第15話 オンジン商隊
二人で食堂へ降りるとガムとジムが隊長に詰められているところだった。二人とも直立不動で大汗をかいている。
「そんなよくわからん奴らを同行できないだろう。しかもなぜお前らが同行を申し出るんだ?」
「そ、それは…」
見かねてアオイが隊長の前に進み出た。
「隊長さん、すみません。急な申し出で失礼しました」
アオイから急に話しかけられ、隊長のオンジンは内心で慌てていた。
(こいつら、美貌にやられたな…)
しかし、オンジンは幾つもの修羅場を乗り越えた商人だった。商売敵を嵌めるために美女を雇い、罠にかける手口が横行していることも承知していた。美女を前にして判断を誤るつもりはなかった。
「いえ、こちらこそご挨拶が遅れまして。商隊の責任者でオンジンと申します。王都の商人連合に所属しております。」
オンジンは懐からパスを取り出し、アオイに示した。
「ご丁寧にありがとうございます。私はアスラ王国情報部D級騎士、アオイ・コイアイです。こっちが…」
「はじめまして、オンジン様。アスラ王国情報部A級騎士、ヒスイ・モエギと申します」
アオイとヒスイは身分証になっているパスをオンジンに見せた。
(情報部?A級騎士だと!本物か??)
オンジンは注意深くパスを観察した。
(間違いない。本物だ!どういうことだ?)
困惑しているオンジンにアオイが話しかけた。
「私達はアスラ王家の命令でバールミン領都まで行きます。ただ、あまり目立つ行動はしたくありません。バールミンの関所を抜けるまで同行していただける商隊を探していました」
「確かにお二人は目立ちますね」
オンジンはどうにも納得が行かなかった。アオイとヒスイの組み合わせが目を引きすぎるのだ。
(何でこんな美女に密命を与えるかね…。目立ってしょうがないだろうに…)
二人に密命を与える王家に呆れもしたが、二人は護衛として申し分ない。
(騎士級が同行していたら、官吏にいちゃもんをつけられることもあるまい。ただ…)
逆に危険に巻き込まれることも考えられる。判断を誤ると命取りだ。
「お二人の任務は危険なのではありませんか?」
「いえいえ、さる高貴な方が旅へ出かけられる根回しなのです。まあ、王都を出てお忍びの旅をすることに懐疑的な方は多かれ少なかれいるものでして…」
アオイは困ったものだとでも言うように肩をすくめて見せた。
「内情察しました。護衛していただけるなら異論はございません」
後ろでガムとジムがぽかんと口を開けて聞いていた。
「ありがとうございます。オンジン様。宿泊や食事、金銭が発生する際は行動を分けさせていただきます。ただし、商隊が困った状況に陥った場合は支援させていただきます」
ここでアオイはチラッとガムとジムを見た。二人は相変わらずぽかんと口を開いていた。
「あと、そちらの二人に魔法を教えようと思うのですが、構いませんか?」
これにはさすがにオンジンも驚いた。こんな若造に、なぜそんなに親切にする?
「それは構いませんが…、よろしいのですか?」
アオイは小声でオンジンに耳うちした。
「はい、ヒスイは弱い、おっと失礼。鍛えがいのある若者をいたぶり虐めるのが好きなのです」
「はあ、そのような趣味の方がいるとは聞いていますが…」
話の方向が怪しくなり、たまらずヒスイが会話に水を差した。
「アオイ、聞こえていますよ。おほん、オンジン様、そこの二人は磨けば光る原石です。是非、私達に指導させてもらいたいのです」
「はあ、わかりました。指導していただければ私もこいつらの父親に良い顔できますので。よろしくお願いします。おい、お前らもよいな!」
はじめからガムとジムには拒否権はなかった。二人はヒスイから殺気を感じ、頷くことしかできなかった。
◇
その夜、アオイはオンジン商会の面々と酒を酌み交わしていた。オンジン商会は男所帯である。アオイと酒が飲めるのが楽しかっただろう。名物『鱒のから揚げ』を肴に盛り上がっていた。
そんなアオイ達を横目にヒスイはジムと話しをしていた。当然、ガムはアオイにお酌を強要されている。
「ジムはどこで地の魔法を習ったのですか?」
「いえ、僕は地の使い手に憧れて真似をしているだけです」
「もしかしてジムの住んでいた村はブエノ村ではありませんか?」
「はい、そうです。でも何故ですか?」
ヒスイには確信があった。———ジムがジンライに近い存在ではないのかと。
ジンライはブエノ村のあるアルビン領を拠点として創作を行っていた。ブエノ村にも魔剣工房を構えていた。ジムはジンライの魔剣造りを見たことがあるのではないだろうか。
ヒスイは“カンッ、カアァンと高らかに響いたであろう、ジンライの鉄打”に思いをはせていた。
「ジム、この石に魔素を込めてみてください」
ヒスイはポケットから拳大の石を取り出すとジムの前に置いた。
「はい、こうですか?」
ジムは石を愛おしむように手で覆いながら魔素を込めた。その魔素は石の表面を覆いながら内部に"浸透"していった。ヒスイは目から鱗が落ちる思いだった。
(そうか!石に存在する魔素と自分の魔素を同化させているんだ!)
ヒスイはポケットからもう一つ石を取り出すとジムと同じように自分の魔素を石に同化させ込めていった。
(矢切丸に魔素を練りこむ時と同じだったんだ。なぜ、こんな簡単なことに気が付かなかった!)
ヒスイの魔素は石に浸透し、石と一体となった。ヒスイは静かに少しずつ魔素を変化させた。それはゆっくりとだが確実に石の形を変えた。ゆっくりとゆっくりと。石はやがて女の子の形になった。アオイの姿に。
ヒスイは踊り出したいくらいに嬉しかった。
(やった、やった、やった!!こんなことができるなんて!!すごい!すごい!すごい!アオイに教えなきゃ!)
「アオ…イ」
ヒスイが見たのはガムの頭をワシワシと撫でている酔っ払ったアオイの姿だった。久しぶりに気が抜けたのか、アオイは酒が進んでいたのだ。そんなアオイを見ながらもヒスイはアオイに感謝した。
(アオイ、私はまだ力を得られる。アオイの隣に並べるようになるよ)
そして、もう一人。感動している者がいた。ジムだ。
「ヒスイさん、すごいですね。僕にはこんなことできない」
ジムは意のままに、そして繊細に大胆に魔素を操るヒスイに感銘を受けた。初めて故郷の工房で大男が打つ剣を見た時と同じくらいに感動していた。
「ジム、明日から色々な素材で練習しましょう」
「はい、ヒスイさん。よろしくお願いします!」
ヒスイは像を掴むと修羅場と化している食堂の一角へ急いだ。ヒスイはアオイに早く『アオイ像』を見せたかった。アオイに見せて褒められたかったのだ。だが…、
「ほら、ほらガム、ヒスイちゃんにもお酌だぞ!」
ガムはアオイの胸に顔を抱きかかえられていた。その嬉しそうな顔を見てヒスイは腹が立った。ヒスイの殺気が膨れ上がる。
「アオイから離れなさい!」
ヒスイは近くの鉄鍋に魔素を浸透させて形を変えた。鉄鍋はぐにゃぐにゃと縄状になり、ガムを縛りあげた。
「おほー、ヒスイすごいね。ジンライみたい」
その後、アオイはヒスイに抱きかかえられて部屋へ連れて行かれた。だがアオイにはその記憶がないらしい。アオイがヒスイの魔法を見たのは次の日の朝だった。
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