第66話
クレア王国の北東、荒涼とした大地にて冒険者達と共闘して魔物の群れと戦う王国軍の姿がそこにはあった。
神槍カエラムの聖槍ロンゴミアントの効果により全ての兵士の身体能力は大きく引き上げられており、六本足の馬の化物や、二足歩行の人狼、下半身が大蛇の女など明らかに魔族ではない異形の魔物達を相手に、一方的ではない殺し合いを成立させていた。
数人一組で一匹の魔物を囲み戦う。
負傷した兵士は自力か、仲間に背負われて即座に後方に運ばれ、回復魔法によってすぐさま前線に戻る。
倒れた仲間の穴を埋める。
長年平和なクレア王国で常備兵の数は減ってはいた、だがその動きからは日々の弛まぬ訓練が伺えた。
日ごろから魔物を相手にしている冒険者達も兵士に負けぬ働きをしている。
戦力差を連携と聖槍ロンゴミアントで埋めて人間達は善戦していた。
「おいおい、なぜ下等種族の人間相手に拮抗しておるのだ?さっさと轢き殺さぬか!」
「アエシュ様!恐らくクレア王国七星『神槍』カエラムの持つ聖槍ロンゴミアントの効果で人間共の力が引き上げられており、想像以上に王国軍の抵抗が激しく戦況はやや劣勢でございます!」
「劣勢だとぉ!?魔王様より賜った軍勢を率いたワシら魔王軍が数で劣る人間相手に劣勢だと抜かしたか貴様ァ!!」
水牛の様な角を頭部から生やした白髪の巨漢が激昂し、近くにいた部下を手で払いのけた。
払いのけられた魔族は上腕の骨を折りながら何度も地面を跳ねて転がって行く。
「もういい、ワシが出る…!魔王様が王都侵攻する為の障害を早く取り除かねばならん!!人間相手に手こずったなどと魔王様に合わせる顔が無いわッ!!」
痺れを切らした魔王配下の三魔アエシュは戦場で氷を振り撒く青髪の槍使いを睨みつけていた。
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着流し姿の黒い長髪の男がカタナと呼ばれる極東の島国で作られた片刃の剣を振るった直後に周囲の敵が数秒遅れてバラバラになる。
「すまんな、マサムネ」
カエラムに殺到する魔物を蹴散らすマサムネにカエラムが礼を言う。
「礼などよい…明らかに敵がこちらばかりを攻撃し始めた、ロンゴミアントの事がバレていると見て間違いなかろう」
「この槍は前線に出ていないと効果が発揮されないからなぁ」
「前線に立ち仲間を鼓舞する英雄の槍だ、仕方あるまいよ」
魔王軍との戦いが始まってからその槍はほぼ振るわれておらず、散発的に氷魔法を出すのみとなっていた。
押し寄せる敵にはマサムネが露払いを引き受けている。
どんどん押し寄せる多種多様な魔物や、それを指揮する小隊長役であろう魔族をマサムネが一刀のもとに斬り伏せる。
そうして戦っていると敵の集団が『ザァ…』と割れた。
魔物達の中から上半身が裸で大きな湾曲した角を持つ白髪の魔族が出て来る。
「お前らが神槍と絶刀だな?」
「誰だ貴様?」
カエラムを庇う様にマサムネが前へ出る。
「ワシは魔王ジズ様の配下。『三魔』が一人、アエシュである!そこの男の槍がどうやらこの戦の勝敗を分ける様だな?部下達には貴様らの相手は荷が重いらしい、そこで直々にワシが出て来たという訳だ。光栄に思うがいいぞ、ワシと戦って死ねる事をなァ!!」
抜き身の、まるで長剣の様に大きな蛮刀を三魔アエシュと名乗った魔族が構える。
「マサムネ、気を付けろよ?あの蛮刀、多分アーティファクトだ」
「誰に言っている」
「そうか、そうだったな」
『絶刀』マサムネ、一切の魔力を使わず剣技と闘気だけで七星に入る男だ。
刀を構えたマサムネの姿が一瞬ブレる、アエシュと名乗った魔族が巨体に似合わない速さで蛮刀を掲げた。
『ギィィィ・・・ン』
音が遅れて聞こえた事により、ようやくマサムネが攻撃しアエシュが防いだのだと分かる。
「ほぅ、今のを防ぐか…」
「舐めるなよ、人間」
アエシュがその蛮刀を横薙ぎに振るう、凄まじい剣速だ。
人間など鎧ごと真っ二つになるであろう力で振るわれる蛮刀はしかしマサムネに掠りもしない。
むしろなんとか致命傷を躱しているが少しずつアエシュの体に傷が増え始めた。
「ええいッ!ちょこまかとぉ!!」
マサムネの戦闘スタイルは鍔迫り合いすら許さない一撃必殺のヒット&アウェイだ。
