第16話 ヒスイの魔法
アスラ王国の宿のほとんどに食堂がある。居酒屋を兼ねていてその土地の名物を出してくれるところが多い。だいたい旅をしてその土地の名物を食べると飲みすぎるものだ。だが、今日の宿のありようは異常だった。
朝、アオイとヒスイが食堂に降りると地獄絵図が広がっていた。そこらに商隊の面々が死屍累々と転がっている。
「おいおい、だらしないなあ」
「『だらしないなあ』じゃないですよ。片付かないから何とかしてくださいよ」
宿屋の店主に言われてアオイは苦笑いを返した。原因はアオイなのだ。アオイは腕をまくると突っ伏している男どもにヒーリングをかけて廻った。
「アオイさん、すごいな。気持ち悪くない…」
アオイは男達の称賛とも敬愛ともつかぬ視線をあびながら得意げだった。最後に鉄鍋で縛られているガムを見た。その魔法はアオイからみても見事なものだった。
(すごいな。すぐに会得しちゃった)
アオイはガムを解呪しようとした時、ヒスイと目があった。
「ヒスイ、すごいね。もうできるようになったんだ」
「解呪するんですか?」
「このままじゃ、かわいそうだろ」
「全然かわいそうじゃありません。見せしめにもう少し放っておきましょう」
ヒスイはそう言うと食堂を一瞥した。その視線はアオイを口説こうとしていた男達を震え上がらせた。
「おはようございます」
ちょうどそこへジムが食堂へ降りてきた。
「な!!ジム!何を持っているの」
その手には昨晩、ヒスイが作った『アオイ像』が握られていた。
「昨日ヒスイさんが作ったんです!すごいですよね。尊敬します!」
「ちょっと見せて!」
アオイは『アオイ像』をジムから取り上げると繁々と観察した。
(これはすごい!私に瓜二つじゃないか!六芒丸の柄まで完璧だ!天才だな!)
アオイは真剣だった。
「あの…それはモチーフとしてアオイが近くに居たから参考にしたというか、アオイが気になるからモデルにした訳じゃなくて、あのアオイがきれいだから創作意欲が出たからで全然変な感情はなくて…あのですね…」
変な言い訳をはじめたヒスイの肩を両手で掴むと、アオイは一気にまくしたてた。
「すごいよ!ヒスイ。こんな事ができるなんて!!天才だよ。あー、ジンライに見せたかったなあ!」
ゆさゆさと肩を揺らしながら興奮気味だった。だがヒスイは一日たって冷静になっていた。—————こんなの簡単じゃないか?誰でもできるじゃないか…?と。
「いや、やり方がわかれば誰でもできる…と思う」
アオイはそれを聞いた時、ヒスイなりの謙遜さだと思った。————ヒスイは本気だったが。
「何言ってるの!こんなことできる人なんて居ないよ」
「そうですよ。ヒスイさん。何て素晴らしいんだろう。魔法でこんな事ができるなんて!」
戸惑っているヒスイを前にアオイとジムは感動していた。お互いに手を取り合って踊りだす始末だ。
「やっぱり私の相棒はヒスイしかいない!」
「ヒスイさんが先生なんて!あー、夢みたい…」
ヒスイはそんな二人を戸惑いながら見ていた。
「あ、あの…。盛り上がっているところ本当に申し訳ないのですが、ガムを解放してあげてもらえないでしょうか?このままだとかわいそうなので…」
恐る恐る声をかけてきたオンジンに厳しかったのはヒスイである。鋭い一瞥をくれた。
「あ、忘れてた…。ヒスイ、そろそろ拘束を解いてあげようよ」
「嫌です。反省すべきです」
オンジンにお願いされ、アオイに説得されたヒスイはしばらくしてからガムの拘束を解呪した。
◇
王領の治安は悪くない。平穏な旅が続いた。道中、ヒスイはジムと魔素の訓練をしていた。彫像訓練である。わかったことは素材によって難易度が違うという事だった。ミスリル>鉄>石。宝石はもっと扱いが難しい。
「特殊な条件で作られる鉱物は魔素が読みづらいです…」
ヒスイはそう言っていたが、石に精密な加工を施せる事が異常であり、宝石の加工は神の領域だ。ジムは形を変えることはできたが、単純な図形が精いっぱいだった。
「バールミン領に着くまでに鉄でこれが作れるようになりましょう」
ヒスイはそう言うと石でトマトを作りだした。
「形は単純だけどヘタは細かいから、正確な魔素のコントロールが必要かと思います。がんばろうね」
「はい、師匠!頑張ります」
一方、ガムはアオイにしごかれていた。
「限界が知りたい。空になるまで魔力を使おう」
アオイの言うことは明快だ。余計な機微はない。だからアオイは言ったことを単純明快に実行する。
「これを打ち込むからレジストして!」
アオイは容赦がない。無数の光の矢をガムへどんどん打ち込んだ。アオイの光矢は見かけ倒しで威力は無かったが、ガムは必死だった。
「アオイさん、ちょっと待って!死ぬから!!!」
実際、ガムは魔素の扱いが粗い。低威力の光矢を何本か受けたところで、動け無くなってしまった。
「ガムは魔素のコントロールが下手だね」
アオイはガムの額に手を当て、ヒーリングをかけた。
「すごい…」
すぐに魔素切れで動けなかったガムに力が戻った。
「しばらくガムは寝る時以外、風魔法でこれを頭の上に浮かべること」
アオイはそう言うとガムにハンカチを渡した。
「これを…ですか?」
「そう。落としたら、お尻を触られたってヒスイに言うから」
「や、やめてください。俺、殺されちゃう」
ジムの受難は続く…。
道中、それぞれの特訓は続いた。アオイはヒスイの異常なまでの魔素コントロールの巧みさに気が付いていた。それは自分自身にも当てはまることだった。
(闇の魔素…だよな…?)
