第107話
遺跡内で戦闘を終え、巨大遺跡を歩いて外に出ると、空はすでに白み始めていた。
オレはベルゼの死体をクリヴァールの穂先に引っ掛けて運び、ルキアは褐色の肌の女を背負って運ぶ。
「戻ったぞ。サニティア、ライチャス」
馬車へ向かって声を掛けてやると、中から二人が出て来た。
「勝ったのか…?その死体は…!!」
「お疲れ様です、ゼノ様、ルキアさん」
二人は一睡もしていなかったのだろう、顔色があまり良くない。
まぁこの状況で留守番させられて眠れる訳がないか。
「ちゃんと倒して来たぞ、ほら」
クリヴァールに突き刺したベルゼの死体をライチャスへと突き出して披露してやると仰け反って驚いていた。
「ルキアさん、そちらの女性は?」
「中で捕らえられていた人間です」
「サニティア、この女何か様子がおかしかった。解毒や混乱を解除する魔法使えたよな?疲れている所悪いんだが診てもらってもいいか?多分このままだと、目を覚ましたらまた暴れ出す」
「は、はい!わかりました!!」
ルキアが背負う女を馬車に運び入れ、ライチャスとサニティアも馬車の荷台へと戻らせる。
オレは頭部が潰れて左前腕と下半身を失ったベルゼの体を討伐成功の証拠品として樽に詰め、馬車の荷台へ転がした。
「さて、長居は無用だ。ルマロスに帰るぞ」
御者台に座るルキアへと指示を出す。
荷台の褐色の女を見張るべきかと思ったが、サニティア曰く薬や魔法での混乱ならほぼ確実に治せるとの事なのでオレはルキアと共に御者台に並んで座った。
もう少し遺跡の中を見て回りたかったが、中の遺物は全てライチャスがブロムへと献上しリチュアル家の物となる事が決定しているのでネコババしたりはしない。
ちなみにベルゼの持っていた『光子剣ソルケイン』だけはライチャスにくれてやった。
その性能は周囲の魔力や陽光のエネルギーをゆっくりと膨大な量蓄え、使用者の意思で刀身?に纏わせる事が出来る代物だった。
杖自体が凄まじい魔力を貯蔵出来る物だったのだ。通りで魔力を持たないハエ野郎でも扱えた訳である…。
ミラの時代から蓄えられたエネルギーは凄まじい物で、当てさえすれば魔王や竜、魔神にすら届きうるかもしれないが正直未知数である。
「いやぁ、今回の冒険も楽しかったなぁ…」
「えぇ…?結構ピンチだったような…」
隣のルキアにジト目で見られる。
「それが楽しかったんじゃないか、ははは」
オレ達四人を乗せた馬車がルマロスへと向けて出発した。
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夜が明け始めた頃、岩山の遺跡入り口を見つめる者がいた。
赤銅の外骨格の覆われた全身甲冑の様な見た目の怪人、ケエファである。
「ベルゼ殿ハ身罷ラレタカ…」
感情の読めない虫の顔ではあったがその声には寂寥を含んでいる。
「隻眼ニ隻腕、ソシテ狭イ屋内、ベルゼ殿ハコノ結果ヲ分カッテオラレタダロウニ…」
甲虫の巨人が、片腕で抱いていた巨大な卵鞘を無意識に鉤爪の手で撫でる。
「アノ人間ノ雌ニ産マセタ子、タダノジャイアントフライダッタ時点デ、ベルゼ殿ハ己ガ未来ニ悲観シ自棄ニナッテオラレタノヤモ知レヌナ…。失敗作、カ…」
寂しい独り言が山に吹く風に掻き消されて消えて行く。
「俺モ同ジ失敗作。子孫モ残セズ、管理スル創造者モ居ラズ、目的モ無ク、タダ戦ウ事シカ知ラヌ失敗作ダ…」
『王を頼みますよ』『縁起でもありませんねぇ。ほっほっほ…』『えぇ、また後で…』
最後に交わしたベルゼとの会話を思い出す。
「ベルゼ殿ニ託サレタ王。コレダケダ、コノ御方ダケガ…、俺ニ残サレタ生キル理由…」
腕の中の卵鞘をしっかりと抱え直し、赤銅の巨人が遺跡に背を向けて歩き出した。
「唯一ノ『成功作』トサレタ、コノ御方ガ孵ル、ソノ日マデ…」
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ルマロス北西、低い山の連なる谷合の旧街道。
昔は山を越えてクレア王国とベスティア獣人国を繋ぐ街道があったのだが、ルマロスになってからは使われなくなって久しく、立ち入り禁止の遺跡が発見されてからは街道のあった名残だけを残す川沿いの旧街道に三人の兵士が居た。
「この辺りで待ち伏せるか」