まだアエシュと名乗る魔族が死んでいない事の方が不思議であった。
「諦めろ、もう勝てない事くらい気付いているだろう?」
後ろに聖槍ロンゴミアントを持つ神槍カエラムがいる、当然その効果、恩恵はマサムネにも発揮されている。
今のマサムネは剣聖マグナス・オーロンにすら匹敵するほどに引き上げられていた。
「フッフッフ…ワシが負けるだと?あり得ぬ…あり得ぬわ…!」
アエシュがその戦い方を変える。
マサムネの刀を脇腹に受けながらようやくマサムネの体、その肩に蛮刀を掠らせた。
脇腹から血を滴らせたアエシュがその顔に喜色を浮かべた。
「?、何を喜んでいる?このような掠り傷では何度当てても俺は倒せんぞ?」
「そうだな、だが百度切りつけられればどうかな?」
「その前に貴様が死ぬ」
「フッフッフ…」
アエシュはマサムネの攻撃を大きく避けようとはせず、マサムネに少しでも傷を与えるように戦い始める。
そして十合も切り結ばぬ内に血塗れになったアエシュはその片膝を地面突いて止まった。
「終わりだな、まだ前半の戦い方の方がマシであったぞ?」
片膝を突くアエシュと対峙するマサムネの着流しは所々裂け、血が滲んでいる箇所もあったがそのどれも骨にまで達していない。
「フッフッフ…」
アエシュが立ち上がり、後ずさりをした。
こちらを警戒しながら魔物の群れにまで下がって行く。
「逃げるのか?」
「逃げるだと?何の事だ?」
そう言うとアエシュはおもむろに隣にいたオーク目掛けてその手の蛮刀を振り下ろした。
オークの鼻から入った蛮刀は胸板を叩き割り、その膨れた腹を裂く。
内臓を『ボトボト…』と地面に溢しながらオークはドサリと仰向けに倒れた。
「…一体何をしている?気でも狂ったか?」
マサムネの問いかけには答えず、オークを叩き斬ったアエシュはそのまま返す刀で近くにいた人狼へと蛮刀を横一文字に振り、狼の首を斬り飛ばす。
「待たせたな、さぁ!第2回戦だぁ!!」
マサムネはアエシュの体が自身が負わせた切り傷により血で濡れていた為、すぐには気付けなかった。
アエシュの体、裸の上半身には今まで付けたありとあらゆる傷が消えていた。
「不味いぞマサムネッ!エナジードレイン系だ!負った傷を与えた傷で補うアーティファクトだ!!」
「正解だぁッ!!」
全快したアエシュがマサムネへと斬りかかる!
その動きは最初と全く同じ、それどころか浅いとはいえ負った傷とここまでの継戦で減った体力によりそれ以上に強くマサムネは感じていた。
「跳べ!マサムネッ!アイスウェイブッ!!」
氷の波がカエラムから前方に向けて放たれる、跳んだマサムネの下をその凍てつく波動が駆け抜けた。
アエシュは飛ぶのが遅れたのだろう、片足の脛から先が氷に埋まっている、そしてアエシュの後ろの魔物達が氷の波に飲まれて氷像となった。
とにかく奴の餌を減らさねば…このままでは負ける…。
氷の波から片足を引き抜いたアエシュが片足で地面を蹴り後ろへと跳躍して下がり、下半身を波に飲まれて死にかかっていたラミア(下半身蛇の女性)の胸にその蛮刀を突き刺した。
「ワシの魔物達を狙ったか。フッフッフ、まぁそうであろうな。このようにどんなケガも味方を斬りつけて癒してしまうからな」
アエシュが先ほどまで凍っていた足で調子を確かめるようにトントンと地面を踏んでいる。
「マサムネ、このままではジリ貧だ、俺も加勢する」
「…今の俺は聖槍の効果で強化されている、お前が死んだら俺も周りで戦う兵士達も弱体する、それだけは避けねばならん。こいつを倒してもこの戦い自体に負けては意味がない」
「その時は俺以外の誰かが槍を持てばいい」
「敵に渡ったらどうするのだ馬鹿者め」
「じゃあ勝てるのか?絶刀よ」
「ああ、絶刀を名乗るその意味を教えてやろう…!」
打ち合わせを終えたマサムネがアエシュとの距離を詰め戦いを再開させる。
先ほどまで圧倒していたマサムネだが復活したアエシュと切り結ぶ今の姿に先ほどの余裕は感じられない。
カエラムはマサムネという護衛が居なくなった事により自分へと向かってくるようになった敵を槍を振るって捌きながらマサムネを気に掛ける、本当にアイツは奴に勝てるのだろうか?
