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モサモサ眼鏡なのに王女様(♂)の影武者なんて無理です!  作者: 桜あげは 


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6:王女様の正体は男性でした

「メーテルと言ったな。お前も、この国の王子たちによる、次の王位争いが激しいのは知っているだろう?」

「はい、よく知っています。今日もハインリー様に刺客が来ましたし……」


 ことある毎に、諍いが起こっている。


(ハインリー様から争いを仕掛けることはありませんが、他の王子様やお妃様の中には酷い方もいらっしゃるようです)


 掃除ばかりしているメーテルは、まだ遭遇したことはないが、各派閥の侍女同士の衝突もあるという。


「今残っている王子の母親たちは、いずれも有力な家の出で後ろ盾が強い。しかし、そのほかにも王子は何人かいた」


「ええ、知っています。私がここで働き出すより前に、亡くなられているみたいですが」


「ほとんどが後ろ盾の弱い母親を持つ王子たちだ。味方が少なく弱い者は、ここでは生き残れない」


 世知辛い話だが、事実だった。

 薄い盾では政敵の攻撃を防ぎきれない。


「そして俺の母は、父が気まぐれに手を付けた平民出身のメイドだ。母方の親族も全員平民だし、疎遠で後ろ盾はゼロ」


 そんな女性が産んだ王子が、この王宮でどうなるかは、火を見るより明らかだった。

 真っ先に狙われ、王子は確実に殺されてしまうだろう。

 そういった事情は、権力に縁のないメーテルでもわかった。


「だから、母は男として生まれた俺を女だと偽った。女なら政略にも使えるし、他の妃や王子にとっての脅威ではないからだ。そうして俺は、第一王女のベツィリアとして、ひっそりと育った」

(なんと……!)


 美人で病弱な王女様の正体は、男性だったようだ。


「しかし、そんな誤魔化しには、いずれ限界が来る」

「……そうですね。今、目の前にいるあなたは、普通に……その、男性に見えます」


 どこにでもいる騎士という外見だし、先ほどまでメーテルもそう思って接していた。


「声変わりが始まり、風邪を引いて喉の調子が悪いと誤魔化すようになった」


 そこから、「ベツィリア王女が病弱だ」という話が始まったようだ。


「だが、背も伸びてきて、外見もいよいよ誤魔化すのが難しくなってきた」


 アルシオはどちらかと言えば、中性的な顔立ちの美人だ。

 女装できないこともないと思うが、本人的にはリスクを冒したくなかったのだろう。

 声の問題もあるし、万一ばれたら大変なことになる。


「その頃から俺は、体調が悪いと言って離宮に引きこもり、人前には顔を出さず、王宮内の行事も休むようになったんだ。だが、そんな嘘にも限界が来ている。それで、弱っていた……」


 アルシオの後ろに控える二人が、「うんうん」と、真面目な顔で頷いていた。


「数日前、俺の父――国王から、今度の建国祭に必ず出ろとの通達があった。五百年目を祝う盛大なイベントだから、必ず顔を見せるようにと。……だが、俺はもう、ベツィリアとして公の場に立つことはできない」


 告げると、彼はじっとメーテルを見つめる。


「だから、代わりに建国祭に出てくれる影武者を探していた。お前に頼みたい」


 後ろに二人も、丁寧に頭を下げていた。


「で、ですがっ! ベツィリア王女は、ものすごい美人だという噂ですよ? 私なんか、職場ではモサモサ眼鏡と呼ばれているくらいでして。とても、影武者なんて務まりません。無理です!」


「問題ない、お前は美しい。眼鏡を取れば美人で通る」

「ええっ!? び、びびび美人!?」


 アルシオの目は節穴ではないだろうか。

 故郷では眼鏡をかけていなかったときもあったが、誰一人としてメーテルを美人だとは言わなかった。

 意図せず、頬が熱くなる。

 だが、アルシオはそれに気づかずに話を続けた。


「そして、普段が眼鏡とその髪型なら、王女に化けていても正体がわかりづらい。さらに、お前は強いから、建国祭で何かトラブルがあっても、自分の身を守ることができるはずだ」


「トラブル、あるんですか!?」


 聞き捨てならない言葉に、メーテルはピクリと反応する。


「ないに越したことはないが、王族が集まる場だからな。次期王位争いの真っ最中だし、安全だとは言い切れない」


 メーテルは花嫁修業で王宮に来ているだけの、しがない侍女に過ぎない。

 王女の影武者なんて自分には荷が重すぎる。


「やっぱり、無理ですよぅ。ベツィリア王女のことが本当だとして、出席しないという選択はないんですか?」


「ない。他の妃からも生存を怪しまれているし、欠席した場合は父が離宮まで大々的に見舞いに来るそうだ」

「わぁ……」


 どうあっても、逃げられないイベントのようだ。


「国王陛下も娘のことが心配なんですね」


「いや、あいつは娘になんて興味がない。ただのパフォーマンスだ。周囲の注目が集まるイベントだから、王族の欠席者はまずいと思ったんだろう」

「そんな……」


 しかし、その娘本人の言葉なので、否定もできない。


「で、ですが、私はハインリー様の侍女でして、ベツィリア王女の影武者をするのは難しいかと」


「仕事の邪魔はしないし、報酬も弾む。このままでは俺の命が危ないんだ。王子だとばれれば、すぐに消される。だから……どうか頼む!」


 アルシオが頭を下げ、後ろの二人が床に膝をついて、メーテルを仰ぐようにして土下座し始めた。


(ええ~……。土下座なんてされましても)


