第55話
時刻は朝。
眠たい目を擦りながらルキアとクオンに手を引かれ、オレはシェクルト教団の本部に来ていた。
街の外れにあるとはいえ中々大きな建物だ。
ルキアがザハンナ大陸からこちらのユークリッド大陸へ渡り、人魔共存、世界平和を目指して100年も200年も活動した形、成果物を始めて見た。
出資者は魔族の祖先や魔族の親族を持つ子孫達、そしてここを巣立っていった者達の寄付から成り立っているらしい。
教団の運営をしている幹部達と挨拶すると金貨800枚を超える寄付に大変感謝された。
「こっちこそ獣人の面倒を押し付けてすまなかったな」
「そんな!困っている異人種に救いの手を差し伸べるのが我々の務め…。ゼノ様の活躍を皆誇らしく思っております、この事を宣伝出来ないのが本当に残念でなりません…」
「まぁハルカを救うついでだったんだがな、彼女達は元気だろうか?」
「ええ!働き口も我々が探したおかげで人間相手に売春をする必要も無く、彼女達も一生懸命人の国に慣れようと頑張っておりますよ。クレア王国では長い間魔族信仰をしている邪教だと思われていたのですが、獣人の団員が増えた事により少しずつ王都の国民の誤解も解けつつあるようです」
「そうか、それなら安心だ」
「まぁどうしても、獣人を下等種族と見下し『おい、いくらだ?』なんて言う輩もいるんですがね…、獣人の彼女達には2人1組で行動するように言い含めてあります」
「なるほどなぁ…」
シスコンのクオンから冷たい殺気が一瞬放たれた気がする。
ハルカの身に何かあったらその日がそいつの命日だろう。
「今も隣の建物では彼女達が字の読み書きを頑張っていますよ、元々獣人族は文字を使う文化があまりなかったようで大変苦労していますが…」
そんなやりとりを交わしているとルキアがバツが悪そうに口を挟む。
「…その事なのですが、朝の勉学の時間にゼノ様も参加させて頂けますか…?」
えっ…。
併設された筆学所には2人掛けの長机が2列に5つずつ並び、獣人の娘達が教団員の教員の文字の授業に一生懸命耳を傾けている。
オレはイライラしながら貧乏揺すりをし、黒板に書かれた文字を書き写す。
なんでこんな目に…。
『ゼノ様、王都にいらっしゃるんですからたまには顔を出して教団員に会っては頂けませんか?救った獣人の娘の様子も気になるでしょう?』
『いや、別に?』
『別にって…、もー!』
『そうだぞ、ゼノは私の妹がどんな暮らしをしているか知っておくべきだ。救ったのなら救った責任があるだろう?どうするのだシェクルト教団で酷い待遇を受けていたら!』
『あはは…うちの教団はそんな事しませんけどね…』
『わかったわかった、明日見に行くよ』
確か昨夜のやりとりはこんな感じだったはずだ。
朝早くから叩き起こされ、目は半分閉じながら連行されるようにシェクルト教団本部に連れられて来た。
どうやってここまで来たのか、半分眠っていた為よく覚えていない。
挨拶して視察するだけ、という話だったのにオレは今獣人の娘達と一緒に授業を受けていた。
時刻は昼、ようやく授業が終わり獣人の娘達と食事を取る。
クオンはハルカと仲良く食事をした後、やめた暗部の引継ぎ業務があると言って名残惜しそうにしながら『夜にはヴァルハラガーデンへ戻ります』と言って別れた。
ルキアは久々に王都に戻って来たので、午後からも積もりに積もった教団の事務作業だと言う。
獣人の彼女達もそれぞれ契約している商店での短時間労働があるというのでそれぞれ教団から出かけて行ってしまう。
「ルキアー、暇だから街ぶらついて来るわ、夕方にヴァルハラガーデンで落ち合おう」