「フッフッフ、先ほどのお前の言葉をそのまま返してやろう、『諦めろ、もう勝てない事に気付いただろう』?」
「…。」
「ワシは周りの味方を殺せば何度でも回復する。お前はどんどん傷が増え、体力が減る。ワシの勝ちだなぁ!」
「不死身という訳ではあるまいよ」
「殺せるかな?ワシの『吸生蛮刀サングイス』は無敵だ!」
マサムネはこれ以上話す事は無いと納刀した。
「諦めたか、フッフッフ」
「…。」
鞘を掴んで腰を左後ろに引き、柄に手を添え、重心を落としたマサムネの気配の変化にアエシュは口を噤んだ。
もう無駄口を叩かず、マサムネに合わせてアエシュも蛮刀を構える。
次の一撃が最後になるだろうと互いに察していた。
マサムネは膝を少し曲げて前のめりにゆっくりと倒れ始め、一切の受け身を取らずに地面に倒れるというその瞬間。
撓めた足の脚力を解放し、体を右に捻じり神速の居合を放つ。
空中で仰向けになりながらアエシュの左側をすり抜けざまに居合いで逆袈裟に断ち、一回転しながら着地する。
アエシュに背中を向けたままマサムネが刀の血を払うと、その背後でアエシュの体が斜めにズレた。
「まだまだァッ!!!!」
ズレ落ちる体、それを左手を右脇に入れて落ちない様に支えアエシュが咆える!!
右脇の下から差し入れた左手は指先を肉に突き立て、指が肉にめり込むほどの怪力で自身の棘下筋を掴み、切断された体を無理矢理支えながらアエシュが蛮刀を振り向き投げ放つ!
アエシュから投擲された蛮刀が完全に油断していたマサムネの左胸を貫いた!!
「チッ、外したか…」
口と断たれた傷口から大量の血を溢したアエシュが焦点の合っていない目で残念そうに言った。
「ワシを…、その蛮刀で、斬るがいい…、せめて、何かの…糧に…」
口から夥しい血を吐きながら刀を取り落としていたマサムネが左胸に半ばまで蛮刀が刺さった状態でアエシュへと近づき、己の胸のから蛮刀引き抜き、意地でまだ立っていたアエシュへとトドメを刺した。
その瞬間マサムネの左胸の傷が時が巻き戻ったかの様に消えた。
それを見届けたカエラムが周囲の魔物を槍で跳ね飛ばし勝鬨を上げる。
「絶刀マサムネが!!敵将を討ち取ったぞォッ!!!」
王国軍と冒険者達も呼応して勝鬨を上げる。
兵士たちの大音声の勝鬨により味方の士気は上がり、敵の勢いが一気に落ちる。
退却を指揮する者すらいないだろう。
マサムネが取り落とした刀を拾い、刀身の汚れを取り出した布で荒拭いして鞘に戻す。
そしてアエシュの持っていた蛮刀で最も近くにいた魔物を一瞬で切り伏せる。
マサムネの体に付いていたアエシュとの戦いで負い、先ほどの回復で治り切らずに残っていた傷が全て塞がる。
「死んだかと思ったぞ、絶刀よ。冷や冷やさせやがって…」
「あの魔将、逆袈裟に分断された体を片手でずり落ちない様に支えて武器を投げおった、化物め。流石に今のは俺も肝が冷えたわ。この蛮刀が無くば死んでいた。この戦いを生涯忘れる事はないだろう…」
「見てたよ、とんでも無い奴だったな」
「ああ、弟子を取ったならば『相手の体を真っ二つにしても気を抜くな』と伝えねばならん」
「ハッハハハハ!」
「笑い事ではない…」
もはやこの戦場において、魔族の勝ち目は無くなった。




