第78話
朝、遅めの朝食を取ってからルキアを連れて街へ出る。
「せっかく来たんだしもう一日くらいは観光して行くか」
「そうですね、せっかく来たんですしね」
「正直山越えが面倒すぎる、数十年後にすら来たいとは思えん」
「ゼノ様面倒臭がりですもんねぇ」
一応街の住人がパニックにならない様にと、指輪を嵌めてルキアの子供のフリを続けてはいるが、昨日の事があるので布に包んだクリヴァールを携帯している。
あまり出歩く人がいない聖都にしては珍しく今日は人が多かった。
なんでも昨夜大聖堂で火事が発生したらしく、その野次馬達のようだ。
昨日のうちに観光しておいてよかったなぁ。
寒い国だからか歩きながら食べるような物は売っていない。
食料品を扱う店に行っても魚や肉の塩漬けや薫製、あとはチーズなどの日持ちがする物ばかりのようだ。
明日クレア王国へ向けて出発する予定なので多めに買い込んでおく。
街をぶらついていると子供達が数人が川辺で何かしているのが見えた。
ルキアと共に子供達へ近づくとなんとこの糞寒いのにタライと洗濯板で洗濯しているようだ。
まぁ、冬でも洗濯は必要か。
「寒くないのか?」
こちらを不審そうに振り返った一番年長らしき少女がオレの足元から顔までをしっかりと見た後『寒く無い訳ないでしょ』と冷たく返して作業に戻った。
「なぁルキア、オレこいつらになんか恨まれるような事したか?」
小声でルキアに聞く。
「洗濯物の量的に孤児院の子供達でしょう。ゼノ様の見た目は、その、お金持ちの子供か観光客ですので…」
「なるほど…」
確かに自分と同じくらいの年齢の先ほど冷たくされた年長の子や他の子供をよく見てみるとみすぼらしい格好だ。
「温めてやろうか?」
「まだ何かようですか?」
明らかに邪魔そうに聞いて来る。
「温めてやろうか?と言っている。その水、冷たいだろう」
オレは大きなタライにクリヴァールの先を浸けた。
一瞬で湯気が立ち始める。
あぶね、沸騰させる所だった。
「どうだ?暖かいだろう?」
少女が手をタライにつけてグーとパーを繰り返して動かしている。
「温かい…」
「他のタライも温めてやろうか?」
「よろしいですのか?ありがとうございます」
女の子達が『温かい!温かい!』と喜びながら洗濯しているのを眺める。
「冷たい水で水仕事している割りにアカギレにはなっていないんだな?」
「はい、サニー姉さん。聖女サニティア様が週に1度回復魔法を唱えてくれるのです」
「なるほどな」
聖女サニティアはここの孤児院出身だったか。
「私も回復魔法を少しは使えるんですけど、まだサニー姉さんの様に何人もには魔法をかけられなくて」
「ふーん」
終わった洗濯物を孤児院へと運ぶ少女達に着いていく。
少女の名前はリタというらしい。
孤児院に付くと子供達が洗い終わった洗濯物を建物の中へと運んで行った。
雪も降るし、室内で乾かさないと凍るらしい。
「ゼノ様、よろしかったのですか?クリヴァールを使ってしまって」
「もう子供のフリが嫌になった、そもそも魔族だからなんだというのだ。文句を言う奴はぶっ殺す」
ルキアが『ぶっ殺しちゃダメです!』と慌てている。冗談だ、冗談。
一応まだ指輪は取っていない。嵌めたままだ。
孤児院の庭では外から拾って来たであろう薪を男の子達が運んでいた。
「孤児院を見て、どう思いましたか?」
背中から声を掛けて来たのは聖女サニティアだろう、声でわかる。
「大変そうだな」
「洗濯の水をお湯に変えて頂いたそうですね、ありがとうございます」
「昨日ルキアが借りた湯を返しただけだ」
「よろしければお昼を子供達と一緒にどうですか?」
「いや、遠慮しておこう。オレとルキアの分は他の子供達に食わせてやれ、痩せすぎだ」
そう言った後にとある事に気付いた。
