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1:プロローグです

 ガシャーンと食器が割れる音が国王の声を遮って響いた。

 中央に設置されたテーブルの、長いテーブルクロスがずり落ち、丁寧に盛り付けられた料理が床に飛び散る。


 建国祭の日、ダハトリア王宮の晩餐会。

 王族専用の食堂は騒然とした空気に包まれていた。

 複数いる妃たちが「キャァァァッ!」と、絹を引き裂くような叫び声を上げる。

 護衛の騎士たちも、「なっ、なんだ……!?」と、いきり立ちながら辺りを見回した。


 そんな中、給仕係をしていた一人の男が逃げるようにテーブルの傍から駆けだす。

 けれど、そんな男を追う一つの小さな影があった。


「逃がしません! あなた、ハインリーお兄様の飲み物を毒とすり替えましたね!?」


 一人の王女が金茶色の長い髪を靡かせ、ひらひらした豪奢なドレスの裾をたくし上げ、突如走り去ろうとした男を追いかけた。


 しかし、王女の中身は別人――影武者の侍女、メーテル・オールリンクスだった。


 メーテルの足は速く、あっという間に二人の距離は縮まった。

 会場の端でメーテルは怪しい給仕係に追いつく。

 護衛の騎士が出る隙もなかった。


「は、速っ!? なんで、王女が……ぐぼぇっ!?」


 振り向いた相手が何か言い終わる前に、下からすくい上げるように放ったメーテルの蹴りが、給仕係の顎に炸裂する。


 相手は後ろ方向に吹き飛ばされ、硬い大理石の床へとたたきつけられた。

 メーテルはその様子を見ながら、小さく呟く。


「……また淑女らしからぬ行いをしてしまいました。アルシオさんに怒られてしまうでしょうか」


 会場の床に伸びた男を見下ろし、彼が意識を失ったことを確認する。

 ひとまず、王子の暗殺は阻止できた。

 すぐに騎士たちが給仕係に駆け寄り、意識を失った彼を捕縛して部屋の外へ運び出していく。


 役目を終えたメーテルは、ひらひらしたドレスをワサワサ揺らしながら、そそくさと自分の席へと戻る。

 とても長いテーブルに各王族が座っているが、それぞれの座席の間隔は広い。

 まるで、彼らの関係の溝の深さを物語っているかのようだ。


 地味に注目を浴びてしまっているが、座って静かにしていれば、そのうち騒ぎも落ち着くだろう。

 メーテルよりも犯人や、毒を盛られそうになった王子のほうが目立っている。


「ちょっと騒いでしまいましたが、まあいいですよね? ハインリー様を守れたのですし?」

「よくねえよ。俺が築いてきたベツィリア王女のイメージが崩壊するだろうが」


 豪奢な椅子に着席すると、斜め後ろから責めるような声が降ってくる。

 周りには聞こえない、絶妙な声の大きさだ。


 そこには王女の護衛騎士として晩餐会に参加しているアルシオが不満顔で立っていた。

 メーテルとよく似た金茶色の髪を後ろで一つ結びにした、中性的な美しい顔立ちの男性騎士だ。


「なんで護衛騎士より先に、王女に化けたお前が犯人を蹴り飛ばしてんだよ」

「えー……。だって皆さん、動きがカタツムリのように遅かったですし? あれでは犯人を取り逃がしてしまいます」


 小声で答えると、アルシオは「はぁ~」と長いため息を吐いた。


「いいか、メーテル? お前は今、ベツィリア王女の影武者だ。頼むから、それらしく振る舞ってくれよ……」


 着席したメーテルは、目の前の皿に盛られたサラダをモシャモシャ頬張りながら頷く。

 新鮮な葉野菜に彩り鮮やかなトマトやマッシュルーム、艶々の柑橘類やベリーが盛られたお洒落な逸品だ。

 

(シャキシャキしていて美味しい)


 さすが王族が集まる晩餐会の食事。

 メーテルが普段食べている粗食より格段に豪華である。


「モゴモゴ……善処します」


 アルシオには素直に返事をし、メーテルはサラダをゴクリと飲み込んだ。


 ※


 メーテルは北の辺境イレイネス領からやってきた、平凡な令嬢だ。

 今は王城で花嫁修業の一環として、第一王子付きの侍女の仕事をしている。


 平民出身の父は成り上がりの騎士。

 食堂の娘だった庶民派の母と、筋肉にしか興味のない兄たちがいる。

 さして裕福ではないし、王家と深い縁があるわけでもない。


 にもかかわらず、メーテルがベツィリア王女の影武者をしているのには理由があった。

 それは、少し前に遡る。

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