12:王妃や王子がヤバいです
夕方、一日の仕事を終えたメーテルは侍女服のまま庭へ出る。
今日はハインリーから、少し早く上がっていいと言われたのだ。
妨害してくる侍女がいなかったので、仕事がはかどって、いつもより早く終わったらしい。
(これなら、早めにアルシオさんのところへ行けますね)
まっすぐ、ベツィリア王女の離宮へ向かう。
この日も、離宮は静かだった。本当に人がいないみたいだ。
昨日も思ったが、庭が最低限しか手入れされていない。庭師がいないのだろうか。
(そして、何故か庭の真ん中に畑が……)
他の王子の住居とは、根本的に何かが違う。
キョロキョロしていると、建物の中からアルシオが出てきた。
「メーテル、今日は早いな。何してるんだ?」
「あっ、アルシオさん。畑を見ていました」
「あれな。セバスチャンが家庭菜園に目覚めて、気づいたらああなっていたんだ」
「セバスチャンさんが……」
「近くに野菜が植えてあると、何かと便利だぞ」
「確かに、いいですね」
イレイネスの住人も、庭に畑を持っている人が多かった。
懐かしさを感じる。
昼に話したとおり、この日はアルシオに王女としての振る舞いについて学ぶ予定だった。
挨拶の仕方や食事の仕方など、順番に習っていく。
(アルシオさん自ら教えてくださるなんて、ありがたいです)
しかし……。
「なんだ、メーテル。一通りできているじゃないか」
「そうなんですか?」
「ああ、これなら問題ない。ちょっと動きが男みたいだが、誰かに教わったのか?」
「故郷にいるほうの主に……」
「辺境伯家の七男か……いい奴だな」
何かのときに役に立つからと言われ、辺境伯家と同じレベルの生活マナーは教わっている。
侍女生活でも役に立っていた。
「なるほど、それじゃあ、あとは王妃や王子たちへの対策くらいか」
「……対策……」
「性悪が多いからな」
「そういえば、今日、第二王子のカイル様に会いました」
「それは災難だ」
(ご兄弟に災難と言われるくらい酷い方なのですね。確かに……酷かったです)
執務室での出来事を思い出し、メーテルは納得する。
「現在妃は四人いるだろう? カイルは第三妃の息子だ」
この国の王妃は、王妃になった順番で第一妃、第二妃……と呼ばれる習わしだ。
第一妃は当時の公爵令嬢で、第二妃は小国の王女、第三妃は孤児から貴族になった令嬢、第四妃は南の辺境伯の娘だ。
「第三妃は結婚当初、国王の一番のお気に入りだった。だが、騒ぎばかり起こすので現在はちょっと避けられている。だから、必死に息子を次の王にしようとしている」
「お騒がせな方ということは……カイル王子と似たもの親子なのでしょうか」
「その通りだ。第三妃は被害者意識が人一倍強く、しょうもないことで逆恨みして、ありとあらゆる嫌がらせをしてくるような女だ。他人を陥れるためにはでっち上げも厭わない。あと若い男に粉をかけまくる。関わらないにこしたことはないな」
「……そうします」
「逆に、第一妃は仕事にしか興味がない。王子にもベツィリアにも関心はないから、ここは大丈夫だ。第二妃はプライドが山のように高い。陰湿で計略に長けた女だから、変に刺激しないようにな。第四妃は女傑って感じだ。すぐパワハラするから、近づかないほうがいい。第五妃は俺の母だったが、病気で他界している」
第一妃以外、面倒な人材が揃っている。
「王子たちはどうなのでしょう? 私はハインリー様とカイル様しか会ったことがありません」
「王子は現在六人いる。生まれた順に……第一妃息子のハインリー、第三妃の息子のカイル、第二妃の息子のソワレ、第四妃の息子のモーガンとゴルド。ちなみに第二妃の長男と、第六妃の長男と、第七妃の長男は、小さいうちに殺された。第六妃と第七妃も殺されている」
「……お気の毒です」
怖い話だ。
「それで数字が繰り上がって、現在の国王の子は、は第一から第五までの王子、そして第一王女のベツィリアだけになっている」
「数字、繰り上がっちゃうんですね」
「そうだな。俺も、周りのやり方に思うところはあるが……現状はそんな感じだ」
「他の王子様方は、カイル様とは違う感じですか?」
「……第三王子のソワレは、なんか暗い。第四王子のモーガンは脳筋、第五王子のゴルドはチャラチャラしている。モーガンとゴルドは、母親と似た部分があるから気をつけろ」
ざっくりした説明だが、ベツィリア王女自身が病弱設定で外へ出ないので、そこまで他の兄弟と関わっていないのだろう。
「はあ、全員がハインリー様のようだったよかったのですが」
「メーテルはハインリーに忠実だな」
「尊敬すべき方ですから。お仕事熱心ですし、私を採用してくださいましたし、何よりとても優しいです……」
「……第一王子とはいえ優しいだけの奴が、ここまで生き残れないと思うけどな。まあ、ハインリーは実害がないから俺も助かる」
アルシオのハインリーに対する印象は、メーテルとは異なるらしい。
「建国祭が終わったら、ベツィリア王女――アルシオさんはどうされるのです?」
「また病弱な王女に戻るだけだ。そして、徐々にフェードアウトしていく。最後は前に話したとおり穏便に死んだことにして、セバスチャンやエマと一緒に王宮から出る予定だ。そして平民の、普通の男として自由に生きる」
「そうですか、自由に……」
アルシオはメーテルの比ではないほど、我慢に我慢を重ねてきた人だ。
(できる範囲で、力になって差し上げたい)
メーテルは改めて、アルシオの影武者を頑張ろうと思った。