「そうだな、ルマロスを目指すならこの場所を必ず通る筈だ、それに少し古いがライチャス様が通った轍が付いている」
朝、夜明けと共にルマロスを出発しもう太陽は真上にある。
「何日くらい待てば良いんだろうな?」
「三日くらいじゃねぇのか?立ち入り禁止の遺跡がある山はルマロスから二日かからないんだろ?」
「ライチャス様達が城を出られたのは一昨日の朝だ。昨日か、今日の朝には遺跡に辿り着いているだろう」
「こんな所であと二泊も三泊もすんのかよぉ…?」
「まぁまぁ、金貨四枚の為だ」
「早ければ今日の夕刻にもここへ戻って来られるかもしれんな…、野営の準備をするぞ!」
『へーい』と気の抜けた返事を返す同僚二人と共に天幕を張る作業に取り掛かる。
「ライチャス様、死んでるといいなぁ」
「何でだよ?」
「だって殺さずに済むじゃねぇか」
「馬鹿だなぁお前、キョーノス様が言ってたろ?ライチャス様の『耳』無しなら追加の四枚は無いんだぞ?」
「あ、そっか…」
まさかライチャスの死亡確認もせずにキャンプして帰って来るだけで一人金貨五枚も貰える訳ないだろうと呆れた顔を向けられる。
「アトラもな」
「あぁ、そりゃいけねぇ」
「そもそもライチャス様は戻って来るのかねぇ、腕利きの冒険者が十人で挑んで一人も返って来なかったんだろう?」
「逃げ帰ってくるんじゃねぇか?」
「ライチャス様が連れ立ったっていうガキと女二人は何者だ?」
「さーな、凄腕の魔法使いとか?」
「俺等でそいつら殺れんのか?」
「殺すのはライチャス様だけなんだから問題無いだろ、何なら金でも握らせて仲間に引き込めばいい」
「お、お前頭良いねぇ!」
「なぁ、ライチャス様仕留めたらトドメ刺したのは俺って事にしてくれねぇか?」
「「ふざけんな」」
残りの二人が同時に突っ込む。
「頼むよぉ、報酬の金貨四枚から二枚ずつやるからよぉ」
「駄目だな、アトラの器量なら街に立たせてももっと稼げる」
「なんだよー、金目当てかよー。俺は金じゃなくてアトラが欲しいんだよぉ」
「ははは、お前ブロム様に『輪姦していいぞ』って言われた時一番最後までヤってたもんな」
「しっかしなんでアトラは奴隷解放された後もリチュアル家に仕えてんだろうなぁ」
「知らね、手に入れたら直接聞いてみろよ」
長閑な昼下がり、兵士三人がだらだらと作業しながら雑談に興じており、誰一人としてこの暗殺計画が失敗するとは思ってもいなかった。
そもそもライチャスがこの野営地に戻って来るのかさえ怪しいのだ。
「トドメって言うけど三人で一斉に切りかかるんだろ?誰がトドメ刺したかなんてわからなくねぇか?」
「確かにな」
「誰がライチャス様を襲うか決めようぜ」
「一対一は厳しくねーか?坊ちゃんってあんな風だが剣も頭も並以上だろ」
「腐っても公爵家の長男だしな、俺等とは受けて来た教育が違ぇ」
「寝込み襲えば余裕だろう?」
「なー、俺考えたんだけどさぁ。いっそライチャス様に全部話すっつーのはどうだ?」
「何言ってんだお前…」
同僚二人が心底呆れた顔で仲間の兵士を見る。
「だからさぁ、ライチャス様に頼んでよぉ、耳と髪を少し分けて貰うんだよ」
「耳を少しって何だよ…、やっぱ馬鹿だなお前」
「そうかなぁ暗殺されるよりマシだと思うんだがなぁ…」
「『ライチャス様は今暗殺されそうになってます、身分も何もかも捨てて耳を置いてどこかへ逃げて下さい』ってか?」
「そうそう!」
「ばーか」
へっへっへとふざけた笑いが帰って来る。
「ライチャス様ってなんであの遺跡に挑んでんだ?」
「知らねぇ、家督を継ぐ実績作りじゃないのか?」
「貴族ってのは大変だねぇ」
「誰が一番手か、いつも通りにカードで決めよう、仲良くな。俺達いつもそうして来ただろう?」
「最初の一人が失敗したら?」
「その時は残った二人が加勢して三人がかりで一斉に襲い掛かろう」
「おーけぃ。ん?その場合アトラの所有権はどうなるんだぁ?」
「俺達三人でも穴は足りてるだろ」
「違いねぇや!」
天幕の設営も途中だと言うのに、三人は青空の下で暢気にカード勝負を始め出した。
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来る時にも通った旧街道、その荒れた道を走鳥の牽く一台の馬車が進んでいく。
