第10話 魔人の過去
演習場を出た時にはもう太陽が沈みかけていた。この時間になるとまだ肌寒い。ましてや二人は身体を動かしてきたばかりだ。汗が冷えて、街行く足取りもおのずと速まった。
店先の商品を片付ける店主、家へと急ぐ子供たち、酒屋へ出かけていく若者。多くの人々がこの街で生活していた。ヒスイは王都を行きながら、遠く魔国を思った。魔国の暮らしはどのようなものなのだろう?食べ物は?家は?衣服は?
ヒスイはアスラ王国の夕日の中で魔国の闇を考えていた。人を穢らしめる闇の魔素とは何なのか?答えはでない…。気が付くともうジャスパの店の前まで来ていた。
「ジャスパ、刀の様子はどう?」
ガタガタと壊れそうなドアを静かに開けて店に入る。あいかわらず客はいないようだ。
こんなに営業不振なのにジャスパは上機嫌だった。そんな上機嫌なジャスパを尻目にヒスイは無神経なことを考えていた。
(あれだな、ジャスパさんは経営者として失格だな)
ヒスイはなかなかに辛辣なのだ。
「アオイさん、やっぱり師匠はすごいです。俺に任せてくれて感謝します」
アオイはジャスパが持ってきた六芒丸を受け取ると、鞘から静かに抜いた。その刀身は七色に華やぎ、薄暮の中で美しくはじけた。
六芒丸は火水風地光の魔素が刻印された稀有な魔刀。その力は膨大だが扱いは精緻な魔素のコントロールが必要とされる。
「うん、ありがとう!思った以上の出来だ!」
アオイの賛辞にジャスパは照れくさそうに喜んでいた。そして、目がヒスイの持っている刀に留まる。
「おや、ヒスイが持っているのは?」
「ああ、ジンライの刀だ」
ジャスパはまぶしいものを見るときのように目を細めながら矢切丸を見つめた。ヒスイは静かに鞘から刀を抜くとジャスパにその刀身を見せた。
「あの時見た矢切丸と何ひとつ変わっていない。これをヒスイが使うのか。本当にアオイさんの相棒なんだな」
ジャスパは矢切丸から目を上げると、改めてヒスイの顔を見た。
「矢切丸はアオイさんの刀だったんだ」
ジャスパの思いがけない言葉にヒスイは思わずアオイを振り返った。
「そう、矢切丸は私と一緒に何度も死地を超えてきた刀だ。きっとヒスイの力にもなってくれる」
ヒスイは矢切丸がアオイから廻ったことに、絆を感じてうれしく思った。それから夜が更けるまでアオイはジャスパと昔話を語り合った。それはなつかしい友の話だった。
気が付くとヒスイは椅子に寄りかかって眠っていた。その手に矢切丸を大事そうに抱えて。
「アオイさんは良い相棒を手に入れたんだな」
ジャスパの言葉にアオイは何も言わずにただうなずいた。
◇
アオイはジャスパに会えて気分転換になった。そして気が付くと窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
ジャスパに夕食をごちそうになり宵闇の頃、二人で家へ帰った。ヒスイはひどく疲れていた。だが気分が高ぶっているため、少しも眠くならない。風呂に交代で入ってから寝着に着替えて休む準備を終えても眠れそうになかった。
「ヒスイ、話をさせてもらっても良いかな?」
「はい、お願いします」
そんなヒスイにアオイからの提案は嬉しいものだった。アオイは『はちみつ入りホットミルク』を二人分テーブルに置いた。
「楽しい話じゃないんだけどね」
二人でソファに腰掛けるとアオイがぽつぽつと話はじめた。ときおり視線をカップへ落としながら。
「これは混沌の魔人と私の話。ヒスイには知っておいてほしいんだ」
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ブレス歴元年魔法国(後の魔大陸)首都
初夏の頃、吹く風の気持ちの良い季節。緑に囲まれた小高い丘にある小さな家。数種の野菜が植えられた小さな庭があった。小さな幸せがあった。
「今日は遅いの?」
朝ご飯の用意をしながら、ミレイはルークへ聞いた。
「“刻印”の運用が今日から始まるからね。きっと魔法騎士団で飲み会だよ」
ルークはここ数年、“刻印”を首都全体に施すために魔法騎士団を指揮し、尽力していた。この刻印魔法は範囲内のすべての病魔を無効化するという画期的なものある。 今日、魔法国の建国祭からその運用が始まるのだ。
「ミレイの病気もきっと良くなるよ」
ルークはそっとミレイの頬へキスをした。二人は建国祭の後、結婚式を挙げることになっている。
「私の身体が弱くて心配ばかりかけちゃうね」
「いや、それも今日までだよ」
ルークは刻印の布設に誇りを持っていた。病気に苦しむ人のために、病弱なミレイのために心底尽力した。それが今日、報われる。
「それじゃあ、行ってくるよ。明日は休みだ。美味しいものでも食べに行こうよ」
ルークはミレイからお弁当箱を受け取るとうれしそうに微笑んだ。ミレイはこの優しい笑顔がとても好きだった。そして二人はこの幸せが永遠だと信じていた。
魔法国は栄えた。魔法学が発達し、魔道具が溢れて人々は便利で豊かな暮らしを謳歌した。
