。
「はよ」
そう言って俺の向かい側に座り、近くの購買で買ったであろう見るからに美味そうな弁当を開ける武の姿を見て、俺は挨拶を返しながらふと、あることに思い至った。
「……ってかお前、午前中どうしたんだよ? いなかったよな?」
普段、俺はほとんどの講義を武と一緒に受けている。他の奴らはというと、学生の本分たる勉学をおざなりにし、部活にバイトに、更にはマージャンなどの賭けごとにそれぞれが日々精を出しているので、全く期待できない。それに引き換え、武は大変頭がよろしいので、勉強において俺は武に何かと助けられることばかりなのだ。
俺の問いかけに、武は鶏の唐揚げを口に入れつつ、何かに納得したかのような表情をした。
「バイト先の飲み会でちょっと飲みすぎたから明日の午前は休む、って昨日メール送ったろ? ウラにしては珍しく返事きてねぇなって思ったら、やっぱ見てなかったのかよ」
「……マジで?」
武の言葉を聞き、俺は慌ててそのメールを携帯で確認しようとするものの、肝心の携帯が見つからない。そう言えば、今朝起きた時点から携帯を見た覚えがない。服のポケットにも入っていないし、鞄の中にも入っていない。
……どうも、家に置いてきたらしい。