第81話
巡礼の山を3人で下山して麓の村にある宿屋で一晩過ごした後、早朝に行きで走鳥を売った商人の所へ顔を出した。
「すみませーん」
対応するのは勿論母親役のルキアだ。
「んん?あぁ、あんたらは」
ストーブに当たっていたおっさんがめんどくさそうにこちらを振り返ったが俺達の姿を認めると椅子から立ち上がった。
「こっちに来い」
そう言って歩き出すおっさんの後を追うと厩舎の一画で葉物野菜をバリバリ食べている走鳥がいた。
行きに出来れば売らないでくれと頼んでいたクレア王国からここまで乗って来た走鳥だ。
「売らないでいてくれたんですね?買い戻したいのですがおいくらでしょうか?」
「…いらんよ、もう貰ってる」
売らないでくれと頼んだ時に渡した金貨の事だろう。
「こっちに荷車も置いてある、そのままだ」
「ありがとうございます!」
ルキアが礼を言うと『シッシッ』と手で追い払うような仕草をした後、ストーブの前へと戻って行く。
「愛想悪いおっさんだなぁ」
「ゼ、ゼノ様!シー!シーッ!聞こえちゃいますよ!!」
サニティアがわたわたして焦っていた。
「聞こえるように言ってんだよ、おっさん!ありがとうな!」
おっさんはこちらをちらりと見た後、片手を軽く上げていた。
サニティアが苦笑いしている。
「この村ではみんな走鳥を乗り捨てて行くから売る時は買い叩かれ、買う時は高値、そうやって商売されているそうですよ。なのであのおじさんは良い人と言う事ですね」
「へぇ~そうなんですね!」
「愛想悪いけどな」
金を掴ませておいて良かった。
麓の村で出来るだけ日持ちのする食料を更に買い足し、満載の荷車にオレとサニティアで乗り込んで出発した。
何も無い荒野で焚き火囲む。
「サニティア、世界を見て回りたいんだろう?」
「ええ、まぁ」
「この大陸以外にも行くのか?」
「…難しいでしょうね」
そりゃそうだろう。
エルフの住まう島は遠く、ザハンナ大陸は未だ未開。
ドラコニア島は前人未到である。
「まぁこのユークリッド大陸にも小さな国や街は色々あるから見て回れば良い、でも一人じゃ不安だなぁ」
「誰か信頼できる前衛職がいるといいんすけどね」
ルキアが湯気の立つスープを啜りながら焚き火を見つめて呟いた。
「どうせならオレ達と回るか?」
「えぇ!?そんな!悪いですっ!」
サニティアが両手を突き出して顔をブンブンと振っている。
「いや、今回のルキアとの旅も観光だぞ、なぁ?」
「ええ、そうですよ。冒険者もついでですし」
「もしお前さえよければこのままクレア王国を目指さずに通りすぎて元ルマロス帝国がどうなったかでも見に行くか?」
「?」
「あぁ、知らないのか。ルマロス帝国は皇帝が死んだ上に大臣が魔王陣営に籠絡されてな、魔王軍と戦争していたクレア王国を背後から襲ったのさ」
「えぇ!?大丈夫だったんですか?」
「七星と元ルマロス帝国将軍がたった二人でゾンビの群れと相手の魔族と大臣を返り討ちにしたんだとさ」
「ほぁ…すごいですね…流石七星。その元将軍さんはなぜクレア王国側についたのでしょうか?」
「元々クレア王国生まれで妹がクレア王国に暮らしてんのさ」
「なるほど…。それで、ルマロス帝国はどうなったのですか?」
「事実上無くなったも同然だな。獣人の奴隷は全て解放されたそうだ、奴隷商は青天の霹靂だろうな。クレア王国の役人が今は国を回してるらしいからもはや属国だなぁ」
「確かにどうなっているのか興味ありますね…」
「じゃあ元ルマロス帝国に向かってみるか、ルキアもそれでいいか?」
「もちろん、ゼノ様がいる場所が私の居場所なので」
ルキアがそっと微笑んだ。
レスティアス神聖国で落ち込んでいたが、元気が出た様でよかった。
頑張って麓の宿で慰めた甲斐があったというものだ。
旅の道中、大事なのは調味料くらいである。
火はクリヴァールや魔法で起こせばいい。
水は川の水を煮沸して飲み、川にルキアが雷撃魔法を撃てば魚が手に入り、肉は動物を狩ればいい。
日持ちする薫製肉や塩漬けの魚は保存食として出来るだけ使わず、食事の度に獲物を狩る様にしていた。
クレア王国と元ルマロス帝国を隔てる関所を越え、少し進んだ所で野営を始める。
