第69話
王城を目指してオレとルキアとマグナスは進む。
「音が聞こえなくなったな」
前を歩くジジイの背中に声をかける。
「あぁ」
「轟音が鳴りやんだ後、凄まじい魔力を二度感じたがそれからずいぶんと静かだ、決着が着いたか?」
その直後、オレ達三人を魔力の波動が駆け抜けた。
「おい、これ『魔神』か?」
「いや、こんなに弱くは無い」
「これで弱いのかよ」
思わず背後を振り返ると瓦礫の街並みの遠くに三つ首の竜が見えた。
「なぁ、ジジイ。魔神ってあれか?」
真っすぐ前を向いていたマグナスがオレの言葉にようやく歩みを止めて後ろを振り返った。
「いや、違うな。アレは…『昇禍』か?」
「ショーカ?」
「知らぬのか?」
もう興味は無いとばかりに前へと向き直り、王城跡へとまた進み始めたジジイの後を追う。
その足取りからは『どんな化物が出て来ても魔神を背負うアズライルが負けるはずが無い』という信頼すら感じた。
「オレ前世でも百年も生きてないからな、魔族の中でも若造の部類だぞ?聞いた事も無い」
「昇る禍と書いて昇禍だ。知らなくても仕方がないな。そもそも魔族の、しかも魔王級に強くないと使えないらしい。文献にもほとんど出て来ない」
「あんな化物になれるのか?」
「二度と戻れぬらしいぞ、フフフ」
「なるほどな、あのアジダハグとか名乗った魔族が賢聖に勝てないと察して捨て身に出たのか。竜の姿なのは竜人の血かもな」
「恐らくそうだろう」
多分出来たであろう、あの魔王ジズですら使わなかった手だ。
それほどまでか、賢聖アズライル。
しかし、また少し歩き始めてすぐに『バッ』とマグナスが勢いよく振り返った。
見た事もない形相をしている。
釣られて振り返ると三つ首の巨竜と対峙するように黒い卵が現れていた。
「なんだ、ありゃ」
「魔神『ハボリム』」
「アレがか…」
遠いからよく見えないが黒い卵が円柱へとその姿を変え、2本の腕が出て来た。
「急ぐぞ、ゼノ、ルキア嬢。ここでこうして見ていても仕方ない」
「あれちゃんと元の賢聖に戻るのか…?」
「知らんッ!!」
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オーロン城の焼け落ちた城門をくぐり、大きな建造物だったろう瓦礫の合間を縫って進むと一人の男が瓦礫を玉座に座ってオレ達を待ち構えていた。
その髪は濡れたように黒より黒く、伸ばし放題伸びている。
こちらを見る眼、その虹彩は金色だ。
「遅かったな、ゼノ殿…いやゼノ・アルマス」
「やはりお前だったか、コルウス・コルニクス」
「知り合いか?」
「魔王ジズの息子だ、何度か遊んでやった事がある」
ジジイの問いに短く答えた。
「今は余がジズだ、賢聖アズライルはどうした?」
「お前ンとこの赤髪の半竜人とサシで戦ってるよ」
「ふふ、アジダハグが半魔半竜人と知って捨て石にしたか」
「捨て石などとは聞き捨てならんな、アズライルは勝つぞ」
マグナスが口を挟む。
「ただの人間が勝てる訳なかろう」
「フフフ、彼奴はただの人間ではないのだ」
「…どうでも良い」
ジズが瓦礫から立ち上がる。
「貴様らがここで死ぬ事に変わりないのだからな…!」
ジズが鞘から刀を抜いて、鞘を後ろへと放り投げる。
『ビュオォォォ…』と廃墟の中に風が吹き始めた。
「アーティアクトか」
「人間の国ではそう呼ぶのだったな、その通りだ。裏切りの魔将ゼノよ『黒風白雨カンダチ』の錆となるがいいッ!」
黒衣の裾を翻し、刀を振るいながら突進して来たジズの刀による斬り払いをクリヴァールの柄で受ける。
速さと力はほぼ互角か?だが先代ジズには遠く及んでいない。
『キィィ…ン』と音を立てて刀の一撃が防がれたというのにジズの金色の目が笑っている。
受けた直後、オレの体を『ピシャァン!!』と雷撃が打った。
斬りつけた相手に雷魔法の追撃効果だと、なんと厄介な。
まだ痺れの残る体で無理矢理後ろへ飛んで後退する。
「ゼノ様!大丈夫ですか?」
