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第11話 アルカディアの憂鬱

 ルークは500年の間、魔法の発展を阻害し続けた。画期的な発明は記録とともに発明者を殺した。強い国家が現れると紛争の種を蒔き、弱体化した。


 その時、ルークはアスラ王国の王都にいた。この国の内情を探り、紛争の種を蒔くために。昨年から着工された王城の建設も順調のようだ。いたる所に多くの石材が積まれている。工事にかかわる人夫の数も多い。行商人もかなりの数が集まっている。活気があった。


 実際にアスラ王国は発展していた。ルークが許容できないほどに。大量の物資で溢れ、人々の顔も明るい。だが、繁栄は破滅と表裏一体であることをルークは知っていた。


(魔大陸の魔素を少し強め、住民をアスラ王国に導くのが良かろう。そうすれば戦が起きる)


 その時だ。ルークは肌が粟立つような気配を感じた。強い魔素だ。相手は相当の手練れか、それとも…。


(これほどの魔素を持つものがいるのか)


 ルークはこの強い魔素に興味を持った。どんな人物なのか?顔を見てやろうと思った。ルークは魔素を追って、裏道へ入った。側溝にどぶ水が貯まる貧民街の一角。足元をネズミが這いまわるような路地裏。そこでルークが見つけたのは、


(少女?)


 井戸端の広場に数名の衛兵に囲まれた小さな少女がいた。赤いフードを被った少女は心底怯えていた。


「やだー。来ないで!」


 少女を捕まえようとしていた衛兵が吹き飛ばされ、壁にたたきつけられた。


「魔素の暴走か…」


 単なる成長期に特有な現象である。珍しくない。大きくなりすぎた魔素を操作できないのだ。少女の魔素量は多かった。それだけ。少女は自滅する。

どうでもよくなったルークが立ち去ろうとした時、赤いフードから少女の顔がのぞいた。


「ミレイ!」


 ルークはそこにミレイを見た。ミレイよりも幼いが間違いない。ミレイだった。

 ルークは急いで重力をあやつり衛兵に抑えつけた。それから少女の元へゆっくりと歩みよった。少女は泣いていた。


「少女、私と一緒に来るか?」


 少女は赤いフードを取るとルークの顔をみあげた。その眼はミレイと同じだった。いや眼だけではない。鼻も口も耳もすべてがミレイと同じだった。ルークは少女に語り掛ける。


「私なら魔素の暴走を抑えてあげられる」


 少女は頷くとゆっくりと手を差し出した。


「名は?」

「アオイ」


 少女はミレイの声で答えた。





 アオイは孤児として生まれ、修道院で10年間暮らした。生まれながらに魔素が強かったのだが、修道院に魔法を教えることのできるものがいなく、成長するにつれて自分の魔素をコントロール出来なくなっていた。

 ある日、アオイは魔素を暴走させ、修道院を破壊してしまう。


(このままでは修道女さん達を傷つけてしまう)


 自分の力が怖くなったアオイは修道院を飛び出した。アオイはこの力が疎ましかった。誰も傷つけたくないのに、言うことを聞かない力。

 そしてアオイは衛兵に声を掛けられ、恐怖のあまりに力を暴走させてしまった。


「これから私が魔法を教えてあげよう」


 その日からアオイは夢のような時間を過ごした。ルークを父親として教師として尊敬した。ルークは優しく、時には厳しくアオイを導いたのだ。アオイも自分の成長を喜んでくれるルークを好ましく感じていた。なにより、


(この力をきちんと使えるようになりたい)


 もう修道院で力を暴走させた時のようなことは起こしたくなかった。

 アオイはルークから魔法の真髄を教わり、至高の剣技を習った。アオイは強かった。生まれながらの才能もあっただろう。13歳にしてSS級の騎士にも見劣りしないまでに成長した。

 そして…。

 




「ある時、ルークが500年もの間、世界のバランスを取るために魔法の発展を阻害し、紛争の種を蒔き続けている事を知った。

 あの優しいルークが世界を混乱に導いていることを。悩んだ。悩んで、悩んで、悩んで。

 私はベルク達に協力した。混沌の魔人を倒すために」


 アオイは絞り出すように言った。その声は悲しみに震えていた。ヒスイはアオイの肩をそっと抱き寄せた。


「アオイさん。私は心も体もアオイさんより弱い。でもアオイさんが泣くことを我慢しているなら、私が代わりに泣いてあげられます。アオイさんが悩んでいるなら私も一緒に悩みます。

 だから、これからは一人で背負わないでください。私はアオイさんの相棒ですから」


 アオイは黙ってうなずくと、そっとヒスイの背中に手を回した。


「楽しいことも嬉しいこともこれからは一緒です。だから…」

 

