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第12話 襲撃

 ヒスイは旅立ちの準備に追われていた。原因は明白で、アオイが何一つ役に立たなかったからである。


「旅なんて自給自足だよ。ある程度の路銀と度胸があれば大丈夫だよ!」


 そう言い放って、実際には何もしない。ヒスイは頭を抱えたが、アルカディアがスケジュール、諸侯への連絡、物資調達など万事調整してくれたため何とか出発の目途はついた。

 諸侯へ協力をお願いした時にバールミン領の執事が、事細かくケチをつけてくるのには辟易したが…。                                                                                              


 出発の前日、アルカディアを誘って酒を飲んだ。王都名物『アヒルのパリパリ焼き』を三人で食べた。真面目なアルカディアとお気楽なアオイの会話がおかしくてヒスイは終始笑いっぱなしだった。

 酔ったアオイとアルカディアは肩を組んで『王都晩餐歌』を歌っていた。その二人の歌声もちょっとズレており、ヒスイはそれもおかしかった。今回の旅の準備では二人ともアルカディアに感謝していた。飲み屋を出るときに二人でアルカディアに『銀製のブレスレット』をプレゼントした。


「ありがとうございます!初めて女の人に、プレゼントをもらいました!!家宝にいたします!」


 アルカディアの喜びようにアオイとヒスイは苦笑しつつ、居酒屋を後にした。アルカディアとは店の前で別れた。


「任務の無事な成功を祈っております!」


 大きな声に見送られながらアオイとヒスイは振り向き、大きく手を振った。


 そして、


「中央広場から少し入ったところにある橋の上で倒そう。一人変な気配なやつがいる」

「はい、脚を狙って無力化します」

「わかった。九人か。かわいい少女二人におおげさだな」


 アオイは何気ない様子で歩を進め、ヒスイが後ろを歩いた。歩きながら気配を探る。時折、近くに飲み屋から笑い声が聞こえる。だが広場に入ると聞こえなくなった。もうすぐ橋の上だ。

 

「ヒスイ、行くよ」


 ヒスイはアオイの声と同時に魔素を纏わせていた石をくるくると旋回させた。


「行け!」


 そして鋭い気合とともに抜刀した男の脚を砕いた。


(三人やった!)


 ヒスイは直ぐに矢切丸を抜くと撃ち漏らした男に上段から切りかかった。男は剣でヒスイの太刀筋を逸らしたが、ヒスイの想定の内だった。


(騎士の戦い方をする?)


 ヒスイは逸らされた刀の軌道だけを修正して男の膝を切った。すぐに別の男が槍を構えて突進して来たが石を飛ばして顎を砕いた。


「アオイさんは?」


 アオイは剣士と対峙していた。あの剣士以外はアオイが倒したようだ。


(あいつ、闇の魔剣を持っている)