「はい、わかりました。…揉め事起こさないで下さいよ?」
「任せとけって、ははは」
「本当ですかねー…」
街をぶらついていると6歳ほどの3人の男の子達が木の棒で遊んでいるのに出会った。
「『ぜっとう』マサムネのタチを受けて見ろー!」
長くて反った木の棒を振り回している子供と共に、もう一人の子供が広い板をよろけながら持っている。
「『けんせい』の剣をくらえー!」
二人の子供を相手にもう一人の子供は大鍋の蓋と木の棒を持って応戦しているようだ。
「『きしだんちょう』のタテはムテキだぞ!!」
近付くと子供たちがごっこ遊びをやめてこちらをまじまじと見ていた。
「魔族だ…」
「本物だ、角が生えてる…」
「尻尾もあるぞ」
ふむ、乗ってやるとするか。
「ははは!オレは魔将軍ゼノ・アルマス!!絶刀マサムネ、剣聖マグナス、騎士団長アリオスよ!オレに勝てるかな!?」
「ゼノ兄ちゃんつぇー!」
「魔法見せて!魔法!」
「角触って良い!?」
子供達にえらく懐かれてしまった。
腕は当然として尻尾は掴まれるし、ジジイに貰った外套も引っ張られるし、正に引っ張りダコである。
露店でカリカリに揚げた豚肉をパンに挟んだ名前の知らない食べ物を買ってやり4人で路地の広場、空き箱に座り食べる。
「ゼノ兄ちゃんって学園行ってるのか?」
「ガクエン?なんだそれは」
「文字とかー、計算とか、あと魔法とか教えてくれるトコ!!」
「いや、行ってないな。冒険者をやってる」
そう言って首から掛けていた冒険者タグを見せてやる。
「すげー!」
「オレの兄ちゃんより小さいのにもう冒険者なの!?」
「マモノ倒した!?マモノ!!」
「魔物かぁ、人狼とでかいハエは倒したなぁ」
「あはは!ハエだってー!」
「ハエってマモノなの?」
「でかいハエだって、犬くらい大きいぞ」
「「「でっけー!!!」」」
「人狼の方が強いぞ?」
「じんろーって何?」
「二本足で歩く狼だな」
「じんろーって強い?」
「オレの方が強いぞ、はは」
「「「すげー!!!」」」
「ゼノ様…、…こんな所で何してるんですか?」
通りかかったのはシアだった。
「確かあちらの外れにシェクルト教団がありましたね」
「そ、オレ魔族だろ?そこで獣人の娘達に混じって文字の読み書き習ってたんだよ。シアはこんな所で何してんだ?」
「ねぇねぇ、お姉ちゃんはゼノ兄ちゃんのカノジョなの?」
「私は学園の帰りです」
「へぇ、家から通ってんのか?」
「つきあってるの?」
「そうです。この先、王城の方に進むと貴族街があってそこに住んでいます。クレア学園は王都の外にあるんですよ?あちらの方です」
「「そうですだってー!!」」
「ちがっ、付き合ってませんっ!!」
「もうチューした!?チュー!!」
「ゼノ兄ちゃんここでカノジョ待ってたのかー?」
「うるせぇ!!明日も遊んでやるから散れ!散れ!!」
追い払うと『キャッキャ』と喜びながら子供たちが棒を手に路地へと消えて行く。
「王都の外れのあっちって…、ここ思いっきり通り過ぎて寄り道じゃねぇか?また攫われちまうぞ?」
「下町を歩いていれば、ゼノ様にまた会えるかもと思いまして…」
実際露店で子供達を引き連れて買い物をしているゼノを見かけた時は幻かと頬をつねったシアであった。
「なんだそりゃ、ははは」
「剣聖様が魔族の子供を弟子にしたって有名ですよ?」
「へぇ~」
「ゼノ様は、冒険者をされているんですか?」
「おぅ、修行の一環だとかジジイが言ってたな、まぁそこらの魔物じゃオレの敵じゃないけど」
「ジジイって…まさか剣聖様の事ですか…?」
