18:モサモサ眼鏡は重労働もお手の物
ハインリー話し終え、昼休みを一人で過ごし、執務室へと戻る。
すると、扉の前で立っていた侍女長が話しかけてきた。
「モサモサ眼鏡、午後からは王宮の食料庫へ助っ人に行ってきてちょうだい」
事情が飲み込めず、メーテルは首を傾げる。
「……助っ人、ですか?」
「そうよ。明日は建国祭でしょ? それで、王宮では豪華な食事が提供されるわけだけれど、肝心の食材の運び出しの人手が足りないんですって」
「はぁ……」
「あなた、重労働も平気なんでしょう?」
そう言われ、メーテルはピンときた。
ハインリーの私室の掃除を任された話が、もう侍女長に伝わっている。
そして、彼女はそれをよく思っておらず、かといって代わりに重労働をするのも嫌なので、こうして面倒ごとをメーテルに押しつけているのだろう。
(まあ、私なら本当に、食材を運ぶくらい平気ですけど)
メーテルは素直に仕事をしに行くことにする。
「わかりました。行ってきます」
「そうそう、食料庫にいるのは平民のメイドばかりだけれど、あなたも似たようなものだから平気よねえ? それじゃあ、よろしく」
ひとまず溜飲が下りたのか、侍女長はにやにや笑いながら去って行った。
(……本当に平民みたいな暮らしをしてきたから、そちらも平気ですけど)
この王宮では、貴族の子女がなる侍女のほうが、平民がなるメイドより格上という扱いなのだ。
基本的には、王族の周りに侍るのは貴族亜準貴族からなる侍女で、平民メイドは王宮の一般的な医事業務に携わっている。
共用部分の掃除や、食事の提供、衣類や寝具の洗濯、荷運び、庭の手入れ、家畜の世話などがそうだ。
てくてくと廊下を歩いて建物の外へ出て、王宮の裏手側へ回って厨房へと向かう。
料理や洗濯などの日常業務が行われる場所は、王宮の裏手側に固まっていた。
ハインリーの部屋や執務室からはやや遠い。
メーテルは駆け足で裏庭を走った。
(エッホ、エッホ……)
表の華やかな庭とは違い、こちらは簡素な雰囲気である。
普段、王族や貴族が通らない場所だからだろう。ここを行き来するのは、王宮の働き手がメインだ。
途中、平民の働き手たちとすれ違う。
ある者は裏庭の草むしりをしており、またある者は洗い終わった洗濯を竿に干していた。
近くに井戸があり、その周りでは洗濯中のメイドたちの姿も見られる。
メイドの着ている服は、侍女服よりも簡素な作りなので見ればわかった。
あまり、フリフリ、ヒラヒラしていない。
(どちらかというと、こちら空気のほうが肌に馴染みますねえ)
その奥には厨房があり、近くに扉が開いたままの小さな食料庫もある。
(食料庫、すぐ近くにあるじゃないですか。ここから食料を運ぶくらいなら、簡単に思えますが……)
疑問に思いつつ、厨房で働いているメイドに声を掛ける。
「あのう、すみません。食料庫から食料を運ぶ手伝いに来たのですが……」
すると、メイドは「助かります!」と目を輝かせて告げた。
「実は、こっちの食料庫ではなく、もっと奥にある大型の食料庫から大量の食材を運んでこなくてはならなくて、私たちだけではどうにもならなくて……一人でも助っ人がほしいところだったんです」
侍女長の言っていた内容は本当らしい。
言われてみれば、こちらの食料庫の中身は、ほぼ空になっていた。
足りないぶんを、大型の倉庫から持って来なければならないのだろう。
「奥とは……?」
「この道をさらに進んだ突き当たりを、左に曲がった場所です。とても大きな倉庫があるので、一目でわかりますよ。詳しくは、そちらにいるメイドに聞いてください」
「承知しました。そちらへ向かいます」
メーテルは再び駆け足で裏庭を走り続ける。
すると、メイドが言っていたとおり、さらに進んだ突き当たりに大型の食料庫が設置されていた。
こちらは、先ほどの食料庫の十倍ほどの広さがありそうだ。
開け放たれた扉の中から、メイドたちが今にも倒れそうになりながら、次々に重い食材を運び出している。
必要なものを一旦、食料庫の外へ並べ、そこから厨房へ運んでいくようだ。
メーテルは一番近くのメイドに呼びかける。
「あのー、食料を運ぶ助っ人にきましたー」
「えっ……」
すると、メイドは信じられないものを見たとでもいうように目を丸くする。
「まあ! まさか侍女の方が来て下さるなんて! あ、ありがとうございます、本当に人手が足りなくて……」
完全に恐縮してしまっている。さもありなん。
メーテルはともかく、普通、侍女は貴族のお嬢様がなるものだ。
ひとまず、メーテルは彼女に問いかけた。
「私は何をすればいいのでしょうか」
「えっ、あっ……ここに積まれた荷物を、厨房まで運んでいただきたいのです。必要なものは大体食料庫からこちらへ運びましたから、あとは皆でこれらを厨房まで運んでいくだけなんですけど。それが一番の重労働でして」
食料庫の外では、荷物を置いた他のメイドたちが、へろへろになってしゃがみ込んでいる。
……限界が近いようだ。
(……これは……メイドさんたちには無理な仕事なのではないでしょうか?)
