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第5話 王城

 ヒスイは柔らかな温もりに包まれていた。窓から差し込む陽光は明るく、外では小鳥たちが元気よくさえずっている。久しぶりに、胸が軽くなる朝だった。

 この日は悪夢を見なかった。隣で無防備にへそを出して眠る人物――アオイ――のおかげだと、ヒスイは思っている。

 そして今日は、アオイと王都を見て回る約束である。ヒスイは小さく伸びをして、アオイを起こさぬよう静かにベッドを抜け出した。





 朝早く起きて準備をしていたはずなのに、出発できたのは昼近くだった。理由は――アオイが起きない。


「アオイさんのことが少しわかってきました…」

「そう?なかなか、かわいいでしょ?」


アオイはめげないのだ。


「ヒスイ、剣は持って行ってね」


 ヒスイは昨日、アマノから借りた白のワイドパンツにグレーのシャツ、白と赤のストライプ柄のジャケットを着ていた。


「この格好に剣ですか?」

「そう!私達は騎士だからね」


確かに騎士は帯剣する。しかし、その際は所属する隊服を着ることが常であった。


「情報部に決まった隊服はないからね」


ヒスイはちょっと戸惑いながらも愛用のレイピアを腰に下げた。内心でヒスイは、


(こんなにかわいい服なのに剣を下げるのは武骨でいやだな)


 と思っていた。アオイから見たらかわいげのない服であったのだが…。ふとアオイを確認すると、二振りの刀を腰に下げていた。


「アオイさんは二刀流なのですね」

「基本的には一振りだよ。一振りは予備。折れたら困るから私は二振り持っているの」


アオイが持つ刀は独特だった。一振りはとても強い力を感じた。


(魔法の剣。あー、手にとって見てみたいなあ。でも、属性付与をされていないように感じるなあ。持ち主の属性を反映させるためかな?)


 普通、魔剣は火水地風光闇のどれかの属性を持つ。そのため、属性を持たない魔剣は珍しかった。


(もう一振りは張り詰めた感じがする刀だなぁ。黒騎士が持っていた剣みたいな雰囲気を感じる…、気にしすぎかな?)


「それじゃあ、出発しようか」

「は、はい。いきましょう」

 

ヒスイの考察はアオイの言葉で中断した。





 アスラ王国――初代王の建国から150年。ベルク王は七代目である。北は魔国と細い回廊で繋がり、南はエルフの大森林が広がる。

 王都アスラは国の中央に位置する港町。温暖な気候で、人口は約五十万。交通の要所として港、駅馬車が発展し商業が盛んだ。

 

「うわぁー、すごい人!お祭りみたい」

「昨日は夜だったし、街中は通らなかったからね」


 街は荷馬車が行き交い、人々が忙しそうに働く。石造りの建物も立派で、マーズ領都とは賑わいが段違いだった。ヒスイはマーズ領都に比べて活気にあふれていることに素直に驚いた。


「帰りに服を買おうよ」

「え? この服で充分です。すごく可愛いし」

「え? ……あ、分かった! 私が選んであげるよ。可愛い服のお店、知っているから!」


 ヒスイは荷物も持たずに病院へ運ばれたため、所持品といえば騎士のパスのみだった。


「でも……お金がないんです」

「そうだよね。荷物は明日届くって言っていたし……。よし! 服代は情報部に出してもらおう!」


確かに情報部は隊服がない。普段着も“制服”と言えなくはない。


「はあ」


 ヒスイは力無く返事をした。お金のことはわからないが班長が言っているのだから大丈夫なのだろう。


「ヒスイはスタイルも良いし、美人だからね。選びがいがあって、楽しみだなぁ」

「ありがとうございます。私は服とかよく分からないから助かります」

 

