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魔族の将、二度目の人生を自由に生きます  作者: 灰銀朔太郎
第九章『漆身呑炭・権謀術数』

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第95話



 パチパチと音を立てて燃える焚き火を男女の元野盗と一人の怪人が囲んでいた。


「アンタも食うかい…?」


 褐色の肌をした女盗賊のファムが焚き火で炙っていた爬虫類の肉を刺した串を怪人へと勧める。

 結局二人は声を掛けた手前、そのまま怪人と共に過ごす事になってしまっていた。


「遠慮スル」

「そうかい…」


 怪人の方はどうか知らないが、ファムとベイトの間には気まずい空気が流れていた。


「寒イ…」

「あぁ?そりゃもうすぐ冬だからな。そんなに着込んでるのにまだ寒いのか?酒でも分けてやろうか?」


 片目を血が滲む布で覆ったベイトが怪人の独り言に反応し、酒の入ったスキットルを片手で振った。『ちゃぽちゃぽ』と中身の液体が音を立てる。


「イラナイ」

「…。」


 まさか自分達が野盗をしていたと身の上話をする訳にもいかず、仮面の大男に色々話を振っていた二人だったのだが…、仮面の変人はこちらが話かけなければ口を開かず先ほどからずっとこの調子だ。


「あー、アンタ。旅の荷物は?その着込んだ服の中にでもしまっているのかい?」

「ソウダ」

「へぇ、だとしたらかなりの軽装だね。この近くに住んでいるのかい?」

「アッチカラ来タ」


 仮面の怪人が指先まで布で覆われた腕で北東を指す。


「北東ってーと、クレア王国とルマロスの間くらいかい?」

「ワカラナイ」

「分からないって…」


 怪人がとぼけた返事をした瞬間、酒を断られて黙り込んでいたベイトの頭に血が登った。


「てめぇ、この野郎ッ!!人が下出に出てりゃいい気になりやがってッ!!」


 ベイトが怒鳴りながら立ち上がり、その手に持っていたスキットルを怪人に向かって投げつける。

 投げられたスキットルが怪人の仮面にカンッ!と音を立てて当たるが怪人は微動だにしなかった。

 昼間、人外のガキに片目を潰されてから腸が煮えくり返っていたのだが、その鬱憤がついに爆発したのだ。


 目の前にはお(あつら)え向きに木偶(でく)(ぼう)。周囲に人の目は無い。

 ベイトは抜き身で地面に転がしていた両手剣の柄を掴んだ。


「やめなよ、ベイト」


 ファムが激昂した恋人を(たしな)める。


「うるせぇファム!昼間っからこっちはムシャクシャしてんだよッ!!」


 逃げる素振りも慌てる素振りも見せず、座ったまま感情の無い仮面の顔をこちらに向け、一言も発さない怪人の姿にベイトは更に苛立った。


 刀身に錆の浮いた両手剣を振り上げる。


「けっ、どういう状況かすら分かって無いらしい…。いくら体格に恵まれても首に乗ってるのが腐ったカボチャじゃあなぁ!死ねェッ!!」


 ベイトが大声を上げながら袈裟懸けに振り下ろした両手剣が煙突帽の鍔を巻き込みながら大男のこめかみから入り、左目の部分を断ち割って仮面の中央辺りで止まった。


「へっ、へへへっ!ざまぁ見やがれッ!!」


 仮面を半分断って食い込んだ両手剣をベイトが怪人の胸を蹴りながら引き抜くと、大男が支えを失った人形の様に仰向けに倒れた。


「ふぃ~…、スッ…キリしたぜぇ!」

「アンタねぇ、そのカッとなる癖どうにかしなよ…。そんなので足洗う気が本当にあるのかい?」


 引き抜いた両手剣を焚き火の傍に『ガラン…』と投げ捨てたベイトが手を広げて良い笑顔で振り返る。


「悪かったよファム、でもわかるだろ?片目を潰されてずっとイライラしてたんだ」


 はぁ…、ファムが手で目を覆って深いため息を吐くとカチャカチャと金属音が聞こえ、彼女は自分の耳を疑った。


「ちょっと、ベイト。アンタどういうつもり!?人を殺しておいてその死体のすぐ傍で盛ってんじゃないよ!」

「邪魔者はいなくなったんだし別に良いじゃねぇか!なっ?」

「ちょ…、やめてって…、ん、んむ…んぅ…」


 ベイトが嫌がるファムの唇を奪いながら押し倒し、無理矢理服を脱がしにかかる。

 しばらく抵抗していた彼女だったが、彼の残った片目が血走っているのを見て『これは治まるまで好きにさせるしかないな』と心の中で溜息を吐き諦めた。


「わかった、わかったから!全くアンタって奴は…、こんな道端で盛りやがって、もう少し我慢って物を覚えなよ」

「わかってるよファム。すまねぇ、頭に血が登るとどうにも抑えが効かねぇ…」

「血が登ってんのは頭だけじゃないだろうに…」


 溜息を吐きながらベイトに無理矢理膝まで下着ごとずり下ろされた脚衣から片足を抜き、股を開いてベイトを迎えてやると逃げやしないと言うのに餌を前に許しを得た犬の様に飛びかかって来た。




