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第8話 私は…

 案内されたのは、王城内にあるフセルニア副騎士団長の私室だった。余計なものがなくさっぱりとしている。机と椅子以外、本当に何もないのだ。


(神経質な人なのかな)


 ヒスイはひそかに失礼なことを考えていた。

 その部屋には一番この部屋が似合いそうな人物———アマノ女医も同席していた。しわ一つない白衣を着て、周囲を威圧していた。そんなアマノの雰囲気をまるで意に介しないのがアオイだ。にやにやしながらアマノに近づくと絡み始めた。


「何でアマノさんもいるの?」

「だって私はアオイさんの上司ですから」

「ふふふ、情死しないでよ?」


 この緊張感の無さである。澄ました顔のアマノを一瞥してからアオイは視線をツクミへ向けた。


「ツクミ、ベルクにお礼を言っておいて。これで私達は行動しやすくなる」

「はい、陛下もそうお考えです。さて、今回の件だが」


 どういうことだろう———話題が移り、ヒスイはアオイの真意を聞きそびれてしまった。ツクミが大きく咳払いをすると、話始めた。


「六英雄は十年前に“混沌の魔人”を倒した。しかし、呪いは残り、魔大陸を蝕み続けた。だが、三年前にスガル平地の呪いはアスラ王国と魔国の戦いの際に一人の戦士によって解呪された」


 その声は落ち着いていたが、部屋の空気だけが少しずつ冷えていくのをヒスイは感じていた。そしてツクミの言葉にヒスイは大きく頷く。あの日、“呪い”が解呪された時の光景をヒスイは一生忘れられないと思う。


「はい、私も一兵卒としてあの戦場にいました」

「ヒスイがあの戦いに参加していた事は調べてある。話題を戻す。スガル平地の呪いが解けたことで、他5所の呪いが不安定な状態になっている」


 その話はヒスイも知っていた。呪いが不安定になり、魔大陸を覆っていた闇の魔素が薄くなって来ていると。


「良いことじゃないですか。何が問題なのです?」


 問いに答えたツクミの言葉には嫌悪がにじんでいた。


「魔大陸を闇の魔素で覆っておきたい輩がいるんだよ」


 ツクミの答えにヒスイは納得ができなかった。魔大陸の“呪い”を解呪すること———この世界に生きる人々皆が願っていることだとヒスイは信じて疑わなかった。


「何でですか?理解できない。そんなことをしたい輩って誰ですか?」


 ヒスイの言葉に空気が凍り付いた。アオイがするどい殺気を放っていたのだ。


「アオイさん…」


 たまらずにヒスイはアオイの名を呼んだ。アオイを我に返さないと、アオイが悪鬼になってしまいそうだったから。


「混沌の魔団、———かつて“混沌の魔人”が作った組織だ」


 混沌の魔人の思想は受け継がれていたのだ。アオイは苦渋に満ちた表情を浮かべ、絞り出すように言った。


「目的は"世界に秩序"を与えないこと。宗教みたいなものだ。秩序を得た世界は力に満ち、その力で滅ぶと信じているんだ」


 ヒスイは言葉を失った。あまりに歪んでいて、それでも筋が通っていることが恐ろしかった。

『強い力が世界を滅ぼす。』ありえないことではない。大きすぎる力は確かに危険だ。でもスガル平地で見た小さな戦士が創生した“光と闇の粒子”は強い力を持っていたが、とても暖かかった。

 強くても優しい力であれば世界を滅ぼすことはない———ヒスイはそう信じたかった。


「奴らは混沌とした世界———常に争い、力が削がれ、飢えた世界を理想とする。

 大きく発展しそうな国があれば内紛を起こして力を削ぐ。発展しそうな技術があれば発明者を暗殺する。奴らは世界の影で暗躍してきた。大きな力を作らないために。

 これが混沌の魔団、いや混沌の魔人が行ってきたことなんだ」


 アオイの静かな怒りに満ちた声が無機質な部屋に響いた。そんな組織が昔から暗躍していたとは。ヒスイは恐ろしかった。そんな負の感情で管理された世界なんて耐えられない。

 ヒスイは歴史として混沌の魔人を知っていた。


————500年前に魔大陸を結界で封印し、闇の魔素で魔大陸を覆った恐ろしい魔人。30年前に再び魔大陸へ現れ、6所に呪いを施して魔大陸を地獄と化し、10年前に六英雄に倒された悪しき魔人。