「ジジイはジジイだよ、ははは。聞いたぞ?シアの父親も七星なんだろう?」
「そうですね。父は七星『神槍』カエラム・グレイスです」
「礼言っといてくれよ親父さんに、七星の会議で処刑されずに済んだ。あっ、オレの事庇ってくれてありがとうな」
頭をぐりぐりと撫でてやると、オレがやった指輪の通したネックレスをぎゅっと握りしめて顔を真っ赤にしていた。
「ゼノ様はっ、いつもこの時間にここにいらっしゃるんですかっ!?」
「ん?いや、今日はたまたまだな。というより一人で王都をぶらついたのが初めてだ」
「で、では。王都を案内させていただけませんかっ!!?」
「伯爵令嬢が何言ってんだ、シアもあんまり出歩いた事ないんだろ~?」
「そ、それはそうですが…で、では一緒に下町を散策しましょう!」
「あぁ、それならいいかもな。オレも当分は読み書き覚えるまでシェクルト教団で午前中は勉強になりそうだ。午後からなら多分遊べると思うぞ?」
シアがぱぁっと明るい表情になる。
「で、では明日もこの場所で!!!」
「おぅ」
「あれ?ゼノ様こんな所にいらしたんですか?もう酒場に戻られているものとばかり…」
ルキアがどうやら教団の仕事を片付けて帰路につこうとしていたようだ。
「おぉ、ルキア、事務仕事はもういいのか?」
「はい、粗方終わりました。教団の代表は私のままなので重要な書類はどうしても目を通す必要があって大変でした」
「代理に丸投げしちゃダメなのか?」
「恥ずかしながら100年ほど前にどうしても教団を離れる必要があってそれを実行した所、幹部が汚職をしておりまして…、今の幹部を信じていない訳ではないんですがこればかりはどうしても…」
「へぇ、なるほどなぁ」
「おや、そちらの可愛いお嬢さんはどちら様ですか?」
シアが固まっていた。
「おーい、シア?」
ルキアを見たまま石の様に固まっているシアに声を掛けてやると壊れたように動き始めた。
「あっ、あああ、あ、あの、わっわわ私は…」
「どうしたシア、落ち着け」
地面に視線を落として挙動不審になってしまった。
こりゃダメだ。
「こいつはシア・グレイス。伯爵令嬢で父親は七星『神槍』カエラム・グレイスだ」
「あぁ!ゼノ様がアリオス騎士団長に捕らえられた際に一緒に保護されていたあの?」
「そうそう」
「私はルキア・ドロア。シェクルト教団の代表でゼノ様と冒険者のパーティを組んでおります」
「ッ!!あ、ああ、あのっ!わ、私はこれでっ!!」
そう言うと貴族街の方に走り去ってしまった。
「むぅ、なるほど…ゼノ様は罪な男ですねー」
「んー?まぁ、否定はしない。王都に来た時、処刑されかかったしな」
「そういう意味じゃないんですけどねぇ、ふふ」
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シアは自室でベッドに顔を埋め、俯せで倒れ、手足を投げ出していた。
見た瞬間に勝てないと悟った。
夕日を浴びてキラキラと光る金髪、青い瞳。美しい貌。
必死に学園で頑張ればいつかはゼノ様の隣に立つのは自分だと何の根拠も無く思っていた。
楽観だった…。
ゼノ様と凄く親しそうだった…。
一緒の冒険者パーティだと言っていた…。
そして片角、恐らく、魔族のハーフ。
魔族という事は人よりも何倍も長生きなのだろう。
たとえ頑張ってゼノ様と一緒になった所で私が死んだ後はきっと二人で末永く暮らすのだろう。
何百年も…。
ずっと……。
ガバっと枕から顔を起こす。
だからと言って…諦める気は無い!
シア・グレイスの心に火が灯った。
日常パート書いてみた。