アオイには予感めいたものがあった。
◇
その日は野営だった。バールミン領まで後3日の距離である。ガモウ鳥はすこぶる元気だ。若菜をもりもりと食べていた。二人はやっとガモウ鳥の騎乗に慣れてきた。懐いたのだがやんちゃなのが玉に瑕だ。もっぱらガモウ鳥の世話はヒスイがしていた。
「おまえ達、ありがとうね」
ヒスイは人見知りだ。初対面でも普通に話すことはできる。一歩踏み込むことが苦手なのだ。嫌われたくないから、ちゃんとしてない姿を見せたくないのだ。
だからヒスイは商隊のメンバーとは距離をおき、ガモウ鳥のところにいることが多かった。
「ヒスイ、私達も食事にさせてもらおう。オンジンさんが『ご一緒にどうですか?』って」
アオイと商隊の面々はとても意気投合していた。アオイは得てして人の懐に入るのがうまい。ヒスイはそんなアオイと自分を比べてしまう。そして落ち込む。アオイにはかっこいい姿を見せたいのに…。
「私はいいです…」
「そんなこと言わないで。気のいい連中ばかりだよ」
こういう時、アオイも無理には誘わず、一線をひく。
野営の夜ともなると飲み会が始まる。今日もアオイを中心に数人で飲んでいた。
ヒスイは少し離れた丸太に腰かけてその様子を眺めていた。焚火が大きな影を作っていた。ヒスイは大きくため息をついて、石の塊を手に転がした。石はほんの数舜でアオイの形になった。ヒスイはすでにアオイの像をすぐに作れるようになっていた。
「見事なものですな」
話しかけてきたのはオンジンだった。
「ジムのやつも良い刺激を受けているようで感謝してます」
「いえ、私も勉強になってますので」
オンジンはヒスイの横に腰を下ろすと、酒を飲んでいるアオイ達を眺めた。
「アオイさんは力の抜き方をわかっているようですね」
ヒスイはオンジンが何を言いたいのか、わかった。
「ヒスイさんはどこか思い詰めているようにも思えます」
「私はアオイの力になりたいと思っているだけです」
ヒスイはポツリと呟いた。
「ヒスイさんはアオイさんに、良いところを見せようとしすぎじゃないですか?アオイさんがあんな感じなんだ。気負わない方がアオイさんはうれしいと思いますよ」
ヒスイはオンジンの思いがけない言葉に、少し驚いた。
「うちの連中もそうだ。取り繕ったヒスイさんじゃなく、ありのままのヒスイさんと接したいと思っているはずですよ」
オンジンの言葉にヒスイは、驚くほど素直に自分の気持ちをしゃべっていた。
「私、ここ何日間で色々あって、その度にアオイに道を示してもらって…。アオイにばかり面倒みてもらって。だからきちんとしてない自分をみせたくなくて…」
ヒスイはオンジンに向き合った。
「私はアオイを繋ぎ止めておかなきゃって思ってしまって。自分を出せていなかったんです…。オンジン様、ありがとうございます。ちゃんと自分の気持ちに踏み出してみます」
「はい、それは良い考えだと思います」
「でも、オンジン様。アオイを口説こうとするやつはぶちのめしますけどね」
「皆、若いからほどほどにしてやってくださいね」
ヒスイはオンジンにちょこんと頭を下げるとアオイの元へ歩き出した。
「アオイ、私もお酒を飲みます!」
「おおー、ヒスイ!待ってたよ!」
夜はまだ始まったばかりだ。焚火はまだ盛大に燃えていた。オンジンはその様子を見て静かに杯を飲み干した。
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