 メーテルは困った。

 土下座をする侍女と騎士の圧が強い。


「ええと、私に身代わりは難しいのではないでしょうか」

「何故だ」


 アルシオがまっすぐ問いかけてくる。


「第一に、私は騎士の娘ですが、実家では平民と変わりないような暮らしをしています。王女様らしく振る舞える自信がありません。第二に、このモサモサの髪を王女様らしくすることなんて不可能です。第三に……私とあなたの髪色は似ていますが、瞳の色が違います。これでは影武者をしてもばれてしまうのではないですか?」


 明るい場所で見ると、アルシオの瞳は黄色っぽい。対するメーテルの瞳は水色だ。


「……なるほど。だが、全て問題ない」


 問題ないとは、どういう意味だろうと、メーテルはアルシオを訝しむ。


「振る舞いは覚えればいいし、髪型はいくらでも変えられる」

「でも、瞳の色は……?」


 彼は自信のありそうな表情を浮かべて言った。


「確かに、お前の言うように、俺の瞳の色はこの国では珍しい」

「……そうでしょう?」


 この国では様々な瞳の色の持ち主がいる。

 遺伝で瞳の色を受け継ぐパターンが多いが、必ずしもそうではない。

 茶色と灰色の瞳の両親から、先祖の誰かが持っていた緑色の瞳を引き継ぐ子どもが生まれたりもする。成長するにつれて、途中で瞳の色が変わるパターンも多い。


 しかし、黄色がかった瞳は本当に珍しい。

 メーテルが知っているのは二人だけだ。


(国王陛下やハインリー様も、同じ色だったはず……)


 彼らの瞳の色は、アルシオと同じ。

 王族に引き継がれやすい色なのだろう。

 瞳の色が共通なので、メーテルも荒唐無稽なアルシオの話に信憑性があると感じてしまった。


「将来を見据え、影武者捜しに苦労しないようにとの母の案で、幼い頃から公の場に出るときは、ヴェールを被るなどして目元を隠していた」


「それでも、気づく人はいるんじゃないですか? 現にベツィリア様は美人という噂がありますよ?」

「瞳の色は成長と共に変わることもある」


「私の瞳の色は、それほど珍しいわけでもありませんので、ほかの人に影武者をお願いする際も、代わりを見つけやすいのかもしれませんが……それをしてしまうと、アルシオさん――ベツィリア様は、二度と人前で、王女様をすることができなくなってしまうのではありませんか? それって不都合なんじゃ……」


「問題ない。既に男として成長してしまい、王女として人前に立てない身だ」


 アルシオは、はっきりと言い切った。


「それに、俺の瞳の色は絶対に誤魔化せないが、お前の瞳の色ならなんとかなる」

「どういう意味です?」


「瞳の色を誤魔化すレンズ――ガラス製の道具がある。王都の劇団などで使われているが、淡い瞳の色の者なら、青系のレンズをつけるとお前の目の色に近くなる。着け心地が最悪だから長時間の使用はキツいが……まあ、なんとかなるんだ」

「そ、そうですか」


 そんな便利な道具があるなんて知らなかった。


「というわけで、余計な心配は要らない。一度だけ、影武者を引き受けてもらえるか?」

「……ここまでお話を聞いて断ったら、普通、帰してもらえませんよね?」


「強要はできない。だが、力になってくれれば、できる範囲でお前に便宜を図ると約束する」

「便宜と言われましても……」


 メーテルは今の生活に満足しているので、特別頼むことなんてない。


「頼む。万が一俺が男だとばれることになれば、俺だけではなく、事情を知って黙っていた後ろの二人まで罰されてしまう。おそらく処刑だろう。ここにはいない乳母や侍医も巻き添えだ」

「…………」


 重い、重すぎる。メーテルの手には負えない。


(でも、ここで私が断って、万が一この人たちの命が奪われてしまったら、寝覚めが悪いどころでは済みません……この人たちのことが一生頭にちらついて、後悔してしまいます)


 しばらく考えた末、メーテルは顔を上げた。


「わ、わかりました。一度だけ、お引き受けします。建国祭だけでいいんですよね?」


 土下座していた二人が、ガバッと顔を上げた。それぞれの顔に喜びの表情が浮かんでいる。

 そして、アルシオも両手でガシッとメーテルの手を握った。


「感謝する! メーテル・オールリンクス!」

「わわっ……」

「建国祭が終わるまで、よろしく頼む」


 王族だというのに、アルシオも頭を下げた。


「アルシオさん……じゃなくて、ベツィリア様。どうか頭を上げてください。王女様にそういう格好をされると居心地が悪いです」


 メーテルは小心者なのだ。

 言われて、アルシオはようやく頭を上げた。


「俺のことはアルシオと呼んでくれていい。影武者をしてもらうんだ、運命を共にするお前のことは、俺も部下たちも当然全力で守る。お前の仕事や生活の邪魔もなるべくしない」


(……守ると仰られても……たぶん、私のほうが強いと思いますけど)


 それは黙っておく。


「このことは、ハインリー様には……」

「もちろん内緒だ。通常業務が滞らないよう、手は貸す」

「…………」


 ともかく、メーテルは建国祭でベツィリア王女の影武者になることが決まった。

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