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第9話 模擬戦

 騎士団の演習場は王城から少し離れた小高い丘に面して作られていた。全体を見れば騎馬戦の試合ができるほどに広い。騎馬、弓、魔法、剣術、どの武芸の稽古でもできるアスラ王国が誇る演習場だった。

 その丘の上、アオイとヒスイは演習場を眺めながら二人で大きく伸びをした。事前の準備運動である。


「うん、ここは何度来ても気持ち良いね」


 すっかり元気になったアオイを妬まし気に見ながら、魔国のことを考えて気の晴れないヒスイはひそかにため息をついた。


「なんだなんだ、ヒスイちゃん。そんなんじゃ、軽~くお姉さんが勝っちゃうぞ」

「はい、アオイさんには勝てる気がしません」


 それはヒスイの本心だ。あんなに隙だらけなのにアオイの間合いに入れる気がしないのだ。こんな感覚は初めてだ————黒騎士だって剣を打ち込む隙間くらいは見えたのに…。


 演習場では騎士達が馬で駆け、剣の型稽古を行っているのが見えた。ヒスイもマーズ領では班長として、ここの騎士と同じように班の練度の向上に努めたものだ。


「さてそれじゃ訓練所へ行きますか」


 アオイとともに丘から降り、訓練所へ行くとそこにはツクミとアマノ、フセルニアが待ち構えていた。


「アオイさん、邪魔はしませんので見学させていただけませんか?」


 ツクミの申し出にアオイはすんなりと返事を返した。


「うん、いいよ。せっかくなら後で相手になってよ」


 アオイはそう言うと訓練所の壁に立てかけられていた木刀を手に取った。壁際ではアマノとフセルニアがアオイの様子を眺めていた。

 

「アマノさん、これはどういう立会いなのですか?」

「ふふふ、きっと驚くわよ…」


 偶然、ツクミと行き会ったフセルニアは事情を把握しないまま、同席させられているのだ。不信を持ってもしかたがない。

 

「それじゃあヒスイ、始めようか。矢切丸を試してみなよ」


 そう言うとアオイは手にした木刀を無造作に構えてヒスイに向き合った。その姿にヒスイは寒気を感じた。だが負けられない。

 神経を集中させるとベルクから下賜された魔刀、矢切丸を抜き、上段に構えた。はじめて扱う刀だったがヒスイの手に良くなじんでいた。


(何てすごい刀なんだろう。何でも切れそうな気がしてしまう)


 矢切丸を構えたヒスイはその力強さに感動を覚えていた。刀身は薄く光を纏い、輝いている。浮き出る刀紋は水面のゆらぎのように凛として、ヒスイは顔が自然と緩んでしまった。


「ヒスイ、手加減しないよ」


 そんなヒスイの様子に気づいたアオイから注意される。これは真剣勝負なのだ。


(いかんいかん)


 アオイの言葉にヒスイは気を引き締めなおし、矢切丸を構え直した。対するアオイは訓練用の木刀を左手に握っていたが、その構えは隙だらけだった。


(やっぱりアオイさんからは全然、力を感じない。でも打ち込むのが怖い)


「ヒスイ、魔法も見せて」

「はい、良いのですか?」


 ヒスイはアオイが手にしたのが木刀だったので、怪我をさせないかと心配だったのだ。


「うん?ああ、大丈夫だよ」

「じゃあ、行きます」


 ヒスイは魔素を練る。そして矢切丸へ魔素を込めると刀身に金属の欠片が渦巻き始める。ヒスイは気を集中させると矢切丸を気合とともにアオイへと振り下ろした。渦巻いていた金属片が刃となってアオイへ襲い掛かった。


「おお、すごいね」


 アオイは右手を前方に向けると魔素を放った。レジストと言われるこの魔法技術は自分の魔素を展開して魔法攻撃を防ぐ。神経の集中を必要とすがゆえに、隙ができやすい。

 ヒスイの作戦は金属片を無数に飛ばすことでアオイをレジストに専念させることだった。


「今だ!」


 ヒスイはレジストに"専念"しているアオイに走りよると矢切丸を下段から一気に切り上げた。だが、ヒスイの渾身の一撃はアオイが持つ訓練用の木刀で弾きとばされてしまった。    

 矢切丸はヒスイの手を離れて宙を舞い、地面へ突き刺さった。ヒスイにはアオイの動きがまったくわからなかった。


「今、どうやったのですか?」

「ヒスイの刀を光の魔素で弾き飛ばした。」


 簡単に言うアオイの言葉をヒスイは信じられない思いだった。


(だってアオイさんはレジストに手一杯だったはず。私の剣戟をレジストしながら弾くなんて…)


アオイは矢切丸を拾い上げると、訝し気なヒスイへ矢切丸を渡した


「ヒスイには矢切丸がついている。もっと矢切丸に頼って良いと思う。

ヒスイ、同じ攻撃をもう一回やってみて。ただし、今度は矢切丸に魔素を乗せるんじゃない。練りこむんだ」


 ヒスイは困惑した。魔素を練りこむ?