 大通りへ出ると、石造りの壮大な城が見えた。間近で見る王城は威容そのもので、ヒスイは思わず息を呑んだ。


「マーズ伯爵様のお屋敷って物置小屋だったのかもしれない…」


アオイは、世間知らずのこの騎士を微笑ましく思った。


「ここら辺は、騎士や兵士目当ての武器屋が多いんだ」

「実は私、魔剣が大好きなんです。本当はアオイさんの魔剣も撫で回してみたい…」

「お、おう。今度ね」


アオイは剣を隠すように姿勢を変えた。 


 そして、王城の正門へ差し掛かる。立派な堀と橋、鉄門は兵士たちの警備も厳重だった。


「ここだよ」

「す、すごい……。アスラ王国の繁栄が分かります……」


しかしアオイは、とんでもない方向へ歩き出した。


「アオイさん、ここ王城ですよ?」

「うん。宮廷料理と言えばここでしょ!」


 アオイは堂々と正門へ進む。ヒスイは生きた心地がしなかった。地方のB級騎士が王城に入るなど、まず無い話なのだ。そんな王城へこの金髪はズンズンと進んでいくのである。

 アオイは正門前で一枚のパスを門兵へ突き出した。それは6枚の花弁がある桜の花を意匠したパスだった。


「通してくださいね」


唖然とアオイを見ていた門兵はすぐさま我に帰ると、


「嬢ちゃん、なんだいそれは?身分証と約束状がなければ入れないなぁ」

「えー、このパスでどこでも行けるって言われたのになぁ。確認してよ。アオイが来たって伝えて」

「いやいや、嬢ちゃん。通れないよ。こんなことで上に確認したら怒られるよ」


門兵は心底呆れた声で言った。


「そんなこと無いって!由緒あるパスなんだから」

「そう言われてもなぁ。通せないものは通せないなぁ」


 しばらくの間、アオイはごねていた。ダスティスが描いただの、アンナが決めただの、色々言っていたが、ヒスイは恥ずかしくてこの場から離れたかった。

 門兵もがんとしてアオイの話を聞き入れなかった。しばらくしてアオイは無駄だとわかるとヒスイに助けを求めてきた。


「しょうがないなぁ。ヒスイ、身分証と約束状を見せて」


 ヒスイは半ば強引にアオイへパスを取り上げられた。門兵はそのパスを確認しながら言った。


「マーズ領のB級騎士。こっちの嬢ちゃんはすごいんだね」

「いえ、ただの地方騎士です。それよりお騒がせしてすみません」


後ろでアオイが、私もすごいわ!と騒いでいたがヒスイは無視した。


「こちらが約束状です」

「最初から嬢ちゃんがやり取りしてよ」


後ろからムキーッという声が聞こえてきたが、ヒスイは無視した。


「嬢ちゃん、ツクミ近衛騎士団長と明日の約束状だ。やはり通せないなぁ」

「なんだとー」


アオイが騒ぐが、門兵の決断は変わらなかった。





 喧騒が気になって、フセルニアは足を止めた。天気の良い清々しい一日だった。この時までは。

 フセルニアは地方領の騎士団と近衛騎士団との演習のために朝から忙しかった。この時は報告の途中で正門へ通りかかったのだ。


「あれ?あの子はヒスイか。もう大丈夫なのか?」


 正門前に、ヒスイを見つけたのだ。しばらくの療養が必要と聞いていたのでフセルニアは安堵した。そして、ヒスイへ話しかけた事が悪夢の始まりだった。


「ヒスイ、もう身体は良いのか?」

「はい、おかげさまで。副団長のおかげで命拾いしました。本当にありがとうございました」

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。隊の壊滅を防いだのは君だ。ありがとう」


フセルニアはヒスイが元気そうで安心した。


「ところで揉めていたようだが」

「フセルニア副団長。こっちの嬢ちゃんが不明なパスで通ろうとしまして」

「見せてみろ」


フセルニアはアオイからパスを受け取ると意匠に驚愕した。


(これは六英雄の桜紋じゃないか!この少女は何ものだ?ヒスイといると言うことは情報部か?)


