第54話
クレア王国領の南方。
黒金のグリーブを履いた黒いコートの男が歩いていた。
走鳥にも乗らず、荷物は溶岩石の様な板を括り付けた背嚢一つ。
腰には翡翠色の細剣をぶら下げ、くすんだ金色の髪が風に靡く。
後ろからやって来た野菜を満載に積んだ荷車を牽く走鳥が男を追い越し、少ししてから止まった。
のんびり歩いて走鳥に追いつくと走鳥に跨った老人がじっとこちらの顔を見つめてから、くしゃっと相好を崩してゲイルに話しかけて来る。
「兄ちゃん、旅行者かい?」
「…あァ?…おォ、ま、そんなトコだ」
「ここから近くの村までは遠いぞぉ?悪い事は言わん、今日は儂の家に泊まっていきなさい。近頃この辺りに野盗が出るらしい」
「…ン?確かこの近くに村があったはずだが…」
「おや?土地勘があるのかい?」
「昔少しなァ…」
「そうかそうか。しかしこの辺りに村は無い、今晩は儂の家に泊まってけ?そうじゃないと野宿になってしまうでの」
「…お言葉に甘えさせてもらうかァ」
確かこの辺りのはずだったんだがなァ…。
老人に導かれるまま山の麓にある小屋へ辿り着いた。
荷車から野菜を降ろすのを手伝い、小川で今晩使う野菜を洗い、ついでに水を汲み、家に入る。
「爺さんはココに独りで住ンでんのか?」
「あぁ、妻には病で先立たれてな」
「子供は?」
「息子夫婦が近くの村に住んでおったよ」
過去形かよ。
「てかやっぱり近くに村があるんじゃねェか」
「あったんじゃよ、今はもう無い」
「…魔物にでも滅ばされたか?」
「いや野盗が攻めて来ての、数年前に滅んだわい」
「そいつァ…、寂しいなァ」
「あぁ、寂しいのぅ。でも孫が王都で働いておるんじゃよ」
「孫のトコには行かねェのかよ」
「迷惑をかけたくないからの。こんな年寄りが傍におっては嫁入り先も見つからんしのう」
「なるほどなァ」
「さぁて、出来たぞ」
爺さんが焼いたパンと野菜を煮込んだスープを食べる。
「美味しいかい?」
こちらをニコニコしながら見ている。
「あァ…まァまァだな」
「そうかそうか、このスープは妻に作り方を教えて貰ったんじゃよ」
「ほォ…」
爺さんに使って無い敷物を貰い床にごろんと横になる。
まァ、別に急いでる訳じャないしな。
深夜、周囲の気配で目を覚ます。
近くの村に盗賊が巣くってるとか言ってたな、
大方、昼間俺が爺さんと合流して歩いてたのを見られたんだろうなァ…。
昼間襲う勇気はどうやら無かったらしい。
ムクりと身体を起こし、翡翠色の剣だけを手に爺さんを起こさない様、そっと家の外に出た。
敵は6人ほどだろうか。
松明を持っているから的が分かりやすくて有り難い。
俺は『暴風剣ヴェントルナード』を鞘から抜き、松明の明かり目掛けて『ヒュンッ!』とその細い刀身を振った。
松明を手にした野盗が風の刃に切り刻まれ、血だるまになって自身の流した血の海に倒れる。
「な、なんだ!?」
「オイ!どうした!」
もう一人の野盗が血の池に落とされた松明へと近づく、だが俺が手首だけで細剣をもう一度『ヒュッ』と振ると仲間を心配した野盗も風の刃に切り刻まれた。
「くっ!おいお前ら!!相手は目が覚めてるぞ!突撃しろ!!アーティファクト持ちだ!!!」
リーダーらしき男の掛け声と共に残りの松明がこちらの方に当たりをつけ、駆け寄って来る。
だが遅い、遅すぎる。
『ビュウンッ!』と音を立てながら俺は翡翠色の細剣を横に薙いだ。
大きな不可視の風の刃が3人の野盗に襲い掛かり全員が腹から内臓を溢して倒れた。
流石に胴を輪切りにするほどの威力は無い。
だが軽装の相手や、一対多の集団戦闘でその効果は凄まじい。
「おい!動くな!」
まだ残っていやがったのかと振り返る。
野盗が松明を持った腕で爺さんの首を絞め、もう片方の手で剣をその首に突きつけていた。
「その剣を置いて後ろに下がれ」
「昨日今日あった爺さんの為に俺様がそんな要求飲むと思ってンのかてめェ?」
「くっ…」
飯と寝床の恩がある、爺さんは助けてやりたいが、野盗に剣を渡すとなると話は別だ。
俺がスッ…と細剣を構えると野盗は絶望した表情をその顔に浮かべた。
しかし対照的に爺さんは人質になっているというのに優しい顔をしてぼそりと言った。
「やりなさい…」
は?何言ってんだこの爺さん。
「息子夫婦は儂と孫を逃がす為に犠牲になった…、これ以上若者の足引っ張りたくない…やりなさい…」
爺さんは優しく微笑みながらそう言った。
「糞がっ!」
人質にならない事を理解したのだろう、野盗は爺さんをこちらへ突き飛ばすと爺さんの背中目掛けてその剣を振り下ろした。
チッ、胸糞悪ィ…。
爺さんが倒れた今、俺と野盗とを隔てる物は最早存在しない。
俺は最後の野盗目掛けてその翡翠色の細剣を振った。
「おい、爺さん。生きてるか?」
