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第6話 アオイの友誼

 ヒスイは執務室へ入ってから今までの記憶がなかった。この食堂だって、長い架台式のテーブルが何台も並べられ、木製の椅子が整然と並べられている。食堂がこれだけ立派なのだ。さぞかし執務室は荘厳であっただろう。


(はあ、執務室見たかったなあ…)


 大いに矛盾したことを考えながら、ヒスイは食堂を見渡した。多くの騎士が遅めの昼食を食べていた。どうやらこの食堂は騎士階級が利用できるらしい。


(あのお料理美味しそうだな。あれ?そういえば私たちってここにお昼を食べに来たんじゃなかった??)


「あのー、アオイさん。そろそろご飯食べませんか…?」

「うん。そうしよう。ここの料理はおいしいんだよー」


 ヒスイはこの食堂でお昼を食べるのだと思っていた。しかし、アオイはおもむろに立ち上がると歩き出した。


「ついてきて」


 食堂の奥をズンズンと進んで行った。汗臭い騎士をかき分け、ドンドンと進んでいく。まるで勝手を知った我が家のように…だ。

 厨房に入るとこんどはコックをかき分け、ガンガン進んでいく。そして一際高いコック帽を被った中年の女性の前に立った。えらく威勢の良い女性でヒスイは怒られないかとヒヤヒヤしていた。


「アオイじゃないか!!」

「マチさん、お久しぶり!覚えていてくれた?」


 マチはアオイの顔を見るなり、破顔一笑した。


「当たり前だよ。身体はもう良いのかい?」


 マチはアオイの身体を弄りながら心配そうにしていた。マチの言葉を聞き、ヒスイはアオイに施されたヒーリングを思い出していた——あれだけのヒーリングが使えても癒せない不調とはどんな事だろう。


「うん、ぼちぼちかな。今日はマチさんの料理が食べたくて来たんだ。山鳩の焼いたやつ…、あれが食べたいなぁ」

「本当かい、任せな!とても美味い山鳩を食わせてやるよ」


 やる気をみせる料理長。しばらく厨房の片隅で待っていると二人の前に、マチ料理長渾身の山鳥料理が運ばれてきた。皮目を炭の遠火でパリッと焼いたモモ肉にヤマモモを煮詰めた甘酸っぱいソースをかけた一品だった。


「本当に美味しいですね。野外料理の定番なのにこんなに綺麗で素敵!美味しい!!すごいですね」

「でしょ。やはり要は応用力だよ」


 ヒスイは単純に感動していた。食べなれた食材をこんなにおいしくしてしまうなんて。

 そして、おいしそうに料理を食べるアオイを見ながらヒスイは躊躇していた。だがやはり聞いておくべきだと思い、アオイに向きあった。


「アオイさんは何者なのですか?あなたとこれからバディになるなら、あなたのことを知りたい」


 ヒスイはアオイの得体の知れなさが怖かった。でも、アオイからは同時に安らぎも感じた。アオイのことが知りたい。アオイの役に立ってみたい。いやそもそも、国境警備をしていた自分がアオイの役に立てるのだろうか?

 グルグル回る思考のループからヒスイは抜け出せずにいた。


「ヒスイ、難しいこと考えていただろう。顔に出ている。

…私のことはちゃんと話すよ。ヒスイには全部話す。約束だ。でも明日、ツクミと話をしてからだ。それまで待ってほしい」


 ヒスイはアオイのとても濃い藍の瞳の中に、信念を見た気がした。——アオイが背負っているのであろう業なのか。それとも固い、固い決意なのか。


(この人はとても大きなものを抱えているんだ。そしてそれを自分のせいにしているのではないだろうか…?)


 漠然とヒスイはそんなことを思った。アオイの深い藍色の瞳はヒスイのこころに小さなさざ波を起こしたのだ。


「ツクミとの話はきっと難しくなる。だから今日はたのしもう?よし、そうと決まれば!マチさん、デザートが食べたい!!」


 笑顔でデザートをほおばるアオイを見ながら、ヒスイは心の中に起こったさざ波に戸惑っていた。




 

「服を買おう!近衛騎士団がお金を出してくれるらしいから、ちょっと多めに買っちゃおうか?」


 城を出ると突然アオイが提案してきた。


「税金の無駄遣いですよ…。私、着ていくところもないし」

「いやいや、かわいい服は大事だろ。着て行く所が無いんじゃなくて、かわいい服を着たいから出かけるんじゃないか!」


 アオイがもっともらしい事を力強く言った。


(アオイさんの言う通りだ。今悩んでもしょうがない。ならちょっとぐらい楽しんでも良いよね)