恐らく親玉であるベルゼが死んだ為か、行きでは何度も蠅型の魔物に襲われた道も、帰りは嘘の様に万事順調であった。
「ゼノ、今どの辺りだ?」
裏の幌に覆われた荷台からライチャスが声を掛けて来る。
「六割ほど戻って来たかな。どうする?夜通し走れば朝にはルマロスに着けるぜ?そうだよなルキア?」
「そうですね。このまま走れば夜明けにはルマロスへ着けるかと思います。もう少し進んだ所で野営して明日の朝出発すれば昼にルマロスに着くくらいですかねぇ?」
「別に一日急いだ所で何も変わらないし、行き同様、一晩休息を取ろうか。走らせっぱなしの走鳥も休ませてやりたいし、それに彼女も心配だしね」
「あいよ」
彼女とは荷台のファムという褐色の肌の女の事だ。
三時間ほど前に一度目覚めた後、オレやルキアを見て少し混乱し取り乱していたがオレ達があのハエ野郎から救い出した事を説明した後、今は落ち着いてまた眠っている。
サニティアの魔法に依って汚染されていた精神も体も完璧に治っているようだったが、どうやらハエ野郎に捕らえられて遺跡に運ばれた後の、正気では無かった期間の記憶が抜け落ちている様だった。
それでいい、蠅の化物に犯されてウジ虫の我が子を愛でていた記憶など無くなった方がマシである。
勿論サニティアに頼んで体内にウジ虫が残っていないかも確認済みである。
恐らくはルマロスのシェクルト支部に預ける事となるだろう。
「ライチャスとサニティアもしっかり休んでおけよー?」
裏の荷台に声を掛ける。
「いや、ゼノとルキアさんこそ休むべきでは…?」
「オレ達は人間じゃないから二日三日寝て無いくらい何の問題もねぇよ」
「そうか、私達人間とはやはり体の丈夫さが全然違うな…」
「魔族は別に毎晩寝る必要すらないからな。風邪だって数十年に一度引くかどうか、猛吹雪の中でも炎天下でも何も変わらん」
「はは、ルマロスの辺りは雪が少ないとはいえ、これから冬が来るからそう聞くと少し羨ましいな。ゼノ達はこの後クレア王国に戻るのか?」
「一応その予定だが?」
「そうか、実は王都のクレア学園には僕の末の弟が在籍していてね。といっても歳が五つも離れているから碌に話した事は無いんだが…、もし出会う事があったら気にかけてやってくれ」
公爵家の三男って事か、伯爵でもある神槍カエラムの娘シアが学園に通ってるから何か知ってるかもな。
「約束は出来ないな。オレは誰かの兄弟や親、子供だからと言って贔屓はしない。そいつ自身の人となり、個人として見る。身分も生まれも考慮しない」
「ははは…、ゼノらしいな…」
「あ…?お前の弟のあの肉団子は?あいつは学園通ってないのか?」
確か出会った時にライチャスは学園を若くして卒業した事を誇っていた気がする。
あの肉団子の弟は?行ってないのか?
「あぁ、一応ちゃんと卒業してるよ。クレア学園は文武のどちらかを修めれば卒業出来るからね。ちなみに僕は二年前に両方履修してるよ」
ちょっと得意気な声が裏から聞こえる。
なるほどな、あの肉団子は戦闘実技の方は途中で出て来たのか。
「ライチャス、末の弟とやら知らんがお前の弟の肉団子と父親の黒髭の評価は今の所最低だ。前世の俺ならとっくに殺しているぞ、あれ」
裏からライチャスの苦笑いが聞こえて来た。
「殺しちゃダメですよー?」
「そうは言うがなルキア、世の中には死んだ方が良い奴もいるんだぞ?」
「どうやって決めるんですかそれ…」
隣のルキアがジト目で見て来る。
「気分だな」
「自由ですねぇ」
「『何物にも縛られない』を目標に今世を楽しんでいるからな」
御者台の後ろからライチャスの『羨ましいな…』という独り言が聞こえたが無視しておいた。
お前だってあの髭親父を殺すなり、アトラを連れて国を出るなり自由に生きてみればいいのだ、サニティアだって自分で選んであのレスティアスを出ている。
ま、あのアトラとかいう女がルマロスや公爵家を捨てたライチャスに付いて来るとは到底思えないが。
オレはあの晩餐の夜、城の胸壁で出会ったアトラを思い出していた。
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そろそろ日も傾き始めて来た頃、ファムとかいう元女盗賊がまた目を覚ました。
