第93話
ルキアとサニティアの三人で食事を済ませた後、午前中に旅の準備をして昼に発つ事にした。
「とりあえず荷物積まなきゃいけないから…、走鳥は出る時でもいいが荷車をまず取りに行くか」
「そうですね」
ここから元ルマロス帝都まで数日分の買い出しになる。両手に抱えてうろうろ買い物する気にはとてもなれなかったオレの提案にルキアが同意した。
オレ達は荷車一旦街の入り口にある厩舎へと向かう事にした。
この街に来た時に走鳥を預けた厩舎の角には青いバンダナを巻いた老人が一人、パイプを吸いながら目を閉じて座っていた。
「あの~…、預けていた走鳥と荷車を引き取りに来たんですが…」
ルキアが恐る恐る声を掛けると老人が目を細く開いた。
「あぁ、アンタか」
走鳥の預託更新に何度か顔を合わせているからだろう。老人はポケットに手を突っ込んだ後、何枚かの銀貨を取り出してルキアに突き出した。
「返す」
「え?あぁ、預かり賃の余りですか?」
「そうだ」
「どうも…」
椅子に座ったままの老人からルキアが金を受け取る。
ルキアに余った金を返した老人は、またそのまま目を閉じてしまった。
「預かっていた鳥と荷車だがな」
「はい」
「無い」
無いとはどういう事だろうか。
「無いって…、え…?」
「盗まれた」
「へっ!?」
普段落ち着いているルキアもこれには素っ頓狂な声を上げた。
「な、なな…、盗まれたってどういう事ですか!?いつ!?」
「んん…、昨日の晩に盗まれた」
「えぇ!?」
オレはというと少し離れた後ろからサニティアと共にわたわたしているルキアの後ろ姿を楽しく眺めていた。
「困りましたね、ゼノ様…」
隣のサニティアが不安そうな顔を向けてくる。
「安心しろサニティア、代わりの走鳥と荷車を買う金ならある。ていうか預かってた物を無くしたこのジジイに代わりを用意させればいいし、最悪ジジイをぶっ殺して適当な走鳥を奪ってもいい」
「えぇ、ダメですよそんな事をしては…」
「冗談だ」
冗談だと思えなかったのだろう『オレならやりかねない』という顔をしながらサニティアが苦笑いしていた。
「それで、ジジイ。あんたどうするつもりだ?」
「白い髪に紅い目、お前がゼノだな?ついて来い」
オレをちらりと見たジジイが椅子から立ち上がり壁の外へと向かって歩き始めた。
オレ達は三人はその後をついて行く。
「これが代わりだ」
老人に連れられて街を囲う壁の外に出ると普通より二回りは大きな黒い走鳥がそこには佇んでいた。
「ずいぶん良い代わりだな」
「こっちが代わりの荷車だ」
老人がオレの感想を無視して走鳥の隣にある荷車をぱんぱんと叩いた。
「こっちの荷車もずいぶんと良い物だ」
預けていた荷車はシングルベッドよりも小さく木製だったはずだが、老人が代わりだと言った荷車の荷台は一回り大きく車軸も金属、車輪の輪も金属、そして何の意味があるのか板を重ねた様な物が車軸と荷台の間に組み込まれていた。
「これを代わりに持っていけ、鳥は少し年を食ってはいるが…、この街で最高の鳥だ」
「代わりに差し出すには上等すぎやしないか?」
そう指摘すると爺さんが荷台の側面を指差した。
そこにはヴァナヘイムの青字にフレイアの紋章が大きく焼き印されていた。
なるほど、彼女からの贈り物か。
盗まれたというのも嘘だろう。
「ありがとう」
「うむ」
オレが礼を言った事が驚いたサニティアとルキアが目を丸くしている。
「走鳥は旅立つ時までここに繋いでおいてもいいか?」
「別に構わんが、鳥無しでその荷車をどうする?」
「旅の支度をこれからするからな、買った物はこれに積む」
「女二人と子供一人で牽ける重さでは…」
老人が止めるのを無視してハンドルの部分を潜り込み、荷車を牽いて歩きはじめると車輪は軽々と転がりだした。
「なるほど、確かに普通より少し重いな。これはサニティアでは動かせないだろう。ジジイ、ありがたく頂くぞ」
ルキアとサニティアを伴って買い物をする為に街へと戻るオレ達を見送った老人は小さな声で『馬鹿な…』と呟いて放心していた。
オレ達は買い物が出来なかった。