「サニティアやルキアってこの大陸の大きな街なんかの地理ってどのくらい知ってるんだ?」
「?」
サニティアは質問の意図が分かっていないようだ。
「私よりサニティアさんの方が詳しいんじゃないですかね~?シェクルト教として活動はしていましたが私の場合は魔族なので街や地名の移り変わりにどうしても疎くて…」
「わ、私の方がですか?そうですかね?」
あんまり自信はなさそうだ。
「例えばここ、ルマロス帝国には帝都以外にも大きな街はあるのか?」
「はい、えっと、西の海沿いに大きな港の街があるはずです。名前は確かフォルクヴァング…だったかな…」
「どんな街なんだ?そのフォルクヴァングってのは」
「私も詳しくは知らないのです、そういう街がある、と言う事だけで…」
まぁ聖都に籠ってたから仕方ないか。
「フォルクヴァングならわかりますよ」
ルキアが街の名前に反応する。
「結構古い街なのか?」
「ここがルマロスになる前、獣人の国だった頃からある人間の街ですね。奴隷とギャンブルの街です」
「獣人の国の時からそうなのか…?」
「はい、獣人の方達は、その、やっぱり体を使って稼ぐのが得意ですので…」
男の獣人は戦いで、女の獣人は売春でって事か。
「なるほどな?」
「クレア王国では大きなギャンブル場も奴隷売買も禁止されていますので獣人の国ベスティアにそういう街が出来たんでしょうねぇ、私もシェクルトの関係で奴隷になっている混血者を救うために何度か仕事をした事があります」
「奴隷売買禁止なんかしてるから逆に人攫いとか起きてるんじゃないのか?いっそ国が関わって管理した方が健全なのでは…」
「あはは、そうかもしれませんね…」
「そのフォルクヴァングってのは帝都よりも遠いのか?」
「ん~…」
ルキアが焚き火の前の地面で木の枝を使ってかなり適当なユークリッド大陸を描き『ここがレスティアス…ここがクレア王国王都…この辺りに森の家…川…ルドラがこの辺りかな?…大山脈がドドーンとあって~…』とガリガリ地面に印を付けていく。
「こんな感じでしたよね?」
「そうですね…」
ルキアとサニティアが地面の地図を見ながら相談している。
「多分、この辺りがフォルクヴァングのはずです」
ルキアが木の枝でトントンと指した場所は…なるほど、ユークリッド大陸西の海沿い、そして帝都よりも王国側に近かった。
「行ってみるか?」
サニティアに聞いてみる。
「よろしいのですか?」
「そりゃこっちのセリフだ。治安悪そうだし刺激も強そうだが…、大丈夫か?守れる範囲では守るが」
「せっかく聖都を出て来たので、やっぱりどんな街なのかは一度は見ておきたいなという気持ちはあります」
「じゃあ南西に進んでみるか、ルキアもそれでいいか?」
「はい」
俺達三人はフォルクヴァングを目指す事になった。
南西に数日進むと海が見えた。
道中で気付いたがフォルクヴァングがそれほど大きな街なら関所から轍を進んだ方が良かったかもしれない。
「ルキア、通り過ぎてるって事はないよな?」
「大丈夫でしょう、もし通り越しているのならフォルクヴァングに続く人通りの多い街道を縦断している事になってしまいますが、それらしい道はありませんでしたので」
「という事はこのまま海沿いを南下か」
「そうなりますねぇ」
海の方を見て固まっているサニティアに気付いた。
「…おい、サニティア。海が気に入ったか?」
「はい!青い空と青い海が見渡す限りどこまでも広がっていて心が晴れるようです!」
「海も空も青いのは普通だろ?あ、レスティアスでは空は年中灰色か」
「そうなんですよ、たまに晴れて雪がキラキラ光る事もあるんですけどね…」
サニティアは初めて見る海に心を奪われたのか、荷車の上からずっと海を眺めていた。
太陽が地平へと傾き雲を橙色に染める頃、オレ達はフォルクヴァングに辿り着いた。
どこの都かと言いたくなるほどの大きな街だった。
街は海と河に面していて海から河まで街全体を覆う様に扇状の壁が街を囲んでいた。
「わー…大きな街ですね…」
サニティアが初めて見る聖都以外の街に驚いている
「いや、これは大きすぎますね」
「え!?帝都はもっと大きいのではないのですか?」
「貴族の豪華な家の数自体は帝都の方が多そうですが、街の規模だけならここは帝都と遜色ありませんね」