「魔素を、ですか?」

「そうだ。要はイメージだ。ヒスイは剣を魔素で包み込んでいるだろ?じゃなくて魔素を刀身に浸透させるんだ」


 ヒスイはスガル平地で見た粒子の粒を思い出していた。あの優しい粒子を———あの粒子はガーゴイルに染み込んでから霧散していたなあ。


「行きます!」


 再びヒスイは矢切丸を構えて、魔素を練る。そして今度は魔素を刀身の中へ流し込む。ゆっくりゆっくりと。その様子を見ていたアオイは嬉しそうに笑った。


「やはりヒスイはすごいよ!さあ、来い!!」


 矢切丸から放たれる無数の金属片。再びヒスイの周りで渦巻き始めるとアオイへ一斉に襲い掛かった。アオイが先程と同じようにレジストする。金属片はアオイの前で霧散し散った。

 そこへヒスイが走りこむ。先よりアオイに余裕はない!いける!!下段から切り上げた矢切丸の一撃はアオイが握った木刀を真っ二つにしていた。





「うん、ちゃんと矢切丸に魔素が入っていたね。後は少しずつ慣れて行けば良いよ」


 アオイは折れた木刀を片付けながらヒスイへ助言していた。ヒスイも魔素の使い方のコツを掴めたようで晴れやかな顔をしていた。

 

 フルセニアは二人の立会いに驚いていた。———なんなんだ!あの二人の動きは!!

 

(ヒスイの魔素のコントロールは並外れている。剣技も申し分ない。何より、あの魔刀の力がこの試合を通してヒスイに馴染だ。A騎士に相応しい力量だ、いやS級でも文句はでないだろう。

 それよりだ!あのアオイという少女は何者なんだ。魔素量も剣の腕も段違いだ)

 

「さあ、アオイさん。久しぶりに私にも稽古をつけてくれませんか?」

 

 ツクミの申し出にフセルニアは驚愕した。

 

(団長が『稽古をつけてください』だと!いやいや、そんな事があるか??)


 そんなツクミの申し出にアオイはにやにやしていた。やる気らしい。


「ツクミ。良いけど手加減しないよ」

「はい、よろしくお願いします」

 

 アオイは壁の木刀を手に取ろうとして少し考えてからヒスイの方を向いた。


「ヒスイ、矢切丸を貸してもらえるかな?」


 アオイはヒスイから矢切丸を受けとると鞘から抜き、両手で構えた。フセルニアはその姿を見て肌が泡立った。


(つ、強い!この少女はとてつもなく強い)


 フセルニアは本能的にそう感じた。だが騎士団長と比べたらどうだ?そこまでではないだろう?


「では行きます」

 

 ツクミは剣を抜くと光の魔素を刀身に纏わせた。その魔素量は強大。そして、地を蹴ると一瞬にしてアオイへと肉薄した。その速さに見学していた三人は息を呑んだ。

 そこから水平に振られた剣の軌跡は、美しく弧を描いた。これ以上はない模範的な剣筋。誰もがアオイの負けを疑わないツクミ渾身の一撃だった。だが、


「!」


 ツクミの水平に振られ、魔素も充分に乗った一撃は、アオイの矢切丸にいとも簡単に防がれた。


「これを防ぐか!!」


 ツクミは二撃目を加えるために態勢を立て直そうと一歩下がった。アオイはそれを見逃さない。数歩、滑るように後退して距離を取り、ツクミから間合いを外した。それから、左手に魔素を込める。


「ちゃんと受け止めてね」


 アオイは左手の魔素を光の弾丸としてツクミへ放つ。ツクミも信じられない反応速度を見せてその光弾を剣で切り裂いた。


「くっ!」


 その瞬間、光弾ははじけ、閃光を放った。一瞬、ツクミは視界を奪われる。


「はい、残念!!」


 アオイはその一瞬の隙にツクミの後ろへ周りこむと首元へ矢切丸を突きつけた。


「参りました」


 ツクミの敗北宣言に皆、信じられない気持ちだった。


(ツ、ツクミ騎士団長がいとも簡単に…あの少女は何なんだ…)


 フセルニアは目の前で起こった事が信じられなかった。フセルニアはアマノにどういうことか説明してほしいと訴えたが、


「そんなの、言えるわけないじゃない」


 相手にしてもらえなかった。また一つフセルニアはアオイのために苦悩が増えてしまった。



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