荷車を牽いて街へ戻り、フォルクヴァングの市場で買い物をしようとしたのだが…、店主に支払う段になって隣の露天商がオレ達の接客をしていた店主に耳打ちをすると『アンタ達には売れない』と掌を返して来た。
「フレイア様に妨害されているのでしょうか?」
「この荷車やあの走鳥を餞別にくれるくらいだしそんな事はしないと思うぞ?」
ルキアと店主の前で特に隠さず普通の声量で相談していると店主が慌て始めた。
「いやいやいやっ!違う違うっ!!うちの店の前で滅多な事を言わんでくれっ!!あんたらが客で現れたら物を売らずに埠頭の倉庫へ行くよう伝えろと御触れが出てるんだ!!」
「御触れ~?」
「あぁ!とにかく埠頭の倉庫へ向かってくれ、悪い様にはならんはずだ」
「ふむ、わかった。ありがとなオッサン」
荷車を牽いて埠頭に着くと快くゲートを通されヴァナヘイムの団員達が集まって来た。
「ゼノ様だ、おいお前らゼノ様だぞ」
「ゼノ様!もう旅立たれるのですか!?」
「ゼノ様、こちらへどうぞ!!」
たった2週間ほど、しかもフレイアの男妾だった見た目はガキのオレに顎で使われていたからてっきり嫌われていると思っていたのでこの対応は意外だった。
「なぁ、お前ら。オレの事嫌いじゃないのか?」
「まさか!ゼノ様は歴代のフレイア様のお気に入りの中でも大当たりですよ!」
オレ達の周りにいるヴァナヘイムの団員達がウンウンと頷いている。
「他のお気に入り連中は街で好き勝手振る舞って、仲間の団員相手でも無茶苦茶する奴もいたので…、ゼノ様は強くて優しく最高のお気に入りでした!」
歯に衣着せぬ物言いに苦笑してしまう。
実際は仕事を真面目にこなし、仕事時間以外はフレイアと共に過ごしていたので迷惑を掛けなかっただけなのだが…。
「ここです」
屈強な団員達が大きな倉庫の前へとオレ達を案内して中へ招き入れた。
「ルドラ王国との輸出入品の倉庫です。好きなだけ何でも持って行ってください!」
「いいのか…?」
「はい!『そうしろ』との事ですので、お気になさらず!」
「そうか、フレイアに礼を言っておいてくれ」
大きな倉庫内には脚立や梯子を使わねば手が届かないほど高くまでありとあらゆる物が積まれていた。
「と言っても必要な物が分からんな。ルキア、サニティア、好きな物選んでいいぞ」
何を貰うか迷っているルキアとサニティアを輸出品の薫製魚を齧りながら眺めているとサニティアが厚手のコートと毛布を持って来た。
「あの、ゼノ様。これもいいですか?」
「オレに聞く必要は無い。欲しいなら貰っとけ」
「ありがとうございますっ!」
何かの毛皮のコートを嬉しそうに抱えたサニティアを見ていてるとふと疑問が湧いた。
「サニティア、寒いのか?」
「え?はい。この辺りもそろそろ冬ですよ?むしろゼノ様とルキアさんは何故…、あっ…」
こいつ、オレとルキアが魔族だって事忘れてたな?
「ははっ、お互い様だな。こっちもお前が人間だという事を忘れていて配慮が足りなかった。オレやルキアは暑いだの寒いだのに鈍いから、今度からは遠慮せずに言ってくれ」
「はいっ」
「多分サニティアが自分から言い出さなきゃ雪が降っててもオレもルキアも防寒対策何もしなかったぞ」
「えぇ…」
「オレ達魔族は雨や雪は濡れるから鬱陶しいと思うが、暑い寒いは本当に気にならないからなぁ」
「雪が降るまでにクレア王国に戻りたいですねぇ、ゼノ様」
ルキアが携帯食料を抱えてやって来た。
「そうだな、ルキア。サニティアはどうする?元ルマロス帝都を観光し終わった後、一緒にクレア王国に来るんだろう?」
「春までクレア王国で凄そうかな、と。レスティアス神聖国に続くあ霊峰の冬はとても人間に越えられませんので…」
「金は、治癒魔法があればどうとでもなるか」
「サニティアさん、もしよろしければクレア王国にあるシェクルトの本部にいらっしゃいませんか?」
「あ、いえ…、お誘いは嬉しいですが一応レスティア教の聖女なのでそれは流石に…」
「あ、そうですね…」
気まずい空気が流れて会話が止まった。
「ルキアもオレもサニティアを人間だの魔族だの、レスティア教の『聖女サニティア』だのとは思って無いって事だ」
サニティアの頭にポンと手を置くと少し恥ずかしそうに『ありがとうございます…?』と言った。