後退したオレへとルキアが心配してくる。
「あぁ、痛みさえ我慢できるなら即死するほどじゃねぇ…」
「効いたか?貴様の裏切りにより魔族が味わった400年の苦痛をその身に刻めッ!」
「貴様とゼノの因縁も400年がどうのとやらもどうでもいい」
マグナスが断山剣ラピスガドルを担いで前に進み出る。
「人に仇なす魔族は殺す。ゼノ、ルキア嬢、下がっていろ。俺がやる」
「やってみせよ剣聖ッ!!」
マグナスがその肩に担いだ断山剣を横薙ぎに振るった瞬間、オーロン城の瓦礫の山が斬れた。
初めて会った王都の牢屋を思い出す、あの日もジジイは一振りで留置所の壁も床も天井もを真っ二つにしていた。
這いつくばって躱したジズを褒めてやりたい、あの刀で受けていたらどうなっていたのだろう。
「余に、地に手をつかせたな…」
「まだまだ行くぞ」
ジジイが断山剣を振る度に残っていた壁や床が割れて行く。
「ちょこまかと、まるで虫だな」
「なッ!?余が…虫だと!?許さんぞ貴様ァ、『氷雨』ッ!!」
カンダチの効果によって吹いていた風が一瞬にして極寒の吹雪へと変わった。
いや、それ以上だ。
広範囲の氷嵐魔法アイスストームというより、一粒一粒が極小の氷槍アイスジャベリンと言えた。
「ルキア、全身に魔力を纏え、緩和できる」
「はい!」
「どうだ!この風雪の中で満足に戦えるかッ!?」
「何の支障も無い」
目を開けているのも大変な吹雪の中、マグナスは悠然と断山剣を構えなおした。
「死ね!剣聖ッ!!」
ジズの振るったカンダチを断山剣の腹で受け止めたジジイの体を雷撃が襲う。
しかし眉一つ動かさないままマグナスは鍔迫り合いしたままのジズを断山剣を振って吹き飛ばす。
ジズが跳ね飛ばされて瓦礫に突っ込んでその姿を消すと吹雪が止み、風だけとなった。
風が止まないという事は生きているのだろう、仮にも魔王と呼ばれていたのだ、あの程度で死ぬ訳が無い。
ガラガラと音を立てて瓦礫の中から姿を現したジズが顔を顰めている。
「ゼノ、あいつ魔王にしては弱すぎないか?」
「オレも思っていた、せいぜい将軍くらいだ。さっき賢聖に任せて来たアジダハグとか言う奴の方が強いぞこれ」
「余が…弱いだと…」
「あぁ、弱ぇよ、お前」
「クックク…ならばこれならどうだ!?『火雨』ッ!!」
廃墟に吹いていた風の温度が一瞬で上がる。
熱風などと言うレベルでは無い、風に火の粉が混じっている。
「どうだ、息をする事もつらかろう!?」
「こんな物がなんだというのだ」
火の粉が舞う熱風をジジイは一切気にせずに断山剣を振るう。
ジズが断山剣の直線状から転がりながら逃げて避けるとジズの背後にあった大きな壁の残骸がガラガラと崩れた。
壁が崩れて見えたのは廃都の燃え盛る街並みだった。
三つ首の竜が炎に巻かれながら異形の魔神に喰らいつこうとするが、魔神の手から放たれた火球が直撃し、廃墟をなぎ倒しながら吹っ飛んでいる。
「なんだ…?あの化物達は…」
「片方はアジダハグとか名乗った半魔半竜人だな、もう片方はこっちの賢聖だ」
呆然と燃える廃都を眺めているジズに答えてやる。
「…そうか…アジダハグは、昇禍を使ったか…。昇禍を使ってなお、あの異形の化物に押されているのか…」
「そしてお前もオレ達どころか剣聖一人に押されている」
「ならば、余もさっさと貴様等を片付けてアジダハグの加勢に向かわねばな…」
「勝てると思っているのか?」
「元々、あの忌々しい勇者の名を冠した王国を滅ぼす為に挙兵したが。ゼノ、お前が生きていると知ってからはお前の首を獲り、父上の仇を取る事が事が余の目標であった」
「だから?」
「お前を殺せるのなら、刺し違えても構わんッ!」
「させると思うか?」
ジズとオレとの間に割って入るマグナスを無視して魔王ジズが刀を床に突き立てた。
「すまぬ、余を信じてくれた同胞たちよ。余は…余の個人的な復讐の為に、ここで果てるやも知れぬッ!」
魔王軍の仲間達に詫びた魔王ジズを中心に『ドクンッ』と魔力の波が駆け抜けた。