「ヒッヒッヒ、この剣があれば俺は無敵なのだ!」


 剣士は上段の形に構えた。


「お前の命をいただく」


 アオイはため息をつくと六芒丸を鞘に納め、居合の形を取った。


「いつでもどうぞ」


 ヒスイは魔剣に一瞬ヒヤッとしたが杞憂だった。魔剣はアオイの魔素を吸い込み始めたかに見えたが、


「な、何だ、お前は!」


 鞘の中の六芒丸が圧倒的な光を放ち始めた。魔剣はアオイの魔素を吸い込めない。


「ちゃんと受け止めなよ」


 アオイは六芒丸を抜付ると光刃が男に襲いかかった。光刃は魔剣を粉々に砕き、剣士を薙ぎ払った。男は無様にも後方へ吹き飛んでいった。


「ふふん!わたしの技はどう?」

「アオイさん、証拠品が粉々ですが…」


 ヒスイの冷静な一言にアオイは慌てた。


「あ、しまった!力加減を間違えた」


 しばらくすると騒ぎを聞きつけて警備兵が駆けつけてきた。


「直ぐにフセルニアを呼んで」


 アオイがそう言うと警備兵は激昂した。————呼び捨てとは無礼な。と。

アオイは黙って桜紋のパスを突きつけた。この時、アオイの桜紋は王都中で話題だったので警備兵はすぐに態度を改めた。


「し、失礼しました!おい、直ぐにフセルニア副団長に連絡を」


 フセルニアは直ぐにやってきた。アオイに倒された男を見て、


「アオイさんは何をしたのですか?」


 その目には恐怖が浮かんでいた。


「そうなんですよ。アオイさん、やり過ぎです」


 しかし、闇の魔剣はそう簡単に壊れるのだろうか?ヒスイが遭遇した魔剣はもっと禍々しくて強かった。見ただけで恐怖するほどに。


「すぐ壊れるなんて偽物だな。でも、闇の魔剣が作れるということは闇の使い手がいるということなのかな?」


 魔剣の作成には付与したい属性の使い手が刻印する必要がある。もしくは…、


「オリジナルを使ってコピーしているか?どちらか、でしょう。調べればわかりますが…」


 自然と皆の目がアオイに集まった。


「あ、ごめん。壊しちゃった」


 どちらにしても、男たちを尋問して素性を調べることが重要だ。


「アオイさん…、殺しちゃいました…?」


 アオイはあわてて首を何度も横に振った。———死んでも良いと思ってたな。

ヒスイはこころの中で、そう思った。


「フセルニア、私達は帰るよ。明日出発だから身体を休めておきたい。旅のスケジュールはアルカディアが把握しているから何かわかったら手紙で知らせて」


「そうですね。畏まりました。後のことは我々にお任せください」


アオイは空を見上げるとつぶやいた。


「魔団はどっちを狙っているのかな…?」




 王の寝室に続く長い廊下には目が届く範囲に警備兵が配置されている。六英雄の一人、英雄王ベルクを害せるものなど数えるほどしかいないであろう。だが、王城の警備は厳重だ。

 その時、ベルクは手紙を書いていた。ふと気配を感じペンを止める。ベルクにはなじみ深い気配だった。


「アオイか」


 その言葉に窓辺のカーテンが揺れた。


「ベルクにはすぐわかっちゃうね」


 アオイは物陰から姿を現すと、ベルクの側へゆっくり歩み寄った。


「旅に出る前にあなたと話したかった」


 アオイはヒスイが寝たことを確認してから家を抜け出し、王城へ忍び込んだ。この短時間で警備をすり抜けてベルクの私室まで忍び込むのは並みのことではない。力量と覚悟が必要だ。


「ベルク、明日出発するよ」

「ああ、ダスティスのことを頼む」


アオイは真っ直ぐにベルクの目を見ていた。


「ベルクには感謝している。色々ありがとう。それに…、ベルクのおかげで、“父殺し”じゃないことになっている」

「アオイ…。お前が混沌の魔人の業を背負うことはない」


 ベルクの言葉には娘に語る父親のような優しさがあった。アオイにもそれはわかっていた。


「うん、わかっている…」


ベルクとアオイの間にこれ以上の言葉はいらない。


「ヒスイはどうだ?」

「やはり私の“片割れ”だと思う」


アオイは微笑みながら言った。


「良い相棒のようだな」

「そうだね。苦悩を半分もらうって言ってくれた」 


 アオイの答えにベルクはかすかに笑みを見せた。


「それじゃあね、見つかる前に帰るよ」


 ベルクが返事をする前にアオイの姿は消えていた。そこにはアオイがいた痕の淡い香りが残っていた。





 アオイが家に戻るとヒスイが起きていた。そっとあたたかいミルクを出してくれた。

 アオイは黙ってカップを受け取ると一口飲んだ。かすかに甘くて心がほどけるように感じた。


「すこしだけ晴れやかな顔をしてますね」————そうなのかもな。アオイは素直にそう思った。


「ベルクも苦悩をもらってくれたからね」


 アオイの言葉にヒスイはおだやかな微笑みを浮かべた。



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