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魔族の将、二度目の人生を自由に生きます  作者: 灰銀朔太郎
第八章『フォルクヴァングの老いた虎』

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第86話



「あの若さの人間にしては凄まじい威力のディバインサンダー…、まるで老齢の大魔法使いみたい」


 巨大船『セスルームニル』の船べり、酒杯を片手に腰かけたフレイアがそこにいた。

 純白のシルクドレスには太腿の付け根までスリットが入っており、鷹の羽の模様をした羽衣一枚を首からかけた姿で埠頭の入り口を眺めていた。


「まさかベイグを体で誘惑して自分の真上に落雷を落とすなんてね、本当に面白い…。それだけに残念でならないわぁ…。美しく、魔法の才もあったのに、本当に勿体無い。ベイグも死んじゃったし…」


 船から埠頭の入り口まではかなりの距離がある、しかし彼女の眼にはルキア達の一挙手一投足が指の先まで見えていた。

 ベイグと重なり合って死ぬ女を見届けたその直後、フレイアにしては珍しく目を見開き驚いた。

 なんと落雷の直撃を受けてベイグと共に即死した筈の女が死体となったベイグを自分の上からどかし、よろよろと立ち上がったのだ。


「まぁ、驚いた…。なぜ生きているのかしら…?人間では無い…?」


 人間では無いと言えば目当ての少年もそうだった。

 槍の一振りで取り囲むヴァナヘイムの団員を一瞬で焼き殺してみせた、あの槍が魔道具なのは疑い様も無いがその火力はとても人間の少年の魔力で出せる物では無く、獣人ベイグの一撃を受け止め、ヒルディス(金色の猪)の突進をまともに受けて壁にめり込んでも普通に立ち上がった。


「何らかの魔道具で変装をしている…?竜人か魔族…?」


 フレイアは二人の戦闘からその答え(種族)に辿り着きかけていた。




 ───────────────────────────────────




 ルキアには荷が重いと判断して引き受けた猪と睨み合う。


 牙を打ち鳴らして鼻息荒く、今にも飛びかかって来そうな猪の体を観察する。

 まさかクリヴァールですれ違いざまに斬り付けても傷すらついていないとはな…。

 体表を覆う金色の毛すら切れたかどうか怪しかった。


 何が効くのか、手札を一つずつ試すしかない。


 そう考えた瞬間、焦れた猪がいきなり最大速度で突っ込んで来た!

