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それから  作者: あめふらし3号
本編
1/20

1.


これまで誰にも話したことはなかったが、俺には生まれた時から前世の記憶があった。


しかし、だからといって今の俺に特別な何かが備わっているわけではない。そもそも前世の俺は極々普通の女の子だった。記憶を持つが故に幼い頃こそ周囲と比べて少しは優れているように見えたかもしれないが、二十歳過ぎれば何とやら。今となってはそんなことも皆無である。




 現世では特に大きな不幸に見舞われることもなく、平凡ながらも平和な毎日を過ごした。最初こそ前世との性の違いに少し戸惑ったものの、体に引きずられたのかそれもすぐに慣れた。


俺を見守ってくれる両親に、気が置けない友人たち。いつもいつも誰かに支えられながら義務教育を終え、高校を卒業し、俺は今や大学生になった。


今も昔も現状に対して不満に思うことなんて一つもない。それなのにどうしてだろうか。いつまで経っても忘れられない。忘れさせてくれない。


―――――目が眩むほどの輝きを放つ、あの“金色の瞳”。




***




「何かあったのか」


 心地よい秋風が次第に冬の気配を漂わせつつある頃。半分うたた寝状態だった3限の文学の授業を終えた後で、不意に友人たるたけしからそんな言葉をかけられ、即座に眠気が吹き飛んだ。


何で。

どうして。


こちらを見据えるどこまでも真っ直ぐな瞳に、俺は視線を逸らさぬまま、慌てふためく内心を悟られないよう必死に平常を取り繕った。


「別に何もないけど。何で?」

「いや、何となくそう思っただけだ。……何もねぇならそれでいい」


そう言ってまだ少し気にする素振りを見せながらも、この後すぐに最近付き合い始めたばかりの彼女の菜々子ななこちゃんと外出する予定がある武は、待ち合わせ場所に向かうべく一足先に講義室を出て行った。正直これには心底ほっとした。もし相手が武ではなくあきらであったならば、絶対に隠し通すことなど出来なかった。ただでさえ俺はあまり隠し事が得意ではない。それなのに一体どうしてあの優れた観察眼を持つ友人の追及から逃れられようか。


今日という日は金曜日で、ちょうど週末に入る。運が良い。平日とは違い、週末はまず彰と顔を合わせることはなくなる。この間に何とか心の整理をしておかなければならない。




***




最近になって、毎日のように夢を見るようになった。

それも同じ内容の、前世の記憶という名の夢を。


 俺は普段滅多に夢を見ない。眠ってから朝目覚めるまでほとんどノンレム睡眠である。だからちょっとやそっとの物音くらいじゃ全く起きない。それが突然ここ数日になって毎日夢を見る。これは俺にとって結構大事であった。何しろあまりに不自然すぎる。まるで何者かによって意図的に見させられているような、そんな感覚さえする。


しかも前世の記憶の中でも夢に見るのは、“あの世界”における出来事ばかり。これが意図的だとすれば、その目的は何なのか。今更あの日々を思い出させるような真似をして、一体何になるというのか。まさかもう一度行けとでも言うつもりなのか。




 それまでずっと白昼夢でも見ていたかのように、突然現実が目に飛び込んできた。コンクリートを踏みしめる靴の感触に、微かに頬を撫でる冷たい風。周囲を見渡せば一体いつの間にこんなところまで歩いて来ていたのか、気づけば駅前の人で込み合う道を一人歩いていた。


そんな自覚は全くないが、自分は実は疲れているのだろうか。家に帰ったらとりあえず今日はさっさと寝ることにしようか。そんなことを考えながら、ふと見上げた先に青く光る信号機が目に入った。段々と近づいていくその光は、まだ点滅しそうにない。


歩き続ける足。


そのまま横断歩道に足を踏み入れた瞬間、全ての思考が停止した。






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