彼女たちは騎士ではない。普通の女性たちだ。
重労働に向いているとは思えない。
(力持ちの男手が必要な案件では?)
だが、どこも人手が足りないのだろう。仕方がない。
メーテルは「ふぅ」と息をつく。そして……。
「じゃあ、運びます」
そう言い、近くにあった巨大な小麦粉の袋をひょいひょいっと両方の肩に担いだ。
「ええっ……!?」
メイドがギョッとした表情を浮かべてメーテルを二度見した。
「それ、小柄な成人女性ほどの重さなんですけど……」
「大丈夫です。重いものは私に任せて、あなた方は自分の手に負えるものを運んでください」
メイドたちが、感動した目でメーテルを見る。
「あ、ありがとうございます!」
各所で声が上がった。
メーテルは頷き、小麦粉の袋を担いだまま、エッホエッホと駆け足で来た道を戻る。
「ええっ!? は、走ってる……!?」
「は、早い!」
後方でメイドたちの声が聞こえた。
(イレイネスの騎士の訓練に比べれば、軽いですね)
あそこでは、この状態で崖を登ったり下りたりしなければならなかったのだ。
それに比べれば、楽勝である。
(また淑女らしからぬことをしてしまいました……が、これは侍女のお仕事の範囲内ですし、建国祭のためですのでノーカウントです)
小麦の袋を厨房の奥の床へ置き、メーテルはまた大きな食料庫へと駆け足で戻る。
途中、同じく荷運び中のメイドたちとすれ違った。
彼女たちは汗を流しながら、各自、自分が持てる重さの食料を精一杯運んでいる。
ハインリーの侍女たちより、よほど仕事熱心だった。
食料庫が見えてくると、メイドたちが出払っていない代わりに見慣れない人物が、その前に立っていた。
平民の男性使用人に見える。
(誰でしょうか……? もしかして、ここの助っ人に来て下さった方なのでは……?)
そう思いつつ、メーテルは男性に近づいていく。
少し距離があるからか、向こうはまだメーテルの存在に気付いていない。
(でも、あの人……ちょっと……)
動きが不審だ。きょろきょろと周囲を気にしながら食料に手を伸ばしている。
(ちょっと怪しいですね……)
気になったメーテルは走りながら声を掛けた。
「あのぅ、何をしているのですか?」
「……!」
急に話しかけたせいか、男はびっくりして飛び跳ねる。やはり不審だ。
「な、なんでもない!」
言うなり、男は慌てた様子で逃げていった。
(ますます怪しい……)
少なくとも、助っ人にきたわけではなさそうだ。
(……特に何もしていない様子でしたが。)
男が手を伸ばそうとしていた食料に視線を向ける。
建国祭で出される高級ワインの樽だった。
「もしや、ワイン泥棒?」
ともかく、ワインが盗まれずに済んでよかった。
(盗まれたら嫌ですし、小麦粉の袋より先に、ワインを運んでしまいましょうか。すれ違ったメイドさんに情報を共有しておきましょう)
メーテルは今度は両肩に樽を担ぎ、エッホエッホと厨房に向かって走り出した。
そうして、なんとか全部の食料を運び終え、メイドたちにお礼を言われて帰ったのだった。
ちなみにこのあと、メーテルが重労働で大活躍した噂は侍女長の耳にも入った。
メーテルがハインリーの私室の担当になるのが気に入らなかった侍女長だが、本当に重労働向きなのだと判明したことで、その後メーテルがあらぬ嫉妬を受けることはなくなった。




