第63話
ミリア女王から戦争の御触れが出てからすでに3週間ほどが経つ。
若獅子アリオス率いる王国軍は神槍カエラム、絶刀マサムネを連れてクレア王国北東にある荒涼とした大地で魔王軍と睨み合っていた。
「アリオス!」
「おぉ、カエラム殿か、どうした?」
「数十から百ほどの魔物を統率している魔族の中に一際巨体で敵将らしき姿を見つけた」
「一人だけか?」
「あぁ、どうやらハズレだな。生きて返された者の報告では将軍級2名に魔王という話だったが、あれが魔王とは思えん」
「この敵の数で全体の何割ほどだろうな…、流石に半分以上は出てきているはずだが、もう一人の将軍と魔王の姿が無いとなると、最悪どこかに倍の数が潜んでいるやもしれん」
万に達する魔物の群れを目の前にし、アリオスは険しい顔で無精髭を撫でた。
そんなアリオスに着流し姿のマサムネが黒い長髪を風にはためかせながらピシャリと言う。
「それでも私たちは全力を尽くして戦うだけだ」
「…そうだな、どちらにせよ奴らはここで止めねばならんのだから」
最後の魔王侵攻より半世紀、しかもそれは他国であったオーロンの話であり魔神の降臨により数日で終わった為クレア王国には何の被害もなかった。
クレア王国にとっては実に400年ぶりの戦争である。
長きに渡る平和により王国の常備軍は『平時には必要ないだろう』と予算削減でかなりの数を減らしてしまっていた。
魔王軍と戦端が開かれた今、未だ国民から兵士を召集せずに済んではいるが、それも冒険者達がその穴埋めをしているからに他ならない。
「ここで負けると国が傾く、神槍、絶刀、勝つぞ」
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女王から魔王の新たな誕生と魔王軍との戦争、冒険者を募る御触れが出て2日後にはオレとルキアはジジイと賢聖と共にすでに王都を発っていた。
魔王軍と王国軍がぶつかるのは2週間以上は先だろうと予想されているが、回り込んで廃都オーロンにいる魔王を直接叩かなくてはならないオレ達に時間の余裕は無い。
旅の荷物を満載した馬車で南東、ルドラ王国側を目指し、クレア王国とルドラ王国を隔てる大山脈が見えた所でルドラとオーロンを繋いでいた旧道を北東へ向かって進路を変える。
北東へ進み始めて2日目に海沿いへと辿り着いた。
「そろそろ王都からアリオスの率いる王国軍が国民に見送られながら出立した頃だろうな」
夜、4人で焚き火を囲んでいる時にジジイがぽつりと零した。
この旅が始まってからジジイの口数がえらく少ない、いつもの『フフフ』と言う笑いもほとんど無かった。
原因はやはり賢聖だろうな、二人の関係は国王と城に仕えていた賢者と言っていたか。
「という事はあと1週間ほどでオーロンか、ジジイはこの50年の間にオーロンへ行った事は?」
「無いな、あの場所にはもう何も残ってはいない、廃墟だけだ。依頼で近くまで行った事は何度かあるがな」
「そうか」
「…後悔されておるのですかな?我が王よ」
「後悔しかない、アズライル」
「もし魔神を呼び出さねば…ユークリッド大陸の多くの人間にたくさんの被害が出ておりましたぞ、そしてどちらにせよオーロンは滅んでおりました」
「わかっている、別に俺はオーロンが滅んだ事や魔神を呼び出した事は今更あまり気にしてはいない」
「ほぅ…」
「気がかりはお前の背中だけだ。なぁアズライルよ、お前はまだアズライルなのか?」
「私はいつでもアズライルでございます、ふぉふぉ」
「その力は人間の器には過剰だ」
「だからはワシは人を辞めたのです」
魔王を倒しに行くとか関係無く空気が重い。
「そもそも賢聖はその力を制御出来ているのか?」
しょうがないのでオレも会話に混ざるとするか。
「魔神をこの身に宿して50年と少し、完全解放した事はないのぅ」
大丈夫なのかそれ。
「オレと剣聖が死ぬまでその魔神出さないでくれよ、魔王より何倍も厄介だ」
「では魔神の力抜きで頑張って貰わねばの、ふぉっふぉっふぉっ…」
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アリオス達の盛大な出陣パレードが執り行われた数日後、女王は呆然としていた。
「あの、ミリア女王陛下?」
「…すみません、それは確かですか?」
「は、ルマロスとクレアを行き来する商人の情報によりますと、4日ほど前に帝国で皇帝を暗殺したクレア王国と戦争する為に挙兵したと…」
「あと3日もしないうちにアリオス達が魔王軍と衝突するでしょう、その翌日くらいにはルマロスの軍は国境を越えるでしょうね…こうしてはいられません、至急兵を集めなさい!!それから『拒絶』と『拳聖』を呼んでください!!」
女王が声を荒げて命令を飛ばした。
「儂は出ぬぞ?まぁ、ルマロスの兵が王都内に攻め入って来た時は流石に戦うがな」
「なっ…、魔王軍と戦う為にほぼ全ての兵と冒険者が出払っているのですよ!?」
「『拒絶』の力は千の兵を軽く凌駕するであろう、これもまた均衡じゃ。報告ではルマロスの兵はそれほど多くはないのであろう?魔王軍の事を聞きつけて漁夫の利を得に来たか、もしくは…」
「魔族と通じているのでしょうね」
『拒絶』キリシア・クレアが涼しい顔で拳聖ジルニの言葉を引き継いだ。
「皇帝を暗殺されてから挙兵するまでに間が空き過ぎているし、タイミング的にも魔族と繋がっていそうです」
「女王陛下、私も出ましょうか?」
「数千程度の兵ならば私一人でもなんとかなりますよ、国境付近で数を削るだけでも王都進軍は諦めると思います」
近衛兵長を務める『薔薇騎士』が申し出るが女王が返事をする前にキリシアが断る。
「しかしお母さま…」
「大丈夫ですよミリア、大丈夫です。母に任せなさい」
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2日後、百と少しの兵を伴って七星『拒絶』キリシア・クレアがルマロス帝国軍と戦う為に王都正門へと向かっていた。
だがアリオス達を見送った時のような活気はもはや王都には無い。
ルマロス帝国が挙兵した事は商人からもたらされた情報である、魔王軍とルマロス帝国軍に挟み撃ちを受けている事はすでに王国民に知れ渡っており、田舎へと疎開する者やルドラやレスティアスに逃げ出す人々が出ていた。
もうすぐ正門という所でキリシア達の道を一人の男が塞いだ。
「無礼者っ!我らはルマロス侵攻から王都を守る迎撃隊だぞ!!」
兵士達が取り囲む中、男は周りを一切気にせずその場に片膝をつき、くすんだ金色の髪を靡かせて大声を張り上げた。
「俺はルマロス元帝国将軍ゲイル・ランページ!アンタを七星『拒絶』のキリシア・クレアとお見受けして頼む!俺の生まれはクレア王国、妹の住まう王都を守る為、この戦いに加わりたい!!」
『拒絶』キリシアの目を見据えて返事を待つゲイルへと向けて
「元帝国将軍だと?」
「なんで帝国の将軍が王都に?」
「どうせ裏切る気だろ」
「刺客じゃないのか?」
国民どころか兵士達からも訝しむ声が投げられ、疑心の視線が突き刺さる。
「いいでしょう、共に戦うというのならば、ついていらっしゃい」
キリシア・クレアはその申し出を受け入れた。




