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死神の血濡れた手  作者: 紫月
第一章 エクエス軍拡編
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7.下ごしらえは丁寧に



---


俺は不安だった。領主にこの取引を拒否されたら、もうどうしようもない。行くあてもないし、行き当たりばったりで何とか現状をしのいでいる。領主は図面を見つめたまま微動だにしない。ここはやはり、もう一押しすべきか。そう考えていたが、先に口を開いたのは領主だった。


「ミハイル君、中々やるね、確かに、この国の人間は魔法が使えない。そのせいで、イーオン法国より物量や資源の量はこちらが有利なのにも関わらず、戦況は膠着状態なんだよ。」


「でも、これは作るのにどれぐらいかかるの? 必要な人数や……費用とか、考えてる?」


「この国の技術や資源がわからないので何とも言えませんが、約1年あれば、その図面の『ライフル』と呼ばれる火器の試作品は作れるかと」


これは嘘だ。中世の鍛冶技術では1年では無理だ。早くても5年、遅ければ10年はかかる。だが、この国は戦争の真っ只中だ。しかも、俺たちはよそ者。悠長な提案は拒否されるだろう。


「本当? この細かい部品とか、めっちゃ作るの難しそうだけど? 本当に1年でできる?」


「はい。ただし、俺たち二人の身分と住居を用意していただくこと、そしてライフル製造に必要な人材と資金を領主様が投資することが条件です」


「...下手くそな交渉だな、駆け引きとか考えなかったのか?...」


イシュタムに呆れられたが、1人でやるのは無理だ。俺は魔法使いでも超能力者でもない。ただの人間だからな。


「ふむ、わかったよ、ミハイル君。まぁ私も君一人でこれを作れるとは思ってないし、遠距離攻撃用の武器が必要なのも事実。君の出した条件は飲むよ.....」


俺が提案を受けいれてくれた事に安堵していると、

領主はペンをクルクル回しながら、

笑みを浮かべてこちらを見つめ始めた。


「あ、そうだ! 1つ質問してもいい?」


「? なんですか?」


「今更だけど、君たち二人さ、イーオン法国から来た人じゃないよね?」


バレたか。まあ、そうだろう。俺たち二人はイーオン法国が魔法に長けていること以外、何も知らないのだから。そもそも無理があるその場凌ぎの設定だったし仕方ない。


「俺たちは遠いところから来ました。とても遠いところから」


これは本当だ。信じられないほど遠い場所からだがな。


「へー、やっぱりそうなんだ……逆にますます気になるなぁ」


「まぁ、今はいいや。じゃあ、ミハイル君! 絶対に作ってね? 頼むよ? ……あー、どこやったかなぁ……あ! あった、あった。これ、私の署名入り通行手形と、金貨50枚ね」


領主は机の引き出しを片っ端から開け、奥に眠っていたらしい通行手形と書状、皮袋に入った金貨を俺たちに渡してきた。


「大抵の人にはそれを見せればお願いを聞いてくれるはずだよ。あと、ミハイル君たち専属の護衛も用意するから、明日また来てね」


俺は軍服のポケットに受け取った物を詰め込み、

イシュタムを連れ部屋を後にしようとして名前を聞いていなかったのを思い出した。


「あ、領主様、お名前を伺っても?」


「あー、そういえばまだ名乗ってなかったっけ?」


「私はオリヴィア・グレース。この城塞都市を含む周辺地域、オリヴィア領の領主だよ。挨拶が前後してごめんね?」


---


部屋から客人が去った後、グレースは一人で考えていた。


「どう考えても、周辺諸国の人間じゃないな」


あんな見たこともない高そうな服を着た麗人の二人組がいたら、さすがに噂になるはずだ。


「この退屈な戦争を変えるために神が遣わした天使……だったりしてね」


まさか。そんな馬鹿な考えをする暇があったら、早く仕事を進めないと……あー、もう、めんどくさい。私もミハイル君たちについて行っちゃおうかなぁ。


---


翌日、俺たちは領主グレースから受け取った金貨で宿に泊まった後、城に向かって歩いていた。徒歩だと予想以上に遠く、馬を借りればよかったと後悔した。


「ミハイル、それでどうやってライフルを作るんだ? 私が知る限り、ライフルってあれだろ? こう、スナイパーって感じのやつだろ?」


イシュタムは片目を閉じ、指でピストルを作って俺の方を向けてきた。


「イシュタム、ライフルがなぜライフルって呼ばれてるか知ってるか?」


「知らん。どうせラテン語がどうとかだろ?」


「全部がラテン語に由来するわけないだろ……。ライフルってのはな、銃身の中にあるライフリングっていう螺旋状の、つまりグルグルした溝からきてるんだよ」


「それがないとライフルとは言えないのか?」


「まぁ、ざっくり言うとそうだな」


「ふむ、で、どうやって作るんだ?」


「それは今後のお楽しみだな」


俺たちは城に着くと、昨日の近衛兵士に案内され、やたら長い通路を歩いて領主の部屋へと通された。


「おはよう、ミーシャ君とイシュタムちゃん!」


俺は「ミーシャ」という愛称で呼ばれることに驚きつつも、軽く挨拶をして、なぜか部屋にいる騎士エドガーを見た。


「グレースさん、ミーシャ呼びはやめてください。それと、なぜエドガーさんがここに?」


「昨日言った護衛はエドガー君たちに任せることにしたから。仲良くしてね?」


「……騎士エドガーだ。後で連れて行く部下二人も紹介する」


「めっちゃ不満そうだけど、大丈夫ですか、グレースさん?」


「大丈夫、大丈夫! なんとかなるでしょ。で、ライフルってのを作るのに、まずミーシャ君は何から始めたい? それがわからないと投資のしようもないからさぁ」


彼女の言うことはもっともだ。俺は必要な工程を全て明かすことにした。


「まず、ライフルに使う素材を探す必要があります。この国の資源やその特性に詳しい人物がいると助かります。いなければ、地道に調べるしかありません」


「次に、銃の細かい部品や弾丸のために、新しい器具や機械を作る必要があります。手先が器用な職人や、炉を扱える鍛冶職人が必要です。それが揃えば、素材があれば銃自体は製造できるはずです」


俺は一番難しいであろう弾薬には触れず、工程を説明した。薬莢は運が良ければどうにかなるかもしれないが、雷管と無煙火薬は、正直一生かかっても作れる気がしない。中世なら黒色火薬が存在するだろうから、それでなんとか……。今は弾薬を後回しにして、追々進めていくしかない。


「ミーシャ君、大丈夫? それ、1年でやるの、かなり無謀じゃない?」


「いえ、取引は取引ですから、1年でやります。構造はすでに頭の中にあるので、設計に時間はかかりません。なんとかなるはずです」



「やる気だな、ミハイル……私は嬉しいよ。私のためにも頑張ってくれ」

イシュタムは満足そうに俺に近寄り、囁く。

だが正直、俺はこれがイシュタムの願いのためだということを忘れ始めていた。職業病と言うべきか、何かを考え、作り上げる行為にはいつも夢中にさせられる。


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