「この孤児院は教会への寄付の一部で運営されているのか?」
「はい、そうですね」
「大聖堂が火事になったらしいな、この孤児院へ回る支援が少なくなったりはしないのか?」
「ええ、大丈夫です。こんな事を言っては何ですが、その…たくさん騎士が亡くなられたので…。短期的な視点ではむしろ資金繰りが楽になるはずです」
「長期的には?」
「燃えた建物の修繕に気が遠くなるほどのお金がかかりますね…」
「なるほどなぁ」
少しだけ沈黙が流れる。
「大司教はどうなりそうだ?」
「魔族が大司教に化けていたとして火事の罪と騎士が死んだ罪を全て背負わせ盛大に処刑されるそうです」
「ふーん」
もうあのカエル男への興味をオレはほとんど失っていた。
椅子にしていた岩から立ち上がって、背負っていた背嚢から塩漬けにした鮭の半身を3つ、サニティアに渡す。
クレア王国に帰る際、食事の時に切って齧ったりスープに入れようと思って購入した物だ。
「これは?」
「寄付だ」
遠巻きに各々仕事の手を止めずにオレとサニティアを見ていた子供達が塩漬けの巨大な魚に喜んでいる。
「受け取れません」
「なんで?」
「貰う理由がないので」
「お前は一々寄付を貰う時に相手から理由を聞いてんのか?黙って受け取っておけ」
「ありがとうございます」
サニティアが塩漬けを重そうに持っているのを見た子供達が近寄って来て、オレに礼を言ってからサニティアから受け取り孤児院へと運んで行った。
「オレとルキアは明日この国を出る」
「そうなのですか!?お早いですね」
「大方見たしな、来てみてわかったがあまり観光客向けの街ではないな、ここは」
「否定はできません。天候も悪く、飲食店も少なく、民芸品を扱う店もほぼありませんので」
「厳しい寒さに耐えながら日々を祈って暮らす街ってイメージだ」
「そうですね…」
聖女は苦笑していた。
そんな話をしていると孤児院の中から老齢の女性が出て来て、少し急ぎ足でこっちへ向かってくるのが見えた。
「あれが孤児院長です」
「へぇ」
こちらへやって来た院長はオレを一瞥した後、ルキアに寄付の礼を言い始めた。
まぁ、ルキアが保護者に見えるよな。
「院長、寄付はこちらの方からです」
サニティアが院長をオレへと誘導する。
「これはとんだ無礼を…。申し訳ございません、どこかのお貴族様でいらっしゃいますか?」
「いやぁ?今はクレア王国の平民だぞ?名をゼノ・アルマスという」
「ゼノ…?」
院長が聞いた事のある名前に遠い目をした。
「よろしいのですか?ゼノ様」
ルキアが心配してくるがもうオレは隠す気は無い。
「もういい、どうせ聖堂関係者には昨夜の時点でほぼバレている」
オレは自分の手から指輪を引き抜いた。
「その角…、尾…、紅い目に白い髪…、そうですか、貴方が…」
「目の前に魔族がいるというのにあんまり驚かないんだな?」
「いえ、充分驚いていますよ」
そうは見えない。
遠くの子供達も手を止めてオレを見ていた。
「サニティア、この院長は信用できるか?」
「はい、私の育ての親です」
「そうか。なら婆さん、こいつを受け取れ」
財布に手を突っ込んで院長の手に十数枚金貨を乗せる。
「な、なな…」
「寄付だ、それだけあれば随分生活が楽になるだろう」
サニティアですらその大金に目を見開き、院長は手をぶるぶると震わせていた。
「なぜ、このような大金を…?」
院長が震える声で聞いて来た。
「大聖堂燃やしたからその詫びかなぁ。聖堂の修繕に払う気は一切無いが、アンタに渡せば子供達の生活が楽になるし街の経済も回るだろ。腹いっぱい食わせて、もう少し良い服を着させてやれ」
昼食を取る為に孤児院から立ち去るオレとルキアへ向けてサニティアと院長が深く頭を下げていた。