「あぁ、野盗は、倒したようじゃのぅ…」
「悪かったなァ。俺が爺さんの家になんてついて来なきゃ多分今夜の事は無かった、俺のせいだ」
爺さんが震える腕を伸ばして俺の頬を撫でた。
「こうなると、分かっていても、儂はお前に声をかけていたよ…。お帰り、ゲイル…大きくなったね…」
名前を呼ばれて、目を見開いた。
なんで忘れていたのか、この爺さんは俺の故郷の集落、その隅で婆さんと二人暮らしをしていた、俺の祖父だ。
「すまねェ、名前呼ばれるまで気付いちゃいなかった、爺ちゃんだったのか…」
「最後に会ったのは、10年以上前じゃから、仕方ないよ…」
「でも爺ちゃんは俺の顔を見てすぐわかったんだろ?」
「孫の顔じゃからな…」
「最後に何か、言い残した事はあるか?」
「王都に居る孫は、お前の妹じゃ…。お前の、最後の肉親じゃ…力になってやっておくれ…」
確かに俺には妹がいた、村を飛び出した頃に妹は3歳くらいだったろうか。
「わかった」
最後にそう伝えると俺の頬を優しく撫でていた爺ちゃんの腕がだらんと垂れた。
爺ちゃんの息子夫婦は野盗に襲われて死んだと言っていたな。
つまりは俺の親だ。
家業を継がずに村を飛び出してもう15年ほどになるだろうか…。
喧嘩別れしたままだったから皇帝を殺した魔族を探すついでにその面を拝んでやろうと思ってたのによォ…。
翌朝、黒金のグリーブを履き、翡翠の細剣を腰に下げ、溶岩石の様な棒を括り付けた背嚢を背負って爺ちゃんの墓に挨拶を済ませてから山の麓の小屋を出発する。
王都へ向かう前に用事が出来た。
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記憶の中の景色を頼りにようやく生まれ故郷に着いた。
こんなに小さな集落だったろうか?
集落の中は記憶の中とはずいぶん違っていた。
記憶にない新しい家もいくつかあるが、それよりも記憶にあったはずの壊れた家の方が多い。
村長の家へと向かうと野盗たちが集まっていた。
なるほどなァ、昨日の夜襲に来た奴らが戻らねェってんで全員で様子見に行く準備でもしてたのか。
「おい」
「なんだてめェ?」
「どこから来やがった!」
「綺麗な剣さげてやがるな、殺されたく無きゃその装備を置いてけ」
声をかけるとすぐに野盗たちが取り囲んで来た。
だがこいつらと会話する気は無い。
正面の野盗に向けて蹴りを繰り出した。
黒金のグリーブに包まれた俺の蹴りが野盗に当たった直後、爆散する。
凄まじい爆発音と共に肉片が飛び散り、正面の野盗たちに降り注いだ。
「な…何しやがったてめぇ…」
「『轟音靴フラゴール』、アーティファクトだァ。その効果は爆発」
簡単に説明し、すかさず左後ろの野盗に後ろ蹴りを放つ。
『ズドンッ!!』と言う大砲の様な音と共に集落の外まで人間だった物が吹き飛んだ。
「あ、足を使わせるな!」
野盗たちが距離を取り、慌てて弓を取り出そうとしているがあまりにも遅い。
俺は腰の翡翠色の剣を『ビュンッ!』と振った。
ただそれだけで野盗たちが体を切り刻まれて地面に倒れ、足を毟った虫の様に血を流しながらもがいていた。
「テメェがこの野盗たちのボスだな?」
全身に裂傷を負っているが、他の野盗たちより多少マシな装備を着ていたおかげで放って置いてもくたばりそうにない男に向かって問いかけた。
「お、俺達が何したってんだ…!!」
「何したってェ?くっくっく…教えてやるよォ、ここはなァ、俺の故郷だァ!!」
俺は背嚢に括り付けた溶岩石の様な鞘から『岩漿剣ラーヴァ』を引き抜く。
「地獄のマグマに焼かれて死に晒せ」
岩漿剣を野盗のボスに振り下ろすと男はとっさに持っていた剣を掲げて鍔迫り合いで受けた。
だがラーヴァに触れた男の剣は一瞬で赤熱し始める、この剣を受け止めるというのは自殺行為だ。
鋼鉄の融点に達しないとはいえ、もはや鍔迫り合い出来るような状態では無い。
押し込むと野盗のボスの剣はぐにゃりと曲がり、その切っ先が男の身体に触れた途端、男の着ていた服は燃え上がった。
そのまま剣を地面に到達するまで男の身体に突き立てる。
突き立てられた『岩漿剣ラーヴァ』により地面がぐつぐつと沸騰し、真っ黒になってもまだ燃える野盗のボスをゲイル・ランページは無表情でじっと眺めていた。
親父とお袋、そして爺ちゃんの仇はこれで討てた。
さァて、妹の顔でも見に行くかァ…。
岩漿剣ラーヴァ 溶岩石の鞘に収まる燃え滾るマグマの剣。
刃に触れる物は岩も鉄も砂も全て熱で溶解する。
暴風剣ヴェントルナード 翡翠色の細剣。振れば刃の嵐が発生し、敵を斬り刻む。
集団、軽装の相手に効果抜群。
轟音靴フラゴール 見た目は黒金のグリーブ。
足裏や脛など、蹴りから指向性の爆発が発生する。