「思想としては理解できる。でも医学的にみると混沌は死だ。ゆがんだ世界は治療が必要だ…」


 アマノ女医の言うことは真理だとヒスイは思う。ゆがんだ思想は病魔のごとく世界を覆い、逆に世界を滅ぼすのではないかと。


「混沌の魔団の目的はわかりました。理解できないけど…。でも今更何をするって言うのです?魔人は死んだんだ!!」


 ヒスイはツクミに咎めるように質問した。まるでツクミが混沌の魔人の崇拝者であるかのように。


「奴らはスガル平地の呪いを復活させようとしている。魔国が秩序を取り戻さないように。我々はそれを阻止し、残りの呪いを解呪する!!」


 呪いを解呪する。魔国の人々は喜ぶだろう。だがヒスイは疑問だった————アスラ王国に利益はないのではないか、と。


「ヒスイが言いたいことはわかる。アスラ王国がなぜ呪いを解呪するのか?ってことだろ。ダスティス女王からの申し出なんだ…。呪いを解呪できたら魔国の地をアスラ王国の一領としたいと。それほどまでに呪いの解呪は魔国にとって宿願なのだろう」 


 それほどに!そこまでの決意をさせる“呪い”の存在。本当にただの人間が500年もかけてやったことなのか??ヒスイは混沌の魔人が施した呪いの凄まじさを想像して身震いがした。そしてツクミが核心を言葉にした。


「陛下は魔国と協力して呪いを解呪し、魔大陸の“闇の魔素”を一掃する決意をされた。二人にはダスティス女王へベルク国王の決意を記した親書を渡してもらいたい」


 ヒスイは任務の重大さに心を潰されそうだった。しかし、アオイの存在がヒスイの心をつなぐ。アオイの心に寄り添いたいと思うのだ。理由はわからないがアオイを見ているとそういう気持ちになるのだ。


「あなた達との連絡は情報部が管轄します。諸侯への根回しはツクミ君がやるけど、民間の商会や傭兵団への協力依頼は情報部で行います。

 あれだけ大々的に"矢切丸"をヒスイに渡して、A級に任じたんだから、諸侯も協力せざるを得ないものね。その動き方で諸侯の腹も探れる…。魔国がアスラ王国へ加わることへ不安視する勢力もありますから。私は諸侯の思惑を知りたい」


 ヒスイは事が周到に進んでいることに戦慄していた。話は理解できる。だが、頭の中で整理が追いつかない。でもその中心に自分がいる。

 ―――この任務は、もう後戻りできない。ヒスイはアオイを見上げた。


「あの…私はアオイさんの役に立てますか?私は力になれる自信がない…」


 アオイはヒスイと視線をあわせた。


「ヒスイは強い。あの黒騎士にだって引かなかった。それにもっともっと強くなる。ヒスイがもらった魔刀、矢切丸はヒスイの力になってくれると思うよ」


 ヒスイはずっと握りしめていた矢切丸をみた。


「ジンライ様の刀…」

「それとね…、私はヒスイを“信頼”しているんだ」


 アオイのその言葉にヒスイの心は大きく鼓動した。


「ヒスイ、私達は大森林に"竜の魔装"を受け取りに行く。魔大陸には大森林から"エルフのゲート"を使って渡る」


 ヒスイは噂だけ聞いたことがあった。“竜の魔装”———その拳は地を割り、その咆哮は海を割り、その装甲はあらゆる攻撃を防ぐという…。そして“エルフのゲート”———空間を転移する装置。