と言っても特に声を掛ける事も無いのでオレもルキアも振り返る事すらしない。
「ねぇ、アンタ。ねぇってば。おい、アンタだよ」
無視する、オレの名前はオイでは無い。
「聞こえてるんでしょ?名前分かんないんだよ」
「…そう言えば名乗って無かったか、オレはゼノ。隣の美人はルキア、後ろの育ちが良さそうな少年がライチャスで少女はサニティアだ」
五月蠅いので名前を教えてやる。
まぁ聞きたい事もあったしな…。
「へぇ、ゼノって言うんだ」
「気安いな、まぁ別に構わないが」
「二度も助けてくれてありがとうね」
「あ?あぁ、一度目は助けたというか見逃してやったんだが…。あの時のツレはどうした?」
隣のルキアが『ちょっと、ゼノ様…』と肘で突いて来る。
「殺されたよ」
「ベルゼにか?」
「ベルゼ?」
御者台から後ろを振り返って聞くと女が『誰だいそれ?』と首を傾げていた。
「二足歩行の珍しいハエの名前だ」
「あぁ、違うよ。カブトムシだ」
「カブトムシ…」
そんな奴は遺跡やその周辺で見てはいない。
「どういう経緯でお前はあの遺跡に居た?話せ」
女が斜め上を見ながら『えーっと…』と必死に思い出そうとしている。
ちなみにサニティアはお疲れだったのだろう、荷台の縁に沿うように毛布に包まって仮眠を取っている様だ。
ライチャスは荷台の最後方で縁を背もたれにし、こちらに口を挟まずオレとファムの会話を大人しく聞いている様だった。
「アンタ達三人に見逃してもらった日の夕暮れ、変な奴に出会ったんだよ」
「おかしな帽子を被った片言の仮面の巨漢か?」
「何だい、アンタ見た事あったのかい…?」
「お前らに襲われる前に出会った。それでどうした?」
「ベイト。アンタに目を潰されたアタシの相棒が喧嘩っ早くてね、おかしな帽子を被ったそいつの頭を両手剣でもって仮面が半分割れる程の一撃をお見舞いしちまったのさ」
無言で続きを促す。
「それでくたばったと思ってたんだけどね、そいつは死んでなんかいなかった。顔が半分割られたままベイトの首を後ろから一刀両断さ。そこで恥ずかしい事にアタシは気絶しちまってね。気付いた時は簀巻きにされて奴に担がれてたよ」
「それがカブトムシ?」
「あぁ、あの変な帽子の中身も仮面の下も立派な角。顔は首元にあったんじゃないかな」
「最後にそいつを見たのは…、あぁ覚えてないんだったか」
「すまないね。ハエ野郎がいる遺跡に運ばれた辺りから記憶がどうも…」
「無理に思い出さなくても良い、充分だ」
ベルゼの相方のカブトムシとやらは間違いなく奴と同じ様に生み出された蟲人型の化物だろう。
あのハエ野郎を遺跡に残してどこに行ったのだろう?
会話した感じではベルゼよりも話が分かりそうな奴だったが…。
「なぁ、ゼノ」
黙っていたライチャスが口を開く。
「そのベルゼの仲間とやらを僕たちは倒してないんだが、本当にあの遺跡の脅威は取り除けたのだろうか…?」
「多分なー」
「多分、って…」
オレの適当な返事にライチャスが言葉を詰まらせる。
「もしまだ近くに潜伏していたり戦う気があったのなら、オレとルキアがベルゼと戦闘中に加勢に現れたり、お前達留守番組を襲ったと思う」
「確かに…」
「ファムの話も先に襲い掛かったのはどうやらツレの男の様だしな。先に斬りかかってなきゃ何も起こらなかったんじゃないか?現にオレとルキアとサニティアは、そのカブトムシの怪人に出会っているが一晩一緒に過ごして襲われていない」
「ベルゼと仲間割れでもしたのだろうか?」
「さぁな、ただ少し話した感じでは好戦的には見えなかった。不安か?」
「そりゃ、まぁ…」
「もし城の兵士や冒険者を遺跡に潜らせるなら『カブトムシの怪人には手を出すな』とでも周知させておけば命の危険までは無いと思うが…。あぁ、あの髭親父が『それでは遺跡の脅威を排除したとは言えん!』とか文句言いかねないか?よし、カブトムシの件は黙っておこう」
「良いのかそれで…」
「別に良いだろ、もしカブトムシの怪人が現れたら新手って事にしちまえよ」
「良いのかなぁ…」
ライチャスが釈然としない顔をしている、真面目だなぁ…。
今からあそこに戻ってカブトムシ探しなんてオレは付き合わないぞ?




