16:病弱王女の観察(ローレンス視点)
第二妃の忠実な侍従であるローレンスは、第三王子ソワレと庭で気晴らしをしていた。
母似のストロベリーブロンドの髪を持つソワレは、薄い紫色の瞳で、ぼんやりと空を眺めている。
その雰囲気は、風が吹けば飛ばされてしまいそうなほど儚い。
この王子はとにかく覇気がない。
些細なことで胃を痛めたり、頭痛が酷くなったりと繊細なところがあった。
そのため、定期的に息抜きの時間を作らざるを得ない状況だ。
(はぁ……我々の王子が、第一王子のような性格と能力の持ち主であったなら……)
そう思っても仕方がない。
第二妃の子はソワレしかいないのだから。
(ご主人様の第一子が、無事にお育ちになっていれば……このような悩みとも無縁だったかもしれないのに)
第二妃は、第三妃よりも先に王子を産んだはずなのに、その子は殺されてしまった。
彼女の子が「第三王子」なのには、そういう理由がある。
ソワレは彼女の二番目の子どもだった。
(我々が、なんとかソワレ様をお支えしなくては)
ローレンスは使命感に燃える。
庭の途中まで歩いてきたところ、その片隅で思わぬものを発見した。
(あれは……)
ずっと表に顔を出さなかった、第一王女のベツィリアが、外に出ていたのだ。
彼女は護衛騎士を連れて離宮から出、近くの庭を散歩していた。
(ベツィリア様が、王命で建国祭に出席する話は聞いていましたが……本当だったのですね。体の弱い王女にそんなことが務まるのか疑問に思っていましたけれど)
こうして外に出ているということは、現在体調に問題はないのだろう。
ローレンスのモノクルがキラリと光る。
(これは、我が主……第二妃様にお伝えしなければなりませんな)
それにしても、噂通りベツィリアは美しい。
艶めく金茶色の髪も、ぱっちりした瞳も幼い頃のままである。
幼い頃に顔を合わせて以来、長い間見かけなかったが、彼女の美しさが陰ることはないようだった。
(瞳の色が若干違う気もしますが、成長と共に色が変わることは多いですからね……)
ソワレも幼い頃は薄灰色の瞳をしていた。
それと同じ感じだろう。
(さて……)
王女がいるほうへ進んでみる。
挨拶ついでに、様子を窺ってみてもよさそうだ。
(主の第二妃様のために、いい情報をつかめるかもしれません。少し揺さぶりをかけてみましょうか)
彼らが去ってしまわないうちに、ローレンスは大きめの声で呼びかけた。
「おや! そちらにおられるのは、もしや、ベツィリア王女殿下では!?」
ベツィリアと彼女の護衛騎士が慌ててこちらに視線を向ける。
「いやぁ、ずいぶん見ないうちに、美しく成長されましたね」
控えめに、ベツィリアが微笑む。
すると、すぐ彼女の護衛騎士が王女の前に立った。
ローレンスの、少しでも王女から情報を聞き出し、第二妃への手土産にしようという魂胆を明確に察知したのかもしれない。
こちらの護衛騎士も、それを察知して前へ出る。
ゴードンという大柄な男で、第二妃に幼少の頃から仕えている。
そして、ローレンスと同じく、彼女の祖国からこの国へついてきた。
王女が連れている、ひょろっとした若い騎士とは年期が違う。
(まあ、誰にも相手にされない病弱な王女では、このレベルの騎士を手元に置くので精一杯なのだろうな)
性格は大人しく、積極的でも聡明でもない。そう記憶している。
外れくじの「王女付き」になりたい王宮騎士などいない。
この王宮の護衛騎士は、王女の結婚と同時にお役御免になるからだ。
王子に付き従っていれば、一生王族付きの騎士でいられた。
その分危険も増すが、上手くいけば地位も名誉も手に入る。
どちらが得かは言うまでもない。
「体調は、もうすっかりよくなったので?」
探りを入れてみると、王女はちらりと騎士を見たあとでローレンスに視線を戻し、口を開いた。
「まだ、万全とは言えない状態ですが、せめて建国祭には出席したいと思い、こうして体力作りをしているのです」
「それは素晴らしい……陛下もお喜びになることでしょう」
以前より多少マシになっただけで、庭を歩くのが関の山という感じのようだ。
なんとも気の毒な王女である。
(この王女の頑張りを、うちの王子が少しでも見習ってくれれば……)
ソワレは妹に話しかけることもなく、虚空を見ている。
(一体何を考えているのやら)
ずっと傍で見守っているが、未だ彼が何を考えているのか想像もつかなかった。
「それでは、ベツィリア様の体調のこともありますので、我々はここで……」
王女の護衛騎士が強引に話を打ち切る。
ベツィリアの体力を考えると、仕方がない判断なのかもしれない。
「お兄様、お目にかかれて嬉しかったです。それでは、また」
ベツィリアのほうが、兄であるソワレを気遣っている。
ソワレは妹の声が聞こえているのかいないのか……とりあえず、余所見をしていた。
(なんともはや……)
だが、ソワレへの王女の心証が悪くないのはいいことだ。
(上手くすれば、我々が、都合よく王女を扱えるやも)
なんの力もないが、腐っても王女。
それゆえ、利用できる。
誘導して、こちらに都合のいい相手へ嫁がせるとか……使い道はあるはずだ。
現在婚約者がいると聞いているが、相手との接触もない。
向こうの家も、そこまで乗り気ではない様子だ。
婚約解消もしやすいだろう。
(第二妃様の権力を盤石にするため、多少は役に立つやもしれませんな)
そんな考えが浮かんでくる。
去って行くベツィリアを見送りながら、ローレンスは口ひげをさらりと撫でた。




