5. 魔法と科学
俺たちは、顔を青ざめた村長と共に家を飛び出し、爆発音の原因を探るため、村の広場へと急いだ。
「みろ、ミハイル!」
イシュタムが指差した平原の方角を見ると、黒い煙が立ち上り、草木が赤く燃える軽い山火事が広がっていた。焼夷弾やナパームほどの規模ではないが、騎兵隊程度なら一瞬で壊滅させられる威力だろう。
「あれは本当に爆発魔法によるものなのか、村長?」
俺は怯える村長に確認した。この世界に科学技術が発展していて、爆薬のような兵器が存在する可能性もゼロではないと思ったからだ。
「間違いなく爆発魔法じゃ……微かだが、マナの気配が漂っておるよ。」
村長が震える声で答えた。マナ? またオカルトか。内心で苛立ちながらも、俺は村長の言葉を聞き流した。
その時、暗闇の中から負傷した騎兵たちが現れた。平原で見た時より明らかに数が減り、鎧は光沢を失ってくすんでいる。その中から、最も重厚な鎧をまとった隊長らしき騎士が一歩前に出た。
「貴様らの中に、イーオン法国の密偵がいるな!」
隊長の怒号が広場に響き、騒ぎを聞きつけて家から飛び出してきた村人たちを、騎兵たちが馬を進めて円形に囲んだ。ざわめきが広がる中、隊長は幼い子供を村人から引き離し、槍の穂先をその首元に突きつけた。
「先刻、私達の野営地が、魔法攻撃により爆撃された!貴様らが昼間の報復でイーオンに情報を流したんだろう!言え! どいつだ! さっさと白状しなければ、この子がどうなるか――」
子供の母親が悲鳴を上げ、父親が地面に崩れ落ちる。村人たちの間に恐怖が広がったその瞬間、なぜかイシュタムが前に進み出ていた。
それに俺は驚きながらも、俺は村人を掻き分けてイシュタムの近くに身を寄せた。彼女が何を企んでいるのか、さっぱり分からない。 まさか正義感でも芽生えたのか?
「私はイーオン法国の最年少美少女魔法使いだ!」
イシュタムは堂々と胸を張り、右手を腰に当て、左手を前に突き出して謎のポーズを決め、ドヤ顔で俺をチラリと見た。「今すぐその子を解放しないと、爆発魔法で全てを吹き飛ばすぞ?」
……は? こいつ、急に何を言い出すんだ?
ついに頭がイカれたのか?魔法なんか使えないだろう
「そして、この銀髪の美形、齢20の青年は私の従者だ! 彼もまたイーオン法国から来た学者だぞ!」
イシュタムが急に俺を指差した。ちょっと待て、従者ってなんだ! そんな設定、聞いてないぞ! 抗議したかったが、状況が状況だ。仕方なく俺はイシュタムの横に並び、彼女に任せることにした。
「さぁ、どうする? 騎士の諸君? 私の言う通りにしないと、爆殺するぞ! 5……4……」
イシュタムがカウントダウンを始めると、騎兵たちは顔を見合わせ、明らかに動揺していた。爆発魔法の脅威を恐れているのか、徐々に後退し始める。隊長も子供を解放し、槍を俺たちに向けながら、部下に陣形を整え直すよう指示を出した。
「そうだ、それでいい……そして、もう一つ聞いてもらおうか。」
イシュタムはニヤリと笑い、自信満々に続けた。
「これはお前たちにとっても悪い話じゃないぞ。単刀直入に言う。私たちはイーオン法国を裏切っている身なのだ。そ・こ・で・だ!私達が知っている情報や技術と引き換えに、領主様と取引がしたい。」
俺は内心で舌を巻いた。正直、イシュタムのことなんてわがままなだけの女だと思っていたが、権力者とパイプを作るのは悪くない。兵器開発を進めるにも、安定した基盤は必要だ。
隊長は槍を構えながらも、徐々に警戒を緩めていた。
「私たちの知識、欲しくないか? お前たちのその鎧、魔法使いの前では紙クズ同然だろ? だが、私たちの技術があれば、対抗できるかもしれないぞ。領主への取り次ぎは任せる。捕まえたことにしても、口説いたことにしても、好きにしろ。」
イシュタムの話が終わると、隊長は槍を地面に突き刺し、顎に手を当てて考え込んだ。
「……分かった。だが、妙な真似をしたら首を跳ねるぞ。私はエクエス騎士団の隊長、エドガーだ。」
そう言うと、エドガーは背を向け、馬に乗り始めた。「夜の行軍は危険だ。夜が明けたら出立する。」
俺はひとまず危機が去ったことに胸を撫で下ろし、イシュタムに近づいた。
「お前、魔法が使えたのか? さすが死神ってところか。助かったよ。」
「ん? 全部ハッタリだぞ。魔法なんて私が使えるわけないだろ?」
イシュタムはケロリとした顔で答えた。
「は? じゃあ戦闘になったらどうするつもりだったんだ!」
「ミハイルを盾にして、私は全力で逃げる予定だったよ。私が死ぬわけにはいかないからな。質問はそれだけ? 私は寝るぞ。」
こいつの思考は本当に理解できない……。呆れながらも、俺とイシュタムは村長が案内してくれた空き家で眠りについた。
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翌朝、転生して初めて迎える朝に、俺はどこかフワフワした気持ちで目を覚ました。魔法だの騎士だの、空想の世界が現実だと脳がまだ受け入れきれていない。非現実感に包まれながら、俺は寝床から抜け出し、元の世界の士官用軍服に袖を通した。黒い軍服は着心地が悪いが、染み付いた硝煙の匂いが、なぜか俺を落ち着かせた。
隣ではイシュタムが朝日を浴びながらぐっすり寝ている。黒髪と白い肌が朝日を反射して輝き、こう見ると確かに美少女だ。……まぁ、口を開かなければ、だが。
まだ時間がある。俺は村長から借りた地図を裏返し、ペンとインクで銃火器の図面を考えることにした。
AKのようなアサルトライフル、軍や警察に普及していたサブマシンガン、狙撃に適したボルトアクションライフルなどは製造不可能、絶対に無理だ。雷管や無煙火薬は現代の科学技術があってこそ。クロモリ鋼のような硬度と靱性が高い素材も入手性が絶望的だ。
となると、作れそうなのは―
約束の時間が来るまで、俺はフリーハンドで雑に図面を起こした。イシュタムが起きてきて、興味深そうに覗き込む中、俺は頭の中でこの世界での戦い方を模索し続けた。
クロモリ鋼:クロムとモリブデンの合金鋼。軽量で高強度
めちゃくちゃ硬いので加工難易度が高い。かっけぇチャリとかにたまに使われてる。というか、かっけぇチャリ以外で見た事も聞いた事も無い。
雷管:薬莢の後ろについているちっちゃい丸のアレ。爆薬の起爆用としても使われる事がある、爆薬用は
起爆装置と同じ意味であるデトネーターと呼ばれ
弾丸用の雷管はプライマーと呼ばれている。
100ビッツ感謝します。
無煙火薬:黒色火薬と比較して煙が少なく、エネルギー密度も高く、黒色火薬の2〜3倍の爆発圧力を持つ。
セルロース、硝酸、硫酸、グリセリン、ニトログアジンなどが製造には必要らしい。(Wikipedia)
靱性:簡単にすると壊れにくさや粘り強さを指す。