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もうすぐ夕暮れ、見上げるような天井の大宮殿、その謁見室にて聖女と教皇が向かい合っている。
「本気かの?サニティアよ」
豪華な椅子に座る老人が跪く聖女を見下ろしていた。
「はい、今回の一件で私の世界がどれほど狭いかを痛感致しました。このような大変な時に大変申し訳ございませんが、世界を知る旅に出させて頂けませんでしょうか?」
「ふむ…、仕方ないのぅ、心を動かされ、外の世界が知りたくなったか…」
教皇グレリウス4世は白い髭を撫でながら少しだけ考えた後。
「わかった…。しかしわかっておるのかの?外の世界には其方を守る騎士はおらず、魔物や魔族どころか人すらも悪意を持って近寄ってくるのだぞ?」
「それを知る為に旅に出たいのです」
「ふぅむ…、ならばもう止めはしまい、しかし巡礼の山だけは誰か同行者を探しなさい。あの雪山は其方の魔法では越えられぬ」
戦闘経験はないが一応は聖女である、回復や光の攻撃魔法、防御魔法は習得している。
しかし雪の寒さはその魔法では防げない。
「はい、我儘を聞いて下さりありがとうございます、教皇猊下」
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ニンジンとイモのたくさん入ったビーフシチューを食べながら『野菜はゴロゴロしてる方がやっぱり好きだなぁ』なんて考えていると、オレとルキアのテーブルへ昼に別れた聖女がやって来た。
「どうしたサニティア、何か伝え忘れたか?」
「突然申し訳ございません、ゼノ様とルキア様は冒険者でもいらっしゃるんですよね?」
ルキアと顔を見合わせる。
オレは子供のフリをしていたから荷物に突っ込んでいるが、今日のルキアは首にアーティファクトと一緒に冒険者のタグも掛けている。
「まぁ、そうだが…」
「依頼を頼みたいのです」
「聖都って冒険者ギルドないのか?」
「一応ありますが…、直接ゼノ様とルキア様に頼みたいのです」
「話してみろ、聞くだけならタダだ」
聖女は少しだけ貯めてから言った。
『巡礼の山を越える護衛をして欲しい、出来ればクレア王国まで頼みたい』と。
「まぁ、どうせクレア王国に帰るから構わないが、なぁ?」
「えぇ…しかしサニティアさん、よろしいのですか?聖女がレスティアス神聖国を離れるなど」
「教皇様に許可は頂きました。それに聖女が聖都を離れてはいけないというルールは存在しないんですよ?クレア伝説の勇者一行にも聖女様がいらっしゃったでしょう?」
確かにいた、聖女は回復魔法や補助魔法要員としてみれば人族の最高峰だからな。
「なんだって聖都を離れる?」
「ゼノ様があの晩私に言ったんですよ?『一度聖都を出てみたらどうだ?』というような事を」
そんな事言ったっけ、忘れた。
「ではゼノ様が責任を取らねばなりませんね」
ルキアは聖女の味方をするつもりらしい。
「別に引き受けないとは言ってない…、で?いくら払える?」
「ゼノ様」
ルキアに叱られた。
「冗談だ。明日の朝、この宿のこの場所で待ち合わせよう。護衛料はいらん、どうせついでだ。食料はこちらで用意するが寝袋や着替えはそっちで用意しろ」
「はい、畏まりました」
聖女が名前一つで叱られたオレを見てクスリと笑った後、ぺこりと頭を下げて出て行った。
「ゼノ様?ちゃんと責任とりましょうね?」
「?、ああ、ちゃんと王都まで連れて行くぞ。王都にもレスティア教の教会があるしな」
「まったく、もぅ」
なんだかルキアが拗ねていた。
本編とは関係無いR18パート2
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