 ヒスイはちょっとだけ迷ったがアオイの提案に乗ることにした。


「アオイさん、服屋さんに行きましょう。道具屋さんにも行きたいです。魔剣が見たい!」

「ヒスイは魔剣が好きだったね。よし、じゃあ先ずは剣を見に行こう。馴染みの店を紹介してあげよう!」


 アオイは前に立つとどんどん歩いて行った。アオイは歩くのが速い。おいて行かれないようにヒスイも歩調をあわせた。

 海沿いの細い路地からは海が見えた。漁帰りの船が停泊し、港では船員が忙しく働いていた。海のないバール領では見ることのできない光景に、ヒスイは面白くて見とれていた。キョロキョロしながら道を進み、アオイに笑われてしまった。


 アオイがヒスイを連れてきたのはボロボロの小屋だった。"ジャスパの店"と書いた大きな厳つい板を看板がわりに壁に立てかけてある。店の名前にヒスイは感動していた。


(…ジャスパ?六英雄の一人、鉄王ジンライ様のお弟子さんと同じ名前だ!)


 魔剣が大好きなヒスイは魔剣の名工であるジンライを尊敬、いや崇拝していた。いわゆる"ジンライおたく"なのだ。


「偏屈だけど腕の良い人なんだ。自分の気に入った人にしか売らない。だからさ…」


 アオイがそう言って店のドアに手をかけると、ボロボロのドアは傾いて倒れてしまった。


「とっても貧乏なんだよ」


 ドアが壊れる音を聞きつけたのであろう。大きなだみ声が店の奥から響いてきた。


「ふん、魔素も感じさせねえ嬢ちゃんに売る武器はないよ!追い出されないうちに早く帰んな!」


 あまりの大声にヒスイの身体がビクッと小さく震えた。ドアを直そうと悪戦苦闘していたアオイが手を止めると、肩をすくめながら店の奥へ聞こえるように言った。


「ジャスパ、相変わらずだね。私にも売ってくれないの?」


 そのとたん、店の奥から筋肉質で大柄な男が飛び出してきた。よほど慌てたのだろう。男は物に躓き躓き、転がるように戸口へやってきた。


「アオイさん!」


 男の顔は涙と鼻水でべちょべちょに塗れていた。


「ちょっとジャスパ、汚いよ」


 アオイはジャスパからサッと身を翻すとヒスイの後へと下がった。


「アオイさん!本当にアオイさんだ!!またアオイさんに会えるなんて。三年前に大怪我したって聞いてから消息も分からず、どれだけ心配したか…」


 ジャスパはアオイに悪いところがないか丹念に観察しだした。


「ちょっとやめてよ、身体はもう大丈夫だよ。私はジンライの残してくれた"もの"を大森林へ預けっぱなしだからね。倒れていられないよ」


 その言葉にいち早く反応したのはヒスイだった。


「え、ジンライって本当にジンライ様のお弟子さんのジャスパさん?」


 ヒスイは眼をキラキラさせながら、大きなジャスパを見上げた。その笑顔は王都に来てから一番輝いていた。


「ああ、そうだが。アオイさん、こちらのお嬢さんは?」


 ジャスパは訝しるようにヒスイを見下ろした。その様子に苦笑しながらもアオイはヒスイを紹介した。


「彼女はヒスイ。私の相棒だよ」


 紹介した声の中に、アオイのヒスイへの信愛を感じてジャスパは驚愕した。


「アオイさんに相棒と呼ばれるなんて!!なんて事だ!」


 一方、そんなアオイの声色などに気づく余裕もなく、ヒスイは興奮していた。


「ジンライ様のお弟子さん、ジャスパさんに会えるなんて私は幸せものだ!」


 その後ヒスイはジンライがいかに偉大かを語り始めた。二人は意気投合し、ものすごい早口で語り合い始めた。

 アオイはそんな二人の様子を呆れながら眺めていたが、すぐに退屈になった。


「私は防具をちょっと見せてもらいますよー」


 アオイの言葉は二人には全然届いていなかった。アオイは二人の様子を眺めながら、寂しそうに腰の二差しの刀にそっと触れた。



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