真理を知ってしまった悪役令嬢の妹
あれは悪夢と例えきれないほど残酷な日だった。
卒業と同時に開催されたパーティーで王家の第二王子ジルレイド・テイラー殿下の言葉が今でも響いている。
「ホワン・グエン、リリィに対して数々の問題行動を起こした貴様との婚約は今日限りで婚約を破棄させてもらう!」
婚約破棄を宣言した男⋯ジルレイド・テイラーの目の前には、私の姉ホワン・グエンが悲痛に混ざった瞳で彼を見つめる。
だが、ジル殿下はそんな姉に目をくれず、水色のドレスを着た女の肩を抱くばかり。
優しくて穏やかで、誰にも涙を見せない姉さんが深い悲しみを背負うのを表すように涙を流すのは、妹の私でも初めて見た。
誰も姉さんを庇う者はおらず、本来なら殿下と姉さんが結婚するはずなのに殿下はいつからか、姉さんではなく肩を抱かれた女…リリス・エルネストを寵愛するようになったのだ。
私はこの現状に納得がいかず何度も婚約破棄を取り消すように説得しても、殿下は私の言葉すらも聞こうとしない。
あんなに人生で一番、酷いパーティーは初めてだ。
「…姉さん、大丈夫ですか?」
自宅に帰り、私は姉さんの部屋に訪れる。
3回ほどノックして返事が聞こえてからドアを開けると、姉さんはベッドに座り込んでいた。
姉さんの横顔は前髪で隠れていて、どんな表情をしているかわからない、けど幸せそうではないのは確かだ。
「ジル様のことは気になさらないほうが良いです。先に裏切ったのはあの方なんですから。」
「…そうね、でも私の何がいけなかったのかしら。私はリリスさんをいじめるようなことしてないのに。」
「ジル様は分かってないんですよ、もう彼のことは縁を切るべきでは?」
姉さんにあんな大恥をかかせ、冤罪をかけ、悪役令嬢に仕立て上げた者を私は許せなかった。
あの日は今でも忘れないもの。
両親にも誰にも伝えていないけど、私は超能力を持っている。
『相手の前世が分かる能力』だ。
でもこれを公言してしまうと、商売や金のことしか考えていない両親が悪用する可能性があると危機感を覚えたからこそ、私はこれを誰にも言わなかった。
5歳の頃だったかしら、姉さんの部屋の前を通り過ぎると姉さんが部屋で大声を上げていた。
心配になってドアノブを触ろうとする前に、姉さんはこう言ってたんだもの。
「嘘…私ホワン様!?ホワン・グエンに転生したの!?」
声色は姉さんでも、言葉遣いや雰囲気は私の知っている姉さんではない。
気味悪さを感じた私は自室に逃げるように走り、深呼吸する。
ゆっくりと息を吐いて空気を吸って安心して、状況を整理しているとある言葉を思い出す。
「(転生って言ってたわよね。姉さんの前世ってどんな感じなのかな)」
今まで数少ない友達や街を歩く人々、使用人の前世を興味本位で見たことがある。
前世は主に、昔は有名な貴族だったとか、動物だったとか、神だったなどありきたり過ぎて興味を感じなかった。でも、その日に至るまで私は姉さんの前世を見たことがなかったので、どんな人物だったのか確かめてみる。
頭の中から映された映像では、どうやら姉さんに生まれ変わったのは異世界の成人女性『園田ミサキ』という人。その人は優しい両親に恵まれ、友達が多く、仕事仲間にも頼られるほど周りの人間に愛されている人だった。まるで私と姉さんとは真反対、鏡のような存在。
でもミサキはある日、事故に巻き込まれて病院で息を引き取ったらしい。その時も両親達に見守られながらだ。
死んでしまっても誰かが悲しんで泣くほど、ミサキは沢山の人々に愛されるほど、ミサキは人を惹きつける魅力を持つ優しい女性。
そして、彼女は姉さんと私…グエン姉妹を心の底から愛しているのだという。
信じ難い話なのだが、私達が暮らす世界は『聖女とお狐様の街』というゲーム?の世界らしい。
その世界では聖女の力を持つ少女が主人公で、好みの殿方と恋愛していくというのが基本的な話の流れ。
でも、主人公には悪役令嬢という恋敵が存在しており、その正体が姉さん…ホワン・グエンだ。
ミサキ曰く、ホワンは自己中で我儘な性格だから皆に嫌われていると言うけど、彼女はそんなホワンを愛していた。
それは何故かというと、姉さんも私も両親に愛されず、『愛』というものを知らずに育ってきた。
だからこそ、唯一の理解者である婚約者のジルに依存してしまう。
主人公にジルを奪われるのではないかと不安と恐怖で怯えた姉さんは、こうして悪役令嬢として堕ちていく。ミサキはそんな救われない姉さんに涙して、姉さんも私も二人まとめて愛しているのだ。たとえ他の人たちが私達を嫌っても、ミサキは私達を愛している。
姉さんの前世も、この世界の真理を知ってしまったことで、私はいつしか涙を流していた。
ミサキの優しさが、私にも伝わったからだろうか…?
だから私は知っている。
横にいる姉さんは何に対して涙しているのか。
姉さんも、魂として移るミサキ二人が幸せになれないなんて、私には考えられない。
「…チェン、ありがとう。貴方は何があっても、私のこと信じてくれたもんね」
「妹ですから分かりますとも。姉さんがそんなことするわけないって」
「でも…ごめんなさい、どうしよう…」
姉さんは長い前髪を掻き上げる。
両目から涙が溢れているのに、なぜか頬から口角を上げている。でも、涙を溢れさせる瞳に光がない。
「皆に誤解を解きたくて頑張ったつもりだったけど…もう疲れちゃったなぁ…」
本人は笑顔を浮かべているつもりだろうけど、私には絶望を通り越して笑うことしかできないようにしか思えない。
姉さんはリリスさんをいじめていたというデタラメを解くために、何度もジルや幼馴染、他の生徒や先生に説得しても、誰も彼女の言葉を信用しなかったのは今でも覚えている。
私から説得しても、『姉を守るのに必死な偽善者』と叩かれていた。
あの時から、何故皆はリリスさんばかり信じきっているのだろう、何故彼女の言うことが全てとでも言うような顔をするんだろう。
姉さんはずっと寂しくて悲しかったはずだ。
本当は泣きたいほど辛いのに、皆に誤解を解くために必死だから、誰か自分を信じてくれる人がいると信じていたからずっと我慢していたもの。
けど、ジルからの婚約破棄が引き金となったのか、姉さんは嗚咽する余裕などないほど泣いてしまった。
私はそんな奴らを殺したいほど憎い。
すいません、ジルの婚約破棄のセリフに誤字がありました
大変失礼しました