 フォルクヴァングへと続く街道の道端。野営の焚き火が赤々と燃える傍。

 その灯りが広げた布の上で絡み合い交わる一組の男女を照らしていた。


 互いの周りには脱ぎ散らかした衣服が散らばり、もうすぐ冬だと言うのに二人は何も身に着けてはいなかった。

 ベイトは全力疾走でもしているかのように荒い呼吸を繰り返し、ファムは外だというのにまるで世界に二人しかいないかの様に大声で喘ぐ。



 最初に気付いたのはファムだった。



 自分の上、夢中で腰を振る恋人の肩越しに夜空を見ていた時、視界の端にそいつが居る事に気が付いた。

 頭を仮面ごと斜めに半分割られたまま、人間ならば明らかな致命傷で焚き火の傍に立つあの怪人の姿に。


「べ、ベイグ…!ベイグッ!!」


 心臓が止まるほど驚愕し、鯉の様に口をぱくぱくと動かし、恋人にしがみ付き、ようやく何とか絞り出せたのは恋人の名前だった。


「へへっ、なんだぁ?急に締まりがよくなりやがって。嫌がってた割にはファムも随分楽しんでるじゃないか」

「ば、馬鹿ッ!ベイグッ!!ベイグッ!!!」

「はぁっ、はぁっ、ファム!ファムッ!!イクぞぉッ!!」


 恋人が自分の名前を呼んでいると勘違いしたベイグがその動きを速める。

 彼の肩越しに彼の背後を見ていたファムは全てを見ていた。


 怪人が音も無く焚き火の傍に転がる両手剣を拾い。


 軽々と片手で振り上げ。


 自分の両脇に手を付き覆いかぶさる恋人の首に向かい、ギロチンの様に振り下ろす、その全てを。


 仰向けに寝転がっていたファムの顔の隣、まるでカボチャを落としたかの様な『ドサ…』と重たい音を立てて恋人(ベイト)の首が転がった。


 一拍遅れて、切断されたベイトの首の断面から『ぶしゅうううぅぅ…』っと吹き出した鮮血が彼女の顔を真っ赤に染め上げ、外気温と血液の温度差により湯気が立ち昇る。


  ベイトの背と腰に両手足を回してしがみ付いたファムが、まるで幼い少女の様に涙目で『ひっ…ひっ…』としゃくりだか引き笑いだか分からない悲鳴を漏らしていた。


 あまりの衝撃的な光景に呼吸すらままならず、悲鳴すらもまともに出せない。ましてや恋人の死体をどかし、脇に投げ出された折れた片手剣を手に取るなど到底出来なかった。


 首を失ったベイグが脱力してファムの上に倒れ伏し、その死体がビクビクと痙攣(けいれん)する。

 そして痙攣に連動するかのように繋がった彼女の中で脈動しながら熱い物を漏らす。

 だが、すでにファムは己の失禁にすら気付かずに恋人の血飛沫(しぶき)を浴びながら意識を手放していた。


「仮面ヲ壊サレテ思ワズ殺シテシマッタ、コレガ怒リカ…。ダガ、ベルゼ殿ニ良イ土産ガ出来タ…」


 折り重なる男女の傍に立つ怪人がおもむろに割れた仮面ごと自身の顔を鷲掴み、頭を引き抜いて焚き火へと捨てる。




 怪人の本来首があるべき所には、赤褐色の一本の角がそそり立っていた。

 ベイトの両手剣による一撃を受け止めたにも関わらず、傷一つ無く屹立する、Y字の一角が。




 ───────────────────────────────────




 男女の野盗に襲われてから3日後の昼、ようやくオレ達はルマロスの元帝都へと辿り着いていた。


「ゼノ様、指輪はどうしますか?」


 ルキアが元の姿で入国するか、魔族の姿で入国するのか尋ねて来た。


「クレア王国領にはなったが…、一応人間のフリで行こう、サニティアもそれでいいな?」

「はい、では私はフォルクヴァング同様ゼノ様の姉という事で」


 そう言ってサニティアが胸を張る。薄い胸を。