 アオイに混沌の魔人の業を背負わせてはならない。ヒスイは心に誓った。

アオイとともに失意の根源たる呪いを解呪して魔国を、そしてアオイを解き放とうと。


 この日から二人の思いは少しずつ交わって、一つになっていった。





 次の日、昼前に近衛騎士団から若い騎士がやってきた。


「近衛騎士団所属、B級騎士のアルカディアと申します。どうしたのですか?お二人とも…。」


 アオイとヒスイはあの後、二人で語り合った。好きなこと、楽しかったこと、嫌なこと、思い出。それは二人が交わるための時間だった。二人が眠りについたのは夜が明けてからだった。

 眠い目を擦りながら、起きたところにアルカディアが尋ねてきたのだ。


「いや、なんでもないよ。でも早かったね」


 アオイの不機嫌さにアルカディアは微塵も気が付かない。


「フセルニア副団長から通達があったはずですが?きちんと把握していただかないと、こちらも困ってしまいます」


 アルカディアの正論にアオイは言い返せない。腹いせにアオイはヒスイへ耳打ちした。


「ヒスイさん、この人、真面目ですよ」


 アオイの行動にアルカディアは顔をしかめた。


「聞こえていますよ。そういう態度はいかがなものかと思います」


 アルカディアは若く有能な騎士であったが融通の効かない真面目な性格だった。

ヒスイは苦笑しながらアルカディアに向き合った。


「六日後に私達は大森林へ向かい、そこからエルフのゲートを使って魔大陸へ行きます。それまでの旅程スケジュールの作成、必要な資材や旅銀の準備、各諸侯への根回し、紹介状の準備などのお手伝いをお願いしたいです」


 横でアオイが素直に感心していた。


「おおー、ヒスイさん秘書みたい」


 アオイが茶化すのを無視してヒスイは続けた。


「私達の旅装の準備もお願いしたいです」

「かしこまりました。ヒスイ様。…アオイ様からは何かございますか?」


 アルカディアは慇懃無礼な態度でアオイへ言ったのだが、アオイはもう意に返さない。少し考えて返答した。


「うん、私の身分証を用意して欲しい。私のパスは特殊すぎるから…。私の騎士等級はD級でお願いします」


 アオイの返事を聞いてアルカディアの態度がさらにえらそうになる。


「おまえ、D級だったのか。しかも身分証を無くしたのか?厳罰もんだぞ!そもそも自己管理がなってないからこういうことになるんだ!そもそも自己管理というものはだな…」


 終わらなさそうなアルカディアの説教に業を煮やしたヒスイが割って入る。


「ごほん。アルカディアB級騎士。アオイさんは実際にはD級騎士ではありません。今回の任務はあまり目立ちたくありませんのでカモフラージュのためと理解ください」


 ヒスイはアオイに片目を瞑って見せた。


「あと、この旅程の準備ですが…、お願いではありません。命令ですので誤解なきように」

「はっ!ヒスイさま、失礼いたしました。諸所畏まりました」


 アルカディアは背筋を伸ばし、直角になると勢いよく敬礼した。ヒスイは小声でこそっとアオイに耳うちした。


「真面目な騎士にはこの手が効くんです」


 アオイはヒスイがアルカディアを掌握してしまったのでおかしかった。


「ところでアオイさま、本当の等級での身分証も必要かと?本当の等級をお教えいただけませんか?」


 アルカディアが改めて切り出した。


(ははん、自分より下と思って聞いているな)


 ヒスイはアルカディアの行動だけではなく、考えていることも掌握していた。アルカディアはアオイに対してちょっと意地悪をして溜飲をさげたかったのだろう。だが、そのちっぽけな嫌味など現実の前に粉砕されるのである。


「私?私はSSS(トリプルS)だよ」


 アルカディアは胡散臭げにアオイを見ていたが、アオイが取り出したパスを見て驚愕した。


「六英雄の桜紋!最優先パスじゃないですか!そ、それじゃあ、本当にSSS!」


 アルカディアは一度、飛び上がってから地面に平伏した。


「こ、こ、これはとんだご無礼を!!!」


「あ、これ。門兵のおじさんに見せていたやつでしょ?アオイさん、SSSなんですね!」


 ヒスイはアオイがSSSと聞いてもそれほど驚かなかった。アオイなら当然という気持ちもあったし、そもそもSSSのすごさがわかっていなかった。


「このパスもすごいものだったんですね」

「一昨日も思ったんだけど、ヒスイはなんで知らないの?騎士なら常識だと思っていたんだけどなぁ」

「ふん、私はどうせ田舎者ですよ」


 拗ねるヒスイの頭を撫でながら、アオイは平伏しているアルカディアに目を向けた。


「アルカディア、業務開始だ。ほら、駆け足」


 アルカディアは飛び上がるように起き上がるとアオイのパスを作るために王城へと駆けていった。


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