 この手合いの奴らは助走や予備動作を必要としない、飛び出した瞬間にはもう最高速度なのだ。


 避ける事も敵わず咄嗟にクリヴァールの柄に手を添え両手で猪の鼻根部を受け止める。

 だがそのあまりの突進の強さに魔槍を突き出した両手が一瞬で(たわ)み、己が選択肢を間違えた事に気付くがもう遅い。

 足がズルズルと混凝土(コンクリート)の地面を滑っていく。

 そもそも体重差4倍以上の四足動物を膂力で止めようと言うのが無茶な話なのである。


 出し惜しんでいると普通に負ける…仕方ねぇな…。


 オレは女王に『投影鏡環スペキオム』を貸与され人間のフリを始めて以降ほとんど使わなくなっていた尾に闘気を纏わせ、その尾の先端を猪の顎の下に全力で突き込んだ。


「ブモォオォォッ!!」


 顎を突き上げられた猪が唾を飛び散らしながら両前足を浮かせて仰け反る。


「オイオイ、嘘だろ…?鉄鎧すら貫くオレの『竜尾槍』だぞ…」


 金色の猪がブルブルと体を数度揺らしてこちらを睨みつけて来る。

 その瞳には知性を感じた。


「キサマ…!人間デハ無イナ!?」

「喋れんのかよ…。会話が出来るってんならわざわざ()り合う必要は無ぇな?オレの仲間を返してくれよ」

「コトワル…!」

「何故だ?」

「フレイア様ノ望ミダカラダ!」

「あぁ?戦う事がか?」

「先ニ手ニ入レタ小娘ト小僧、ソシテ後ロノ女ヲ手ニ入レル事ガダ!」

「じゃあ、フレイアとやらの所へ案内してくれよ。お前の飼い主と交渉するからよぉ」


 猪の癖に笑った様に口角が釣りあがった。


「フ、フハハ、フハハハ!!!マダ仲間ヲ連レテ街ヲ出ルツモリトハナッ!貴様ハ俺ヤ、獣人ノ双子、哀レナ『オーズ』同様、此処デフレイア様ニ飼ワレルノダ!!」


 なるほど、話にならん。

 彼女(フレイア)が欲した時点で彼女(フレイア)の希望が絶対らしい、これはやはりフレイアとやらに直接頼むしか無いか…。


「無理矢理取り返すしかなさそうだな…」

「応ッ!宿ヲ焼イタ貴様ノ実力ヲ殺サナイ程度ニ計ッテ来イトノ御命令ダッ!久々ノ戦イ!モット俺ヲ楽シマセロッ!!!」


 ずっと感じていた違和感に気付いた。

 この猪の口や戦いぶりから仲間や双子が死んだ事に対する怒りを一切感じない。

 ベイグとやらは兄弟のトリエグの死について怒っているような素振りを見せていた、だがこの猪からはそれを微塵も感じない。

 きっとどこかから観戦しているフレイアもそうなのだろう。


 クリヴァールに魔力を通し、猪へと目掛けて横薙ぎに振り抜く。

 紅蓮の爆炎が扇状に広がり一瞬にして夜の埠頭が明るくなる、しかし燃え盛る炎の中で金色の猪は暴れる事も無く悠然と歩き、炎の中から現れた。


「温イナ…!」


 そのままこちらへ向かって突進を始めた猪を飛んで躱し、立ち位置が入れ替わる。


「だったら…、こいつはどうだァ!?」


 クリヴァールを両手で構え、大量の魔力を流し込んで魔槍に命じる!


「灼けッ!クリヴァールッ!!」


 魔槍がオレの命令で起動し、穂先に魔法陣が浮かんだ直後、直径1mほどに焦点を絞られた熱線が埠頭から海へと向かって放たれた!


「ウオォオオォォオオッ!!!」


 雄叫びを上げながら熱線を放つ魔槍を構えるオレの両手からまるで底に穴の開いたバケツかの様に魔力が零れて行く。

 自慢では無いが、魔法は下手だが魔力だけなら魔族の中でもトップクラスの自負があるオレを以ってしてもこの槍は余りにも燃費が悪い、この槍が天空国家ミラで試作品で終わったのも頷ける。

 ほとんどの者は『振れば炎が出る槍』としてしか使えないだろう。

 しかし膨大な魔力を持つ者が使用した時、その真価が発揮される。


 それは疑似的に竜の息吹(ドラゴンブレス)を作り出せる魔力の砲、兵器であった。


 目の眩むほどの熱線が徐々にその範囲を狭めて収束するように治まり終わるとそこには赤い道が真っすぐに伸びていた。

 その高熱の道の上に、金色の猪がまだ立っていた。


「凄マジイ…魔力ダ…」


 全身から湯気だか蒸気だから分からない煙を立ち昇らせた猪は一言そう呟くと、もう立っていられないとばかりにまだ熱を発する地面へと頬を打ち付ける様に前片足を折って膝を付いた。


「ダガ、残念ダッタナ…。俺ノ毛ハ火炎耐性ヲ持ツ、コレシキノ炎デ、俺ハ!!殺センッ!!!」


 その眼はまだ闘志に燃えていた。

 一度は付いた膝を伸ばし、地面につけていた頭を緩慢な動きで起こす。


 嘘だろう…?アレを耐えて、更にすでに回復し始めているのか…?


