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モサモサ眼鏡なのに王女様(♂)の影武者なんて無理です!  作者: 桜あげは 


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4:あり得ない侍女(アルシオ視点)

 夜の王宮の庭で――アルシオは信じられない光景を前に、片手に明かりを手に持ったまま、その場に立ち尽くしていた。


 庭を通って建物へ戻る途中、怪しい人影を発見し、どうしたものかと立ち往生していたら、それを目撃してしまったのだ。


 その侍女を見つけたのは偶然だった。

 月明かりに照らされた漆黒の制服から、おそらく第一王子の侍女だとわかる。


 モサモサと膨張した髪型の彼女は手にしたモップで、現れた刺客らしき者たちを次々に倒していく。

 圧倒的な強さだった。


(なんだ、あの侍女は)


 気になったアルシオは、そっと侍女のほうへと近づいていく。

 手に持った明かりで、彼女の姿をしっかり確認しようと思った。


 それに気づかない侍女は、アルシオがいる方向へ駆け出そうとし、何かにつまずいて前に転ぶ。

 同時に分厚い瓶底眼鏡が吹っ飛び、意外な素顔がさらされた。


(えっ……)


 明かりに照らされた、金茶色の髪をした侍女の素顔は、ものすごく美人だった……。

 しかし、彼女はアルシオを一瞥もせず、地面に向かって手を伸ばし、芝生をかき分ける。


「め……眼鏡、眼鏡……」


 どうやら、かなり目が悪いらしい。

 前方に眼鏡が落ちているのに気づいていない。

 アルシオはそちらに向かい、眼鏡を拾って戻ると、しゃがんで侍女に差し出した。


「ほら、探しているのはこれだろ?」

「あっ……!」


 侍女は慌てて受け取った眼鏡をかけると、まじまじとアルシオを見て頭を下げた。


「あの、眼鏡を拾っていただき、ありがとうございます。私、ド近眼でして……あ! あなた、騎士さんですね!? ちょうどいいところに来てくださいました……!」


 そうだ、今の自分は便宜上、護衛騎士の格好をしているのだった。

 内心、面倒だと思ったが、ここで怪しまれるわけにはいかない。

 一応、頷いておく。


「あ、あの、凶器を持った不審者たちが向こうにいます。全員、気を失っているようなので捕まえてください……こっちです!」


 侍女は芝生の向こうを指差して訴えた。

 自分が倒したくせに、刺客が勝手に倒れている風に装っている。


「ま、待て。一人で全員を運ぶことはできないから、応援を呼ぶ」


 衛兵詰め所の場所は知っていた。ここから遠くはない。

 アルシオは明かりを持ったまま、侍女を連れてそちらへ向かった。

 そうして事情を説明すると、若い衛兵数人が現場へ走って行く。

 詰め所の奥の机に座ってにいた衛兵隊長が、顔を上げてアルシオと侍女を見た。


「……ベツィリア王女のところの騎士と、そっちはハインリー王子のところの侍女か。どういう組み合わせだ?」

「庭で偶然会った。第一発見者はその侍女だ」


 手持ちの明かりだけでは、はっきりわからなかったが、詰め所の明るい部屋で見ると、その侍女は個性的な見た目をしていた。

 モサモサと生い茂る髪に、分厚い瓶底眼鏡の下の水色の瞳。


(……美人なのに、どうしてこんな格好を?)


 野暮ったいとしか言いようのない見た目に、残念さを感じてしまう。

 きちんとすれば、化けるだろうに……まあ、どんな見た目になろうが、本人の勝手だけれど。


(刺客三人をモップ一本で手早く倒した人物にはとても見えないな)


 だが、現場を目撃したアルシオは、彼女が強いことを知っている。


「そこの侍女、どうやって刺客を見つけた?」


 衛兵隊長が端的に問いかける。

 疑っているわけではなく、普通に状況を質問している様子だ。


「今日は仕事で帰りが遅くなりまして。ふと窓から外を見たら、庭に怪しげな人がいて、王族の住まう建物のほうへ向かっているのが見えたのです」


「こんな暗い中、人間が判別できるものか」


「北の辺境――イレイネス育ちなので夜目はききます。近視なので眼鏡をかけないとさっぱりなのですが、ちゃんとわかりましたよ」


「なるほど。あのイレイネスか……それで、外へ?」


 その場所の話は、アルシオも聞いたことがある。

 治安が悪いと有名な、北の辺境の地名だ。


「ここ最近、ハインリー様が狙われる事件が立て続けに起きていたので、心配で様子を見に行ったんです……でも、庭に到着したら何故か全員が倒れていました。理由はわかりません」


「なるほど。危険だから、次からは確認より先に、詰め所に知らせに来るように。あとは衛兵の仕事だ、二人とも戻っていいぞ」

「はい」


 モップを持った侍女がそそくさと詰め所を出て行くのを、アルシオは黙って追う。

 そうして、外へ出たところで彼女に声をかけた。


「そこの侍女、話がある」

「えっ? わ、私に……ですか?」

「ああ、お前にだ」


 周囲に誰もいないことを確かめ、もう一度アルシオは告げる。

 自分と同じ金茶色の髪、程々に高い身長。そして圧倒的な強さ。

 この侍女ほど、アルシオの望んでいた人物に近い存在は今のところいない。


「頼みがある。一度だけ、ベツィリア王女の身代わり――影武者になってはもらえないだろうか」

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