第24話 安堵
豪華な部屋だった。豪華というだけで趣味の良い部屋という事ではない。どちらかというと悪趣味だった。その部屋の持ち主は叱責を受けていた。
バールミン侯爵の屋敷の一室をブエノスが使うようになってもう五日も経とうか…。だがそもそも持ち主からして婿養子という立場なだけで手に入れた部屋だったが…。
「ディスターブ、アオイは見つからないか?」
ブエノスの声はこの部屋の持ち主の心臓をつまみ上げた。ディスターブの蚤のような心臓がキュッと縮みあがる。
「200の兵を動員しておりますがなにぶん、魔素の痕跡も消えていまして。どうにもこうにも未だ見つかりません。これから捜索範囲を広げるようですので、まもなく見つかるかと…」
ブエノスは途中から報告を聞いていなかった。————無能な小物か…。
これがブエノスのディスターブに対する評価である。
「王都の騎士団にも動きにも注意せよ」
ブエノスはもうアオイは見つからないと感じていた。
「子供の移送はどうか?」
今、一番ディスターブが聞かれたくない話題だった。
「そ、それが亜人の子を500人ほど攫いましたが…大森林に悟られまして…。うまくごまかしていたつもりなのですが…」
この小男の返答にブエノスの傷が痛んだ。いまいましい小娘につけられた傷だ。爆炎でシャンデリアを散らした。
「ヒー」
小男が悲鳴を上げ、おびえたがブエノスの気は晴れなかった
「1,000だ。三日で1,000だ」
小男がおろおろと言い訳を始めた。それを見てブエノスは少しだけ留飲を下げた。しかし、これだけではこの小男に投資した額に遠く及ばない。
(あの小娘を殺せればと思ったが。ヒスイの身でも…な…)
ブエノスはこの小男を見限ることにした。それでも出資への代償は払ってもらわねばならない。ディスターブの声を聞くたびに、ブエノスの右手はいらだちでわなわなと震えていた。
◇
数日前、ディスターブはブエノスにそそのかされ亜人狩りに賛同する兵士や騎士をまとめあげ、クーデターを起こした。必要な武器や兵士、金が混沌の魔団から支給された。そして不幸なことにクーデターは成功する。
バールミン侯爵はディスターブに幽閉された。
「どいつもこいつも俺の邪魔ばかりする!」
ディスターブが執務室の机を蹴り上げた時、扉がノックされた。
「なんのようだ!」
執務室へ入って来たのはジュールだった。ディスターブからすると小娘二人の始末もできない無能だ。
「王都より騎士階級と思われる集団が領都に侵入したとの報告を受けましたのでお知らせに…」
ジュールの言葉は最後まで発せられなかった。ディスターブが投げたカップがジュールの額にあたり、血が滴った。
「ふん、小娘も始末できない能無しが!どの面を下げてここへ来た!うせろ!」
ジュールは一礼して執務室を離れた。ジュールがいた場所には血が滴っていた。それを見たディスターブは激高した。
「あのバカを殺せ!この絨毯がいくらすると思っているんだ!」
このような様子にクーデターに参加した者たちは一人また一人とディスターブの元を去り始めていた。不幸にして成功したクーデターは誰も幸せにせず、いたずらに混沌を作り出すだけだった。
◇
ヒスイは混乱した。
(本当に六英雄の竜騎士アルデイ様なのだろう。何故?アオイが?)
「アオイは俺の戦友だ。戦友の頼みをお前に伝えにきた。ヒスイ、俺について来い」
「アオイは無事なのですか?」
「無事ではない。だが生きている。ヒーリングを使える者はいるか?いれば一緒に来てほしい」
ヒスイはアルデイの名声を知っていた。だからアルデイに聞いた。
「アルデイ様は光の名手と聞き及んでいます。アルデイ様はアオイにヒーリングを使ってくれなかったのでしょうか?」
その問いにアルデイは気を悪くした様子もなく淡々と答えた。
「俺は右手と一緒に光の魔法を封じられた。だから、ヒーリングは使えない」
(ああ、魂喰に切られて、右腕と光の魔法を失ったと…アオイが言っていたな)
「失礼しました。アルデイ様」
「いや、気にしない。そういう事だ、光の使い手はいないか…?」
生憎、この場にヒーリングを使える使い手はいなかった。アルデイはエリオットから医療セットを受け取ると担ぎ上げヒスイを則した。
「ヒスイ。案内するので急ごう」
領都の道をアルデイは迷うことなく進む。なにか極意があるのだろう、兵士に遭遇しない。
「アルデイ様。様々な無礼をお許しください。」
「いや、それは良い。お前のアオイに対する気持ちが好ましかったからな」
ヒスイはアルデイの後ろ姿に黙礼した。ヒスイはアルデイの言葉に救われたように感じたのだ。ちょうど夜明けの時間だった。領都は多くの兵士が警戒していた。アルデイはその隙間を縫いながら進んで行く。
「アルデイ様、ありがとうございます。先導がなければ、戦闘になっていました」
「このような身体になってから、危機を避ける術に長けるようになった。ここだ」
アルデイはヒスイを領都の外れにある一軒の屋敷に案内した。アルデイは門を開けると屋敷へ入っていった。
屋敷の中は天井が高く作られていて、部屋数も多いようだった。
「ここだ」
アルデイは部屋のドアを開けてヒスイを中へ誘った。そこには血に染まった服のまま、アオイが横になっていた。
「アオイ!」
ヒスイは駆け寄るとアオイの手を握った。
「アオイ!大丈夫ですか?」
アオイは薄らと目を開け、ヒスイを見やった。
「ああ、ヒスイ。ごめん、心配かけたね」
ヒスイはアオイを優しく抱きしめた。
「アオイが無事ならそれで良いです…」
「アオイ、ヒスイを連れて来た。なかなかに強い娘だ」
アオイは頷くと目を閉じた。
「アオイ?」
「眠ったようだな。お前が来て安心したのだろう」
ヒスイはアオイの身体を見て息を飲んだ。全身に傷があり、特に右足の火傷はひどい有様だった。
「今日の昼には王都から騎士が到着します。光の使い手もいると思う。それまで私がついています。アルデイ様、気まぐれ屋に騎士が到着したら、ここまで連れて来てもらえませんでしょうか?」
「構わない。では俺は気まぐれ屋で待つ事にしよう。この屋敷は自由にして良い。ここに着替えもある」
「ありがとうございます、アルデイ様」
アルデイが気まぐれ屋へ行った後、ヒスイはアオイの服を脱がせ、身体の汚れを拭った。
「アオイがこんなになるなんて…」
ヒスイは借りた着替えをアオイへ着せた。アオイは目を閉じたまま、起きる様子はない。ヒスイはアオイの頬へ自分の頬を重ねて呟いた。
「アオイ、頑張って」
ヒスイはその後、ずっとアオイの手を握っていた。
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