7:王女様の格好をしてみました
「そうと決まれば、さっそくベツィリアの姿になってもらう」
「えっ……今、ですか?」
慌てて尋ねると、アルシオではなく侍女が答えた。
「建国祭までに、急ぎ衣装を用意しなければなりません。採寸させてください」
ほんわかしているが、有無を言わせない声だった。
騎士も大きく頷いている。
「本当にベツィリア王女として通用するか、確認も必要ですな」
「ええ、髪色はベツィリア様と同じですが、それだけでは影武者に相応しいかわかりません」
そう言われても、もう遅い時間だ。悩んでいると侍女が告げた。
「お時間は取らせませんので、まずは眼鏡を失礼しますね~」
遠慮がちに彼女が手を伸ばし、メーテルの瓶底眼鏡を外す。すると……。
「まあ……」
「おお……」
侍女と騎士が揃って声を上げた。
「これは、予想外です~」
「眼鏡の下がこんな風になっていたとは。確かに『美しい』と噂のベツィリア様の影武者に相応しい……かもしれないな」
裸眼になったメーテルは、ハッとして彼らに告げた。
「言い忘れていましたが……眼鏡を外すと私は遠くが見えません。影武者として動くのに支障があるかも」
「そういえば、先ほども庭に落ちた眼鏡を探していたな」
アルシオが告げ、メーテルが頷く。
「わ、私は重度の近視でして、眼鏡がないと日常生活に支障が出るんです。お掃除などは普通にできるんですが、離れたところにいる人の顔の判別などが難しく……」
現状、眼鏡をかける以外に解決方法はない。
「そうか。俺のほうで補助するつもりだが、どうしても難しい場合は、視力矯正用のレンズを使うしかなさそうだが」
「そんなものまであるんですか?」
「通常は目の色を変えるために用いるのだが、無色透明で視力を多少矯正できるものがある……こちらも長時間の装着はできないが、建国祭で姿を見せている間だけなら、なんとかなるだろう。問題は、すぐに用意できるかだが……」
「いっそ、ベツィリア王女が眼鏡をかけている設定にすればいいのでは?」
「分厚い瓶底眼鏡をかけていれば、正体がお前だとわかるリスクが高くなる」
「確かにです……」
メーテルほど視力が悪く、分厚い眼鏡をかけている女性は王宮内にほぼいない。
「そういうことだからエマ、こいつを頼む」
「かしこまりました~」
ほわほわした侍女の名はエマと言うようだ。
彼女はメーテルを連れて隣の部屋に移る。
中にはドレスが何着か用意されていた。
「これは……?」
「万一のときに、ベツィリア様のお姿を誤魔化すために用意されたドレスです。ベツィリア様の体格に合わせて作られているため、少し大きいですが……今日は確認だけですので、とりあえず着てみてください~」
そう言うと、エマはメーテルの前にバーンと立ちはだかる。
「それではメーテルさん、お着替えしましょうか」
「……!」
エマは一人だけだというのに、ものすごい速さでメーテルにドレスを着せて化粧をし、コテでモサモサ髪を整えていく。
ふんわりした物腰に反して、とても仕事ができる侍女だった。
眼鏡を外されているメーテルは、ぼんやりした視界のまま椅子に座らされている。
「あの、エマさん以外に侍女はいないんですか?」
「ええ、わたくしだけです。捨て置かれている第一王女に仕えたいという方は希ですし、信用できる者しか雇えませんからね。乳母をされていた方がいたのですが、体調を悪くされて現在は里帰りしています」
「一人では、お仕事が大変なんじゃ……」
「ベツィリア様は、なんでも一人でできてしまうので、手がかからない方なのです~」
王族のほとんどは、自分一人で着替えもできない人たちだ。
(ハインリー様は、ご自身で着替えもできるようですが)
かなり希なケースだと思う。
「王女様の護衛の騎士は……先ほどの彼一人じゃないですよね……?」
「一応王宮の騎士はいますけど、王女付きはあの方だけです。もともとベツィリア様のお母様に仕えていた騎士なのですが、彼女が亡くなられたあとは、ベツィリア様をお守りしておられます~」
「ということは現状、ベツィリア様にお仕えしている人は、二人だけということ……?」
「はい~」
なんてことないように、エマが答えた。
(少な過ぎです……)
ハインリーに仕える侍女は、少なくとも二十人はいるというのに。
「さあ、メーテルさん、完成しましたよ。鏡の前へどうぞ~」
エマがメーテルの手を引き、壁に掛かった巨大な鏡の前へと案内する。
「いかがでしょうか~?」
自信ありげな様子で言われても、近視なので、鏡に映った自分の姿がぼやけて見えている。
今わかるのは髪を結んでいないことと、可愛いドレスを着ていることくらいだ。
「……ぼやけていますが、ドレスが可愛いです」
これは本当だった。
メーテルはフリフリ、ヒラヒラした可愛いドレスが大好きなのだ。
辺境の地では、ぜんぜん着られなかったけれど。
そして王都に来てからも、高価すぎて買えないけれど。
(憧れだったんですよね……)
フリフリの侍女の制服で満足していたけれど、こうしてドレスを身に纏えるのは嬉しい。
「あと、モサモサの髪のボリュームが減っていて、まっすぐになっていて大変素晴らしいです」
何をしてもまっすぐにならなかった頑固なくせ毛が、エマの手にかかると一瞬で見違えるように変わった。とても嬉しい。
「こちらのコテは強力ですので~……」
「嬉しいです」
成り行きで王女の影武者になってしまったが、思いがけず可愛い格好ができ、メーテルは少しだけ気分が上がった。
「ドレスを着たり髪型を弄ったりするのは、ベツィリア様もできるのですが。メーテル様は女性ですので、私が担当させていただきました。さて、ベツィリア様にも見ていただかなくてはいけませんね~」
「わわっ!?」
再び手を引かれて、メーテルは隣の部屋にいるアルシオのところへ戻る。
「ベツィリア様~、メーテルさんの衣装合わせが終わりました~」
うっかり転ばないよう、ゆっくりと前へ進み出た。
すると、アルシオは驚いた様子で、まじまじとメーテルを見つめた。
「……やはり、化けたな。美人だ」
「ひぇ……!」
何度言われても慣れない言葉だ。メーテルはどぎまぎした。
「ベツィリアの影武者として申し分ない。」
言うと、彼はゆっくり近づいてくる。
そうして、メーテルの手前で跪いた。
「これからお前は俺の協力者だ。力になってくれたからには全力で守ると誓う」
こういうとき、生粋の貴族令嬢ではないメーテルは、どうすれないいのかわからない。
(どちらかといえば、故郷ではいつも騎士の側でしたからね……)
とりあえず、神妙な表情で黙ってコクリと頷いておく。
メーテルは人を見る目に自信がある。
少なくともアルシオは、用が済んだら口封じをしてくるようなタイプには見えなかった。
(とりあえず、やってみて……駄目だったら、そのときに考えましょう)
ここへ来れば、無料で可愛い格好ができる。
アルシオやエマは、ハインリー付きの侍女たちより格段に話しやすい。
気軽に話せる人がおらず、王宮勤めが若干寂しくもあったメーテルの心は安らいでいた。