転移ゲートが主要都市に設置され、魔石を動力に動く車が走り、遠くの映像を見る石もあった。
しかし、人々はこの豊かな暮らしを維持するために、亜人領地への侵攻や奴隷化を受け入れていた。豊かな生活に魔石は必要不可欠であり、採掘地を増やすには奴隷の労働力が必要だった。人々は魔法国、その裏に存在する教団を信仰し、狂信していた。
◇
「デュラハン教王、ここにいらっしゃいましたか」
デュラハンは首都の中央に聳え立つ塔の最上階にいた。ルークがここに来たのは偶然だった。
建国祭で“刻印”の運用を開始する。その開幕式に教団代表としてデュラハンが出席するため、魔法騎士団の代表としてルークが挨拶に来たに過ぎない。
「ルークよ。素晴らしい眺めではないか!魔法国は我ら教団のものぞ。そして私は神となるのだ」
過去より魔法は光火水風地の5元素が存在した。
しかし、50年前にある使い手が偶然にも"闇"の属性を発見した。
闇の属性は他の属性元素と違い、魔素を継承させる事ができた。継承させるための因子は遺伝と"魔素の譲渡"である。
ただし、魔素の譲渡は魂の根源を分け与える行為であるため、譲渡側の命を代償とした。現に"はじめの闇の使い手"はデュラハンに闇の魔素を譲渡(奪われ)して命を落としている。
デュラハンは闇の魔素を手に入れるまではただの商人だった。闇の魔素を"奪い取って"から彼は変わった。人を操り、暗殺を繰り返す度に力をつけ、今や魔法国も手が出せないほどの権力を得ていた。
そして魔法国の王族を娶り、何人かの子を成していた。現在の国王はデュラハンの長男である。
「この世界に満ちる魔素を闇へと変え、私に譲渡させる。術式は完成した。ルークよ、お前は神の誕生を目にするのだ。なんと光栄なことか」
ルークはここで初めてデュラハンの企みに気づいた。騎士団が巨大な刻印を首都へ刻んだのはデュラハンの指示だった。すべてを理解したとき、デュラハンへの嫌悪感と自分の軽率さに吐き気を覚えた。
ルークは病魔のない都市の実現のために尽力してきた。しかし、ルークはある一点を疑っていた。なぜ、この刻印は首都ではなく、この塔へ力が集中するのか。
だが、そんな些末な疑問はどうでもよかった。ルークは何よりも病弱な婚約者のために刻印の敷設に尽力したのだ!
(それなのに!)
この刻印はデュラハンの言う通りのものであろう。
「この刻印は民の魂を闇の力にして、集めるためのものか!」
ルークは咆哮した。
「デュラハン!貴様は気が狂ったのか!」
ルークは手に持った魔剣を抜き、デュラハンに切り掛かるが、闇の魔法によりその場に釘付けにされる。
「重力操作か!」
重力操作は闇の使い手が操ることのできる高度な魔法であった。
「そこで見ておれ。もうすぐ術式が発動する。神の誕生だ」
デュラハンは魔素を魔石に込めた。その瞬間、魔法騎士団が施した刻印が発動した。首都にいた“魂”が“闇の魔素”に変換されていった。そして闇の魔素はデュラハンへ注がれる。
「これではミレイの命は持たないではないか!」
ルークはミレイの命が刻印に吸われていることを感じていた。
「そうはさせない!」
ルークは重力に縛られながらも魔素を練り上げる。ルークが練り上げた光の矢は凄まじい力を秘めていた。だが、ルークが放った光矢はデュラハンには届かない。
「バカめ。この魔素の濁流の中、おまえのちっぽけな魔素が届く訳がない」
今、この塔には首都にいるすべての命が闇の魔素となって濁流のようにデュラハンへ注がれていた。
だが、ここで奇跡が起こる。ルークの放った光矢は刻印をほんの少し削り取ったのだ。その事象は刻印の中心点をルークへと変えた。
「ああー。命が流れ込んでくる!やめてくれ!!」
ルークはこの場から逃げ出したかったが重力魔法に縛られ、動けない。命の濁流はルークへと注がれる。
「ぐあああー」
そしてルークの意識は闇の底へと落ちていった。
◇
ルークが意識を取り戻した時、刻印はその役割を終えていた。首都に存在した命は闇の力に変換され、ルークへと譲渡された。
その中にはミレイの命も含まれていた。
「があーあ」
ルークは咆哮した。
「何故だ?こんな力を得て何になる?」
デュラハンは死んでいた。ルークはその屍体を蹴り飛ばした。
「おまえは何ということをしたのだ!」
蹴って、蹴って、蹴って原型のなくなった肉塊を闇魔法で腐敗させて散り散りにした。
その後、ルークは首都中を走った。ミレイを求めて。生きているものを求めて。
だがその願いは虚しく、首都中の民が死に絶えていた。その命をルークへ渡して。ルークは嗚咽した。
(強い力は大きな悲劇を生む。強い力を作り出してはならない。悲劇を生む力を壊さなければならない。この闇の力を使ってでも!)
ルークは混沌の闇の中に落ちていった。
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