 小さい、もっと食わせて育てなければ…。


 ルマロスの入り口にある厩舎に走鳥を預け、重い荷車をどうするか悩んでいるとルキアが『教団に預けられますよ』と言うので荷車は牽いて入国する事にした。




「ずいぶん、雰囲気が変わりましたね…」

「そうだな…」

「そうなんですか?」


 ルキアの呟きにオレが相槌を打つとサニティアがキョトンとして首を傾げた。


「前は身なりの良い貴族みたいな奴らが首輪を付けた女の獣人を自慢げに連れて歩いているような街だったんだが…」

「碌でもない街ですね…」


 目の前に広がるのは獣人も人間も自由に歩き回る街だった。

 ただし人間はほとんど男、獣人はほとんど女。見渡す限りどこもかしこも酒場か娼館か宿。


「獣人の女しかいないのは、解放された獣人奴隷が女ばっかりだったからだろうな」

「そうですね、そしてそれを買う男の冒険者で溢れた、とかですかね?」

「帝都全体が色街になってやがる…、こんな状態でクレア王国は治安維持なんか出来てるのか?」

「とりあえず教団に行ってみますか」

「あぁ」


 昼間っから際どい下着姿で客引きしている獣耳の女性相手に値段交渉している男達を横目にシェクルト教団の支部へとオレ達は向かった。




「まぁ!ゼノ様ではないですかっ!!ルキア様もっ!」


 教団の支部に着き中へ入る、すると気付いた教団のローブを着た女性に笑顔で迎えられた。一応教団のトップはルキアなのだが…。


「あれ?分かりませんか?」


 怪訝な顔をしているとその教団員の女性がローブのフードを捲る。

 そこには獣の耳が生えていた。


「ん?クレア王国で文字を習っていた時に見た顔だな?」

「はい!ルマロスで助けて頂いた者です!その説はありがとうございました!」


 手を取ってブンブンと上下に振られる。


「あれ?角と尻尾はどうなされたのですか?ルキア様も…」

「訳があってな、魔道具で人間のフリをしている。この姿だと色々都合が良いんだ」

「なるほど~。それで、ゼノ様とルキア様はこのルマロスに一体どんな御用で?」

「ただの観光だよ、観光。コイツ、レスティアスの生まれでな。他の国を見たいっていうから一緒に旅してるんだ」


 サニテイアの肩にポンと手を置き、教団員の獣人の前に押し出してやる。


「そうだったのですね、初めまして!シェクルト教団のクイネと申します、以後お見知りおきを」


 クイネと名乗った獣人の少女がサニティアに頭を下げるとサニティアもぺこっとお辞儀をして自己紹介していた。


「悪いんだがクイネ、表の荷車を預かってもらえないか?」

「はい、いいですよ!泊まる所はもう決まっておられますか?ご入用でしたら部屋を用意致しますが、どういたします?」


 よく気が利く子だ。


「とりあえずギルドでクレア王国に向けて手紙を出そうと思っているんだ、食事も外でとる。泊まる所は…、もし見つからなかったら世話になるかもしれん。その時は物置でもいいから泊めてくれ」


 支部と言ってもそれほど大きい建物では無い、厄介になるのは少し躊躇われた。


「まぁ、見つかると思いますよ。今のこの街は宿だけはたくさんありますからねぇ…」


 クイネが苦笑いする。


「女獣人が多い理由は解放されたからなんだろうが、この冒険者の数はどうなってんだ?」

「あぁ~、ブルーオーシャンなんですよ。いや、もう今はレッドオーシャンですかね…。元々獣人は埋まった遺跡や遺物に興味が無かったので手つかずのダンジョンだらけなんですよココ。帝国時代にもあまり探索されていなかったようでして…」

