第21話 闇の魔素
王都近衛騎士団執務室
アオイとヒスイが旅立ってから二日後。執務室からの口論はもう数刻も続いている。口論と言っても聞こえてくるのは女性の甲高い声ばかり。この不毛な喧嘩に騎士団員は誰もかかわろうとしなかった。
口論しているのは…。ツクミ近衛騎士団長。もう一人が謎多き美女、アマノ女医。
だがアマノと関わって良いことなど一つもない。皆、ろくな目に合わないから、アマノは陰で『厄災の美女』や『不幸を寝取る女』などと呼ばれている。だから誰もツクミを助けない…。
「だから!ツクミ君だってわかっているんですよね!!!」
アマノはツクミを前に声を荒らげていた。口撃は一向にやまない。
「情報部は!戦闘員を抱えている訳じゃありません!!それでも五名ほどバールミン領へ送り出すと言っています!」
ツクミはアマノの権幕など、どこ吹く風だ。涼し気に受け応える。
「わかっていますよ。わかっているけど近衛騎士団を動かすには確実な証拠と大義名分が必要なんですよ」
アマノはイライラしながら言葉を繋げた。
「アオイさんとヒスイさんに何かあったらツクミ君、どうするの!?バールミン侯爵に何かあったのは確かです。ディスターブが混沌の魔団と繋がっていることも確実です」
ここでアマノは少し冷静になる。深呼吸するとツクミを睨みつけた。
「動かない理由は何ですか?」
超一流の氷魔法よりも冷たい声。それでもツクミは動じない。
「だから確実な証拠が無いじゃないですか。情報部と違って我々は逮捕権を持った軍隊です。戦闘員は居ますが、近衛騎士団を送って何もありませんでした…、じゃ済まないんです。
証拠になりそうだった魔剣はアオイさんが粉々にしてしまいましたし…。アオイさん達を襲った連中の素性もまだわかっていません」
アマノはツクミを睨みつけた。
「バールミン領の騎士だったじゃない!!!」
「いや、何回も言うように元バールミン領の騎士です。昨年、出奔している」
「アオイさんにバールミン領の騎士だったって言っちゃったわよ!!」
ツクミはアマノには勝てないと思った。理不尽過ぎて勝てない…。それでもツクミは表情を崩さない。
「もういい!!ツクミ君、見損なったよ」
吐き捨てるように言うとアマノは踵を返した。
「毎日タンスに足の小指をぶつける呪いをかけてやる!!!」
捨てセリフを残すと部屋を出ようとした。
「待ってください、アマノさん。近衛騎士団は動かせないと言いました。近衛騎士団は動かせないのですが…。実は近衛騎士団にアマノさんに憧れている変わり者が何人かいましてね。アマノさんを慕っているのですよ」
「ツクミ君、なんなの?」
アマノの声は絶対零度を下回ったに違いない。それでもツクミは動じない。
「いやだからね。アマノ女史がどんなに悪虐非道であるかを知らしめたいと思っていたんです」
アマノから殺気が迸る。
「ぶっとばすわよ」
「いえ、だからね。近衛騎士団から10名ほどを情報部に出向させたいなあと思っていまして…。できたらアマノさんの下でこき使ってやって奴らの目を覚させてやってほしいのです」
アマノは冷静さを取り戻した。アマノはそのまま近衛騎士団の執務室の重厚な扉を開けると、
「すぐにその私に憧れているという素敵な方々のリストをください。すぐに準備して明日の昼には出発します。スケジュールを立てますが、バールミン領都でアオイさん達と合流できると思います」
「わかりました。すぐに準備を始めます」
アマノが出ていった後の執務室には疲労困憊、机に突っ伏して倒れこんでいるツクミの姿があった。
◇
二人は急いでオンジン達が待つ場所まで戻ってきた。オンジン達も心配していたようだ。
「オンジンさん、しばらくは領都に行かない方が良いと思う」
