4.尊い犠牲
集落に足を踏み入れると、まず目に入ったのは広場の中心で焼かれていた死体だった。
「なるほどな。さっきの騎兵はこの村を襲った帰りだったのか。」
「どうやらそのようだな。」
いつの間にかイシュタムが俺の隣に立ち、遺体を焼く炎をじっと見つめていた。
「騎兵たちが一方的に虐殺したんだろうな。」
「それで、話を聞けそうな人は……」
ドサッ!
箱を置くような音が響き、そちらに目をやると、納屋に野菜が詰まった木箱を運んでいる老人を見つけた。
「すみません、旅の者ですが。」
俺は言葉が通じるか試すため、まずは物腰柔らかく話しかけてみた。
「おお? 何だ? 今、わしは忙しいんじゃ! 後にしろ!」
言葉が聞こえなかったのか、通じなかったのか。最初に話しかける相手を間違えたかもしれないと、軽く後悔しつつ、老人がせっせと運ぶ木箱に目をやる。箱にはイモ科の野菜がぎっしりと詰まっていた。 このまま放置して去ってしまったら恐らく夜中まで老人は働かねばならないだろう。ここは恩を売っておくべきか、
「ご老人、手伝いますよ!」
俺は聞こえるように、はっきりと大きな声を出した。
「やかましい! 聞こえとるわい!」
心の底から嬉しかった。罵られたからじゃない。言語が通じるなら、大抵のことはどうにかなる。軍人だった頃、特殊部隊の士官がよくそう言っていた。 俺は老人に近づき、木箱を持ち上げ見よう見まねで作業を始めた
「ミハイル、私は嫌だぞ。手伝うならお前だけでやれ。」
イシュタムは本当に役に立たないな。
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木箱をすべて納屋に運び込んだ後、俺とイシュタムは老人の家で食事を振る舞われていた。
「久しぶりに人と飯を食ったわい。」
家の中は質素で、どちらかといえば小屋に近い粗末な造りだった。
「わしはこの村の村長、ノワンという。お前さんたちは旅人だと言ったが、よくこのご時世に外を歩こうなんて考えたな?」
この世界のことを聞くチャンスだと思い、俺は色々と尋ねてみることにした。
「すみませんでした、客人である俺たちが先に名乗るべきでした。俺はミハイル、連れの女が……」
「ん、私がイシュタムだ、ご老人。」
イシュタムはパンを貪りながら、相変わらず偉そうな態度だった。こいつが誰に対しても高慢な態度をとることに不安を覚えつつ、俺は本題に入る。
「俺たちは遠い辺境の地から来たので、よくわかっていないんですが、なんでもずっと戦争が続いているとか?」
「そうじゃ。わしが生まれるずっと前からだ。よくもまあ飽きずに連中もやっておるよ……そのせいで、わしら平民はまともな暮らしもできん。」
「そうなんですか? それにしては、立派な畑と収穫量でしたが……」
「あれは全部、兵の食糧として領主に納めねばならん。今日、一人の農民が文句を言っただけで、見せしめにずいぶん殺されたよ。」
「愚かだな。農民を殺しても野菜が増えるどころか減るだろうに。」
黙って食事をしていたイシュタムが、口角を上げながら俺に言ってきた。
確かに非効率だ。中世ではよくあったことだと記憶している。確か、領主が一番偉く、その下に騎士がいて、平民はその下だ。しかし、普通、騎士は平民や女を守るものだ。見せしめに殺すなんて、騎士道に反する。それだけ戦争に必死で、誇りもプライドも捨て、守るべきものすら見失っているのだろうか。
「ちなみに、どこの国と戦争を?」
イシュタムが食事を終え、いつの間にか話に加わっていた。
「今は……そうじゃな、激化しているのはイーオン法国との国境戦争じゃ。お前さんたち、地図を持っとるか? 旅をするなら、くれてやってもいいぞ。わしはもう使わんしな。」
老人は席を立つと、部屋の奥から数枚の地図とペンを持ってきてテーブルに広げてくれた。
「わしらがいるエクエス帝国は……ここじゃな。」
老人はペンで現在地のあたりに丸を描き、「エクエス」と地名を書き込んだ。
「ふむ、文字も読めるな。」
「そういえば、ご老人、読み書きができるんですね?」
中世では、読み書きができるのは限られた人間だけのはずだ。
「伊達に年を取っとらんよ。村の管理もせねばならんかったからな。数も数えられるぞ?」
俺とイシュタムは博識な老人に感謝しつつ、地図を受け取った。
「...そろそろ仕事に取りかかれそうじゃないか、ミハイル?」
イシュタムが俺に近づき、耳元で囁く。
「忘れた、とは言わせんぞ。さて、どうする? 銃でも作って流すか?」
「そんなことをしたら、戦争が悪化するぞ。」
真剣に考える。戦争を終わらせるには、どこか一つの国につく必要がある。その国の技術力を底上げし、圧倒的な力で他国を滅ぼすしかないだろう。
まずは、地図にあるすべての国の特色を知り、俺たちがつく国を見定めるのが先決だ。しかし、銃を作れるほどの金属加工技術や化学知識があるかどうかが不安だ。この世界の文明レベルは高くないからな。
「ご老人、このイーオン法国というのはどんな国ですか?」
「ん? イーオンか? イーオンは魔法大国じゃ。知識人が多く、文化が豊かな国だな。」
魔法? 今、魔法と言ったか? この老人は……
「イシュタム、ダメだ。ジジイの痴呆が始まってる。魔法なんてあるわけない。」
「ミハイル、気持ちはわかるが、痴呆は言いすぎだ。せめて嘘つき老人くらいにしておけ。」
「わしはまだボケとらんわい!」
魔法が存在するのか? 本当に? だとしたら、兵器なんて役に立たないだろう。絶対に。
「おい、イシュタム! どうするんだ! お前、盛大に人選ミスってるじゃないか! 魔法に銃が勝てるわけないだろ!」
「ええい、うるさい! 私だって知らなかったんだ! まったく、こんなことなら上に休暇申請を出さずに、死神として来るべきだったな……」
ギャーギャーとイシュタムと揉めていると、 突然、外から爆発音が響いてきた。爆風でドアや窓がガタガタと揺れ、埃が部屋に舞う。
「い、いまのは間違いない、爆発魔法じゃ……」
老人は青ざめた顔でそう告げた。