「なるほどなぁ、一生遊んで暮らせるかもしれない魔道具(お宝)が眠る未探索のダンジョンだらけ、加えて町は解放された女獣人で溢れていると」

「そうです。読み書きも出来ず、いきなり解放された獣人の女性達は結局体を売って稼ぐしかないので…。中には冒険者になった獣人の子もいるんですがね…。よくここへ獣人の女の子達が文字を習いに来るんですよ?」

「ケツモチはどうなってんだ?まさか獣人の娼婦全員が立ちんぼって訳でも無いんだろ?売春にはトラブルが付き物だ」

「クレア王国から来た偉い人が後ろ盾になってますね、トラブルが起きると衛兵が駆けつける事になってますよ。その代わり売上から税を徴収している様です」


 えぇ…、ルマロスがそんな事になっていたとは…。


「どうしますかゼノ様。冒険者に戻りますか?」


 後ろからルキアが暗に『未踏破のダンジョンに興味はおありですか?』と聞いて来る。


「ははっ、冒険者辞めたつもりはないんだがな…。ただあまりのんびりしていると雪が降り始めそうだしなぁ。オレやルキアは全く問題ないが雪が降る中サニティアにクレアまでの旅が出来るかどうか…、走鳥も寒さに強い訳でもないし」

「そうですねぇ」

「ま、考えても仕方ない。とりあえずギルドで手紙でも書くか」


 ルキアと今後を相談しているとクイネが手をおずおずと挙げた。


「あの、手紙でしたらこちらで書いて行かれませんか?クレア王国の本部と定期便がありますので、手紙を送るのに配達人に依頼する必要がなくなりますよ?」

「あ、そうか。じゃあ悪いがここで手紙を書かせてもらってもいいか?」

「勿論ですとも」




 ルキアと並んで借りた紙とペンで手紙を書く。

 彼女はオレとの旅の記録を本部宛てに、オレはシアと身重のクオン宛にだ。

 オレの隣ではサニティアが文字の書き間違いが無いか付きっ切りでチェックしてくれた。

 手紙の内容を見られていると少し恥ずかしかったのだが、文字を間違えるよりはいいかと自分を納得させた。


「サニティアはレスティアスに手紙出さないのか?」

「私は聖都教会に報告の義務などはありませんので…、シェクルトの配達人も支部の無いレスティアス神聖国までは運んで頂けないでしょうし。それに多分レスティア教の者の噂で私の足取りは届いているのではないでしょうかね…?」


 聖女とは思えない放任っぷりだった。

 そういえばレスティアス神聖国にシェクルトの支部は無かったな。


「孤児院宛てに書いてやれよ、後でギルドに行って配達人に依頼しよう」

「ルマロスからレスティアス神聖国宛てになると相当かかると思いますよ…?よろしいのですか…?」

「構わん。シェクルト教に頼んでクレア王国から出してもらえば良い、いくらか費用も浮くだろ」


 そう言ってやるとサニティアは『では、お言葉に甘えて…』と手紙を書き始めた。

 どうやらレスティアス神聖国を発ってから今まで起こった事を細かく物語の様に書いている様だ。

 孤児院長宛てというより孤児たちに向けて書いているのかもしれない。


 ちなみにオレはシアへは旅の思い出を、クオンへは体を気遣う文言と長く帰らない事の謝罪をメインに書いた。早く帰らないとクオンの腹が一度も大きい姿を見ないままになりかねないな。

 二通書きおわってサニティアを待っているとルキアがもう一通書き始めた。


「ん?ルキア、他に手紙出すのか?」

「女王陛下宛てにです」

「女王に?なぜ?」


 訳がわからないという風に尋ねるとルキアはニッコリと笑って手の甲をこちらに向け、指に嵌る『投影鏡環スペキオム』をオレへと見せた。


「あ…」

「これ、レスティアス神聖国へ行くからという理由で借りたのですよ。返さず、クレア王国を通り過ぎて、フォルクヴァングに寄り道して、ルマロスにまで来てしまいましたからね」




 すっかり忘れていた。もう貰った気でいた。

 

 


 ───────────────────────────────────




 顔の部分に布を巻きつけ、鍔の欠けた煙突帽を被る大男が両肩にこれまた布でぐるぐるの簀巻きにした人間をまるで荷物かの様に担いで道なき道を歩いていた。


 左肩の荷物はピクリとも動かず、幾重にも巻かれた布の先端に血が滲んでいる。

 右肩の荷物は猿轡(さるぐつわ)を噛まされ『んー!んー!』と声にならない声を上げながら身をよじっていた。


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