「ヒスイには竜の魔装を使いこなせるようになってもらいたいんだ。ヒスイにならできる。私にはわかるんだ」


 ヒスイはアオイの言葉を信じることにした。ヒスイを信頼すると言ったこの人の言葉を。


「わかりました、アオイさんを信じます。でも、一つだけ教えてください。アオイさんは何者なのですか?」


 ヒスイはアオイの目を真っ直ぐに見た。ツクミはアオイが答えるのを止めようとしたが、アオイはそれを手で遮った。そして、アオイから紡がれた言葉。


「私は…、混沌の魔人の娘だ…」


 その言葉が理解できるまで、ヒスイには一呼吸分の時間が必要だった。





「それではアオイさん、明日近衛騎士団から団員を行かせますので。何なりとお使いください。ヒスイ、君にも出来るだけの援護をする。まあ、アオイさんと一緒なら“身の安全だけ”は保証できるが」


 ヒスイはもう一つ確認したいことがあった。それはアオイが“強い”ことだった。アオイには言い知れぬ凄みがあった。でも所作はとことん無防備なのだ。魔素もそれほど強い感じはしない。———本当に強いのか??


「うん、わかったよ。ヒスイのこともこれからの魔大陸のことも。ダスティスとちゃんと話をするよ。任せて」


 その言葉の響きから、ヒスイはアオイの責任感を感じていた。気負っているのだ。


「アオイさんの"任せて"は心強いけど無理はしないでよ。他のことには無気力なくせに…。アオイさん、混沌の魔人のことになると無茶するから…」


 アマノ女医へアオイは静かに首を振った。


「私は混沌の魔人が嵌めた枷を解き放たなければならないんだ。これは私の“くびき”だから」


 ヒスイはアオイのこの言葉を許せなかった。アオイさん!それは違うよ———でも言葉にできなかった。今のヒスイには、まだそれは言えなかった。


 少しの静寂が場を支配した。その重い雰囲気を変えたのはアマノ女医だった。


「そうだ!アオイさん。情報部から定期連絡をするので、ちょっと血をちょうだい」

「えー。嫌だよ。痛いの嫌いだし」


 アマノは嫌がるアオイをムズっと捕まえると服を脱がそうとする。


「そんなこと言わないで。手を出して」

「わかった、わかったから!ツクミに見えちゃう…」


 実際、アオイの服はお腹までまくられて、へそが見えていた。そこでアオイは観念したのか椅子に座り、顔を背けながらきつく目を瞑った。


「は、早くして。ね、痛くしないでね。も、もう、終わった??」


 そんなアオイの様子にアマノはあきれていた。


「これからです。刀を振り回して血だらけになることもあるのに、何がそんなに嫌なの?」

「何でって。わかっていて傷付けるの嫌じゃない?だから医者は苦手だ」


 ぶつぶつと文句を言うアオイを宥めながら、アマノはつぶやく。


「はい、終わったよ。無茶しちゃだめだよ。それにあなたが魔人の業を背負う必要なんてない…」


 アマノの言葉はとてもやさしく響いた。そして、」ヒスイはアマノの言うとおりだと思った。アオイはアオイなのだから。


「これで連絡用にアオイさんまで伝信鳩を飛ばせるわ」


 アマノは立ち上がると次はヒスイのことをムズっと捕まえた。


「次、ヒスイさんもお願いね」


 有無を言わさずにヒスイもアマノに血を取られてしまった。


「ところでアオイさん、今日はこれから予定ありますか?もし、時間があるようなら近衛騎士団のメンバーを紹介したいのですが…」


 ツクミの申し出にアオイはニヤっと笑って言った。


「うん、それは今度の機会に。それより近衛騎士団の演習場を貸して欲しいんだけど?」

「それは構いませんが…」


 アオイはヒスイに向き合うと朗らかな声で言った。


「ヒスイ、私と勝負してみない?」


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