「私では判断できない」


フセルニアはアオイにそう告げると門兵に指示した。


「ツクミ団長に連絡を!」


 この時のフセルニアは後々面倒ごとに巻き込まれていくとは少しも思っていなかった。





 王城の執務室ではこの時、ベルク国王とサジタリアス宰相、そしてツクミ近衛師団長が魔国への支援を検討していた。まさに議論が白熱しているところに慌ただしくドアがノックされたのだ。


「大事な会議中だぞ」


 連絡兵はツクミの不機嫌そうな声に狼狽しながらも報告した。


「桜紋のパスを所持した少女が正門で待機中とのことです」


 その報告を聞き、いち早く反応したのはベルクだった。


「なんだと。急ぎ、ここへ連れてこい!」


 ベルクのあまりの権幕に、連絡兵は驚きあわてて部屋をとびだして行った



 


 少女を執務室まで引率せよ、との命令にフセルニアは困惑しているようだった。しかし、困惑したのはヒスイも同様だった。王城に入れただけでもすごいのに、国王に謁見とは驚きだ。


(ど、どうしよう…アオイさん、勘弁して!!)


 気づくとヒスイは執務室の前にいた。緊張のあまり、正門からの記憶がない。足ががくがく震える。しかも、心の準備ができる前にアオイはノックもせず、ドアを開けてしまった。ヒスイは驚愕した。


(ひー、死刑になる!)


だがその思いは杞憂だった。


「ベルク!」


 国王を呼び捨てにした少女は執務室へと駆け込み、ベルクへ抱きついた。ヒスイが止める間もなかった。それはその場にいたフセルニア副団長も同様だっただろう。

 しかし、もっと驚愕したのはベルクの態度だった。威厳ある英雄王が満面の笑みでアオイを抱きしめたのだ。


「三年ぶりか!身体はもう良いのか?」

「うん、右はまだ使えないけどベルクには負けないよ」

「そうか。それは良かった」


二人は熱い抱擁を交わした。ベルクの表情には心からの喜びと安堵感がみてとれた。


「サジさんもツクミもお久しぶり!」


 ベルクの抱擁から抜け出したアオイは、サジタリウス宰相とツクミ騎士団長へも声をかけた。


「アオイ殿、良くぞお戻りくだされた」


 サジタリアス宰相の感極まった様子と、涙を流すツクミを見てヒスイはただただ呆然としていた。

 




 感激の対面の後、ヒスイとフセルニアは執務室から追い出されてしまった。中にはアオイが残っていた。外でフセルニアはヒスイを問い詰めていた。


「あの少女は何だ?」

「情報部アオイ班長です」

「そんなことあるか!陛下が一介の班長に会うか?桜紋のパスも持っていたし」

「あのパスはそんなにすごいものなのですか?正門を通れませんでしたよ?」


 フセルニアはパスを知らないヒスイに呆れていた。が、確かにアオイの待遇は異常だ。とても一介の騎士とは思えない。


「使い手なんだろうな?何を使う?」

「光の使い手だと思います」

「強そうには思えないが」

「私もそう思いました。でも魔素量は高いのかも知れません」

「なぜ、そう思う?」


ヒスイが説明しようとした時、執務室からアオイが元気よく飛び出してきた。


「ヒスイ、ちょっと来て」


 アオイはヒスイを執務室の中に招き入れた。ヒスイは抗うこともできずにベルク国王の前に引き出されていった。


「ヒスイです。昨日から私の相棒です。皆さま、よろしくお願いします」


 アオイは手を添えるとヒスイの頭を下げさせた。ヒスイは目を白黒させていた。そんなヒスイへ言葉をかけたのはベルクだった。


「ヒスイ、明日は少し時間をもらう。アオイが相棒と認めるならばそれなりの待遇を用意しなければな」


 ヒスイはなんと答えてよいかわからないようで頭を下げ続けていた。ベルクはヒスイの様子に苦笑すると今度はフセルニアに向き合った。


「フセルニア!しばらくの間、儂とアオイの連絡係とする」


 フセルニアはベルクの言葉に胃が痛くなった。あの時、ヒスイへ声をかけたばかりに面倒ごとに巻き込まれてしまったのだ。フセルニアはこの後ツクミからも、


「アオイさんにはくれぐれも丁重に!!」


 と念を押された。


「不況を買うと首が飛ぶぞ」と。


フセルニアは正門でヒスイに声をかけたことを後悔していた。



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