「私も、サニティアさんやゼノ様と一緒にいると、あなた片を魔族だという事を忘れそうになります」
「だからと言って魔族を簡単に信用するなよ~?」
「はい!」
倉庫の前に停めた荷車に荷物を積み込み終わり、ヴァナヘイム団員達に見送られながら埠頭を出る際に視線を感じて振り返る。
巨大船セスルームニルの手摺から小さく手を振るフレイアが見えた。
こちらも軽く手を挙げて応じておく。
「ゼノ様?どうしました?」
「何でもない。さぁ、元ルマロス帝都を目指して出発するぞ?」
荷車を牽いて歩き出すオレ達の頭上を一匹の鷹が高く飛んでいた。
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フォルクヴァングと元ルマロス帝国帝都を繋ぐ街道。
その街道が通る森の中に二人の男女がいた。
「なぁ、ベイト。随分稼いだしそろそろ引き揚げようぜ!?もうアタシらがここに張って何日になるっ!?」
くすんだ金髪を後ろで束ねた気の強そうな女が、褐色の肌の上腕を擦りながら短眼鏡片手に煙草を吸っている男へと声をかけた。
「そうだなファム。最近ずいぶんと冷えて来やがったしなぁ。通る奴隷商の数も減った上に最近は護衛まで雇ってやがるし…、本格的に冬になる前に引き揚げるか…」
「あんた三日前も同じ事言ってたよ!!」
先の魔王との戦いの折に、クレア王国の背後から侵攻したルマロスが返り討ちに合って『クレア王国領ルマロス』となった事で帝都に居た耳の早い奴隷商達は沈む船から逃げ出す鼠かの様に手持ちの奴隷をフォルクヴァングに売りに走った。
そしてその奴隷を売り、懐の潤った奴隷商達を狙う野盗も現れた結果フォルクヴァングと元ルマロス帝都の間の街道には野党が頻出する様になっていた。
ファムとベイト、この二人もまたそんな野盗の内の一組だ。
「わかってるよ…。あと二日!あと二日だけ待ってくれ。明日と明後日だ、それで獲物がかからなかったら引き揚げよう、な?」
「ったく…」
ファムがイラつきながら地面に半分埋まった岩に腰を降ろす。
「今のままじゃまだ足りねぇ。ルドラに家を買って、のんびり隠居生活だ。な?最高だろ?」
「別にアタシはクレアでもいいけどね」
岩に座って片足を組み、頬杖を突きながらファムが投げやりに返した。
「クレアはダメだなぁ、新しい騎士団長がやべぇらしい。クレア王国にいたゴロツキ達が他所へ逃げ出してるって聞いたぜ」
「そんなにかい…?どうやばいのさ?」
「なんでも留置所にぶち込んだ犯罪者を『態度が気に入らねェ』って上の沙汰も待たずに蹴り殺すらしいぞ」
「蹴り…?」
「あぁ、一撃で腸が飛び出るほどの蹴りが飛んで来るらしい」
「そりゃあおっかないねぇ…」
「ファムは寒いの苦手だろう?やっぱ住むなら年中あったけぇルドラだよ、ルドラ」
「…ってことは、フォルクヴァングからの海路かねぇ…。一応クレア王国の東にあるインベージって港街もあるけど、遠いね。」
「ルドラしかねぇ。俺達ゃもうクレアじゃお尋ね者だから戻れねぇし。クレア王国の属国になったルマロスもダメ、フォルクヴァングはヴァナヘイムがいるからギルドもありゃしねぇし、レスティアスは論外だ」
「もうすぐこの盗賊生活も終わりだね」
商売道具のクロスボウを弄りながらファムが遠い目をした。
「だな。殺しも盗みもやったが…、よく今まで捕まらずに済んだぜ俺達…」
「『強そうな相手に手を出さず、襲った相手は必ず殺す』を徹底して来たからねぇ」
「最後にもう一稼ぎして、それでこの稼業からもおさらばだ」
男が吸い終わった煙草を足で踏んで消し、ファムに短眼鏡を渡す。
「交代だ、俺はしばらく寝る」
「悪いね」
「気にするな、夜の番は任せろ。獲物が来たら遠慮せずに起こしてくれ、いつも通りにな」
「あいよ」
そう言うと男はまだ午前中だというのに寝袋に包まって横になった。
「アタシはなんだか妙に嫌な予感がするよ、ベイト…。こういう勘はよく当たるから怖い」
「…俺もだ、ファム。なんだろうなこの胸騒ぎは」
「フン。さっさと寝な」
「おぅ…」
静かな森の中、二人の野盗は言い知れぬ不安を感じていた。