驚くサニティアにルキアが帝都並だと説明している。
「なんでこの街こんな大きいんだろうな、ルドラとの貿易か?首都は帝都だろう?」
港には様々な船が停泊しているのが見えていて、一隻だけ一際大きな船があるのが目立っている。
「迷子になっちゃいそうです…」
「手でも繋ぐか?ははは」
「え!?良いんですか!!?」
冗談で揶揄ったのだがサニティアに真面目に受け取られてしまった。
「ゼノ様はママと繋ぎましょうねー?」
「…。」
ルキアの冗談を無視する。
「あ、そういえばここまで誰にも会わなかったから失念していた…、サニティアの素性はどうする?旅の聖女じゃ不味いか?」
「ゼノ様の姉でよろしいのでは?」
「姉~?」
サニティアの方を嫌そうな顔で見ると聖女様は苦笑いしていた。
「ゼノ様はサニティアさんより身長が低いですからね、悔しかったらゼノ様も早く大きくなりましょうね?」
「ぬぅ…」
5年ほど待って欲しい。
背が伸びるのは前世の姿からも確定しているのだ…。
「お姉ちゃん…」
サニティアを見つめて試しに呼んでみる。
「な、なんですか、ゼノ様?」
「おい、オレが我慢して姉と呼んでいるのにお前が『ゼノ様』とか言ったら台無しだろうが」
「そっそうですね!えーっと、ゼノ…でよろしいですか?」
「あぁ」
オレとサニティアのやりとりをルキアがにこにこしながら見守っていた。
河から下って来る人間も警戒しているのだろう、街の入り口は河沿いの河と壁の境目にあった。
二人の門番がいるのがここからでも見える。
「おぉー、お前ら止まれぇ~」
頭に青いバンダナを巻いた大柄な男がオレ達を止める。
「ほぉ、この娘なかなか上玉じゃねぇか。こっちのガキも面が良い、結構いい値段つくと思うぜ?」
二の腕に青いバンダナを巻いたもう一人の男がルキアに話しかける。
「良い値段?」
「あん?売りモンじゃねぇのか?」
「私たちは親子でただの観光客ですが…?」
「へぇ…そいつぁ失礼したな。ここはフォルクヴァング、奴隷売買とギャンブルの街だ」
「あの、奴隷売買はルマロス帝国が魔王軍に加担しクレア王国に返り討ちにあい国が無くなったから奴隷自体も解放されたのでは?」
ルキアが質問すると二人の門番は顔を見合わせて笑い始めた。
「へっへへ、ルマロスがどうなろうとここフォルクヴァングには関係ねぇのさ!」
どういう事だ?ここは元ロマロス帝国領の街の一つでしかないはずだ。
「勿論、主流な輸出先はルマロス帝国だった。だが元帝都の方は奴隷解放だなんだで大騒ぎらしいがそこから逃げ出して来た奴隷商人や奴隷の主人達がここへ売りに来るようになってな、魔王軍とクレア王国の戦争以来大賑わいよ!」
「クレア王国の兵士や役人はここへは来ないのですか?」
「来ない来ない、ここにはクレア王国の人間だって奴隷を買いに来るくらいだぜぇ?」
どうやらクレア王国内にもそういう奴はいるらしい。
何度も言うがクレア王国では奴隷売買は禁止されている、雇用契約という形を取っている。
「一応はルマロス帝国領なのでしょう?」
「一応はな?だがここは『ヴァナヘイム』が仕切ってる世界最大の歓楽都市フォルクヴァングだ。クレア王国とて手が出せねぇさ」
「ヴァナヘイム?」
「ルマロスが獣人の国ベスティアだった頃からこの街を仕切ってる、まぁギャングだ。そもそも獣人の国が無くなろうと、ルマロス帝国が無くなろうと、この街には一切関係ないのさ!悪い事は言わん、この青いバンダナが目印だ。ヴァナヘイムだけには絶対に楯突くなよ?フォルクヴァング湾に浮かぶだけじゃ済まねぇぞ?」
「…わかりました、色々ご親切にありがとうございます」
ルキアがぺこりと頭を下げると二人の門番は『いいって事よ』とヘラヘラしながら門を通してくれた。
「随分美しい親子だったねー?ベイグ?」
「そうだね、トリエグ」
いつの間にか二人の門番の近くに獣人の双子が立っていた。
「こ、これはベイグ様にトリエグ様っ!こんな所で如何致しましたか!?」
二人の門番が膝を汚す事も厭わずに獣人相手に片膝を突いた。
「べっつにー」
「ただの散歩だよ、散歩。ね?」
「ねー」
青いスカーフを首に巻いた二人の猫獣人が今入国した親子の後ろ姿を楽しそうに眺めていた。