「おい!フレイア!!出て来ないとこのイノシシ死ぬぞッ!!!」


 どうせ見ているであろうフレイアへと、巨大船『セスルームニル』に向けて大声を張り上げる。

 しかし帰ってくるのは無音だった。

 どうやらこの戦闘に一切手を貸すつもりはないらしい。


 右手に魔槍を持ち変えてオレは腰の『吸生蛮刀サングイス』を左手で抜いた。

 クリヴァールの炎も効果が低く、魔槍の刃が通らない以上こちら(物理)を使うしか無い。

 一応は効いているクリヴァールの火砲だったが、あんな燃費の悪い技を何度も放つ余裕は無かった。


 サングイスを左肩に担ぎ、魔槍を持つ右手を左肘の下へと回して左半身を後ろへ引き、腰を落とす。

 オレが放てる最強の物理の一撃は竜の首すら落とすと()われた担いだ両手剣を全力で振り降ろす我流剣『一刀断』だ。

 闘気を蛮刀へと纏わせ、さらに自身の肉体も魔力強化する。


 (たわ)めた足で地面を蹴り、まるで爆発かのようにオレは飛び出した。

 蹴られた混凝土の地面がその衝撃に実際に爆ぜる。


 俺が飛び出したのを見た猪も応じる様に地面を蹴ってこちらへと突進を始める。

 アレと正面衝突すれば軍隊ですら弾き飛ばされ、鉄鎧は粘土の様に踏み潰され、城門や城壁すらぶち抜くだろう事が容易に想像出来た。


 猪と衝突するよりも早く、サングイスを振り下ろすより先に、左へと構えていた右手の魔槍を右へと振るって爆炎を放つ!

 金色の猪へと炎が扇状に迸り広がった、だがこれは攻撃目的では無くただの目眩ましだ。

 炎に巻かれる猪へと向けて今衝突するというその瞬間、片手ではあるが全力で左手のサングイスを振り下ろした!


 その一撃が猪の右牙を斬り飛ばし。

 蛮刀の刀身がその半ばまで猪の右目の上からめり込んだ。

 だがしかし、剣がめり込んだ所でお互いの突進は止まらない!




 顔に蛮刀をめり込ませたままの猪の頭突きが腹にめり込み、子供(オレ)の軽い体は羽毛の様に宙を舞った。




 跳ね飛ばされた空中で肋骨は勿論、臓器まで破壊された事を悟る。


 この身体では着地は出来ない!

 サングイスを振り下ろした腕も激突のその衝撃で折れている事に遅れて気が付く、未だその柄を握り続けている自分を褒めてやりたいほどだ。


『吸生蛮刀サングイス』は所有者が相手を傷つければドレイン効果により持ち主の傷が癒えるのだが、俺が奴の牙を斬り飛ばし片目を潰したのは衝突する直前である、これでは折角のエナジードレインも意味が無い。


 体感時間でかなりの長時間空中を吹き飛ばされているなと感じた直後、地面を何度も跳ねてようやくオレの体が投げ捨てられたボロ雑巾の様に埠頭の床を滑って止まった。




 口から『ごぽり…』と血の塊が零れる、致命だ。

 頭に『死』の文字が浮かんだ。




 掠れ始める視界の中、血相を変えてこちらへと駆け寄るルキアが見えた。


「ゼノ様ッ!私をッ!!」


 ルキアが何を言いたいのか、どうして欲しいのかを一瞬で理解し、命の(ともしび)が消える前に行動へ移す。


 なんとか仰向けの状態から横向きに寝返りを打ち、クリヴァールを地面へと手放し、オレを膝枕するルキアの頭へとオレの外套の裾をバサリとかける。

 こうしておかないと、観られているからな…。


 そして外套の中で折れた左手から右手へとサングイスを持ち変え、蛮刀の切っ先をルキアの腹に突き立てた。


「ありが、とう…ルキ、ア…」

「お礼は良いですからッ!早くッ!!ゼノ様が死んじゃいますッ!!!」





 そしてオレは外套の中、蛮刀でルキアの体を貫き、彼女を殺した。



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