「かなりきな臭いですね」
アオイはアサインをオンジンに紹介した後、状況の説明をした。
「それでお二人はどうされるのですか?」
ヒスイは間髪を入れずに答えた。
「はい、私達は領都へ行きます」
「お二人なら大丈夫かと思いますが、どうかお気をつけください。」
商隊のメンバーの心配気な顔。
「ありがとう、皆。アサイン班をここに待機させるから、商隊は安全だと思うけど…。ガム!騎士団の皆さんの足を引っ張らないようにね!!」
「わかっているよ、アオイさん」
ガムは元気に答えたが、不安気な様子は隠せてなかった。ヒスイもジムへ声をかけた。
「ジム、戻ってきたら今後のことを相談しましょう」
「はい、ヒスイさんも気をつけて」
神を見るかのごとき眼差しをヒスイに向けながら、ジムも答えた。
「よし、アサインさん。領都へ」
三人は領都へ向かった。カモにアオイとヒスイが、ガモにアサインが跨った。
「アオイさん、ヒスイさん。領都には関所を通らないで入れる所がありますので案内します」
関所を通るにはパスが必要なのだが、アオイとヒスイのパスでは目をつけられてしまう。強行して通るにしても、兵が多い。ならば関所は避けて侵入するべきであろう。
「領都に入った後は、どうするつもりでしたか?」
「私達は情報部に接触する。そうしろって上司が言ってきているからね…」
アオイはアマノからの手紙をアサインへ見せた。
「王都でアオイさん達を襲撃したのがバールミン領の騎士だったのですか?」
「そうみたい。ただ、私達が持っている情報は少ない。アサイン、私達と一緒に情報部に行ってもらえないかな?」
「かしこまりました。バールミン侯爵の身も心配です」
三人はガモウ鳥を走らせ、領都へ急いだ。
◇
三人はしばらくガモウ鳥を走らせた。領都まで数刻のところで、アサインが案内したのは農家の小さな小屋だった。人が住んでいる形跡はないが手入れされていた。
「アオイさんとヒスイさんは目立ちますから。その、人目を引くといいますか…。ここは我々の協力者の隠れ家です。領都に入る前に地味な服を着替えてもらえると…。それでは私は外で待っていますので」
アオイとヒスイは、なるべく地味な商人の娘が着るような服を選んだ。
「なあに?ヒスイ」
「い、いや何でもありません」
アオイはヒスイが言いよどんだ理由がわかっていた。
「さっきの話だろ」
ヒスイはアオイを急がしているように思えて黙っていた。だがアオイは答え始めた。
「闇の魔素は魂なんだ。だから闇の魔素は魂に寄り添う。寄り添っているうちは良いけどそのうち闇の魔素は魂を喰ってしまう。そんなやつらは大体あんな感じ。一つの感情にしばられて壊れちゃう」
ヒスイはそれを聞いて不安になった。————私の魂は食べられないのか?
「ああ、ヒスイは大丈夫。信念があるから」
「信念?」
「そう信念。“魂が喰われる”のは希望を失い、赦しを諦め、選択そのものを諦めたやつだ。だからヒスイは大丈夫」
アオイの言葉は強く、ヒスイは少し安堵した。
「ああなると怖い。感情に支配され人を傷つける。やっかいなことに、ああなっても闇の魔素は魂だから生に執着する」
ヒスイにはアオイが言わんとすることがわかった————どんな状態でも生きようと醜く抗うのだろうな…
「だから魔剣はこわい」
ヒスイはアオイの言葉に空恐ろしさを感じて身震いした。
「さあ、早く着替えちゃおう。アサインさんが待っている」
“闇の魔素”とは何なのだろう。ヒスイの中にもある闇。ヒスイは深く考えるのをやめ、勢いよく外套を羽織った。薄暗い部屋の中で闇を魂に宿した二人が息をひそめる…。
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