第106話
そこはガラス製の大きな円柱が何本か並んだ少し大きな部屋だった。
部屋の隅では焚き火の跡が残っており、薪も積まれている。
そして部屋の中央にはベルゼが椅子に腰かけて銀色の杖を付き、こちらを真っすぐに見据えて待っていた。
「ほっほっほ。初めまして、ではないですね?そちらの少年が『ゼノ』ですか?」
オレとルキアはもう姿を偽る理由も無いので指輪を外している。
「正解だ、虫なのに人の見分けがつくなんて偉いじゃないか。オレはハエのオスもメスも分かんねぇぞ」
「…そちらの女性は?」
オレの挑発を無視してベルゼが銀の杖の先をルキアへと向ける。
「ルキアだよ、お前が爆散させた」
「何を言っているんです…?」
「ま、信じなくても良い。どうせお前はここで死ぬ」
ベルゼの仲間が潜んでいないか部屋の中に視線を走らせて確認したオレは、部屋の隅でその視線を止止めた。
そこにはくすんだ金髪の褐色の肌の女が丸まっていた。
よく見てみると小型犬ほどもある巨大なウジをその胸に抱いている。
「その女は誰だ?」
「あぁ、気にしないでください」
オレの質問にベルゼが女の方を向く事も無く答える。
ベルゼの仲間の化物には見えない、どう見ても普通の人間の女だ。
「ゼノ様、あの女性…」
ルキアが何かに気付いたようだ。
「どうした?」
「あの女性、フォルクヴァングからルマロスへ向かう際に出会った男女の野盗の片割れです…」
ルキアに言われて森の中で片目を潰してやった男と、命乞いをするから見逃してやった二人組の野盗をオレは思い出していた。
「ん?その声は…、まさか、本当に…?」
ルキアの声を聴いたベルゼが戸惑っている。
オレはオレで、何故見逃してやった女盗賊がこんな所でウジ虫を抱いてるんだ…?と疑問が頭に浮かんでいた。
あの盗賊に出会う前、道中で薪に火を点けてやった煙突帽の巨漢の怪人をついでに思い出す。
見逃してやった野盗達はルドラへ行くとか言っていた気がする。
ならばオレ達と反対方向、フォルクヴァングに進んだはずだ。間違いなくあの焚き火に当たって暖を取っていた怪人と出くわしているだろう。
考えながら部屋の中にある焚き火の跡へと視線を向ける。
「なぁ、ベルゼ」
「何でしょう?遺言ですか?」
「お前一人か?」
「…ご覧の通り。あそこの人間の女を除けば私一人ですよ、ほっほっほ…」
女が抱いているウジ虫はてめぇの子だろ、カウントしねぇのか?というツッコミは話が逸れるので飲み込む。
「表の扉はお前が開いたのか?」
「変な人ですねぇ。これから死にゆくというのに、そんな事が気になるのですか。そうですよ、それが何か?」
「ふーん、お前の知り合いに煙突帽を被って面をつけた服のセンスが最悪な寒がりの巨漢はいるか?」
オレの問いにベルゼの動きがぴたりと止まる。
ルキアもオレの質問を聞いて部屋の隅の女がどうやってここへ連れて来られたのか気付いた様で、ハッとした表情をしていた。
「いる訳ないでしょう、そんなおかしな者。そもそも我々は人間と違い服を着る文化など持ち合わせていませんよ」
「我々は?」
「…。」
当たり、所詮は虫か。
「もう問答はいいでしょう?折角見逃してやったというのに…。愚かな魔族の子よ、貴方もあの仲間の様に散らせて差し上げますよ」
ベルゼがゆっくりと椅子から立ち上がり、片手で銀の杖を構える。
どうやら隣のルキアがその爆散させられた者とは別人だと思っている様だ。
まぁ、あの状態から蘇るなんて吸血鬼でも無いとあり得ないしな。
「勝てると思ってんのか?」
「そのままお返しします。私の動きを目で追う事すら出来ない貴方が私に勝てるとお思いですか?」
「試してみろよ」
煽った直後にベルゼの姿がブレて消える!
消えたと視認したと同時にオレの隣にいたルキアが雷魔法『サンダーボルト』を真後ろへ放つと、青白い雷撃の束の中で銀の杖を振りかぶるベルゼがそこにいた。
即座にベルゼとルキアの間へとサングイスを割り込ませてその一撃を食い止める!
鈍色のサングイスの刀身と銀杖が鍔迫り合い『バチバチ』と音を立てて火花が散る。
やはり腕力ではこちらが上なのだろう。オレがじりじりと片手のサングイスで銀杖を押し返し始めると、ベルゼが身を屈めて銀杖でサングイスを止めたまま、火花を散らす蛮刀の下を潜り込んで体を捻り、ルキアへと後ろ回し蹴りを放った。
視界の端に映るルキアが前腕で蹴りを受け止めるのが一瞬見えたが、蹴りの威力を殺し切れずにルキアが吹き飛び、焚き火の残骸の山にぶつかり、そのまま壁まで飛んで叩きつけられて止まる。
蹴りを受け止めたルキアの前腕がぐにゃりと曲がるのが一瞬見えた、折れてるなアレ…。
オレはすぐさま蹴りを放った姿勢で止まるベルゼへと左手のクリヴァールを振るうが、こちらに背を向けるベルゼへと振り下ろされた赤槍はその体を捕らえる事は出来ずに虚しく空を切る。
「背後からなら当たると思いましたか?ほっほ、当たりませんよ。遅すぎます」
悔しいが事実だ。
刃の切っ先を押し当てた状態で押し込んでも刺せるイメージが浮かばない…。
流石は魔力を捨ててまで開発されただけはある。
だがしかし、だ。
「随分と得意気じゃないか。お前の奇襲がルキアに防がれるのはこれで三度目だぞ?」
「…。」
「何故お前の奇襲が成功しないか理解出来ているか?」
「関係ありませんねぇ、依然として貴方達の攻撃を私に当たらないままですので。このままじわじわと嬲り殺すだけですよ」
「いいや、当たってるね。ルキアの放つ雷撃を受けて本当に無傷だとは思えないからな」
「…。」
指摘してやるとまたベルゼの姿がブレて掻き消え、直後に部屋の中に『バチィンッ!!』と閃光が瞬いた。
音の発生源へと視線を向けるとルキアが魔導力変換剣を両手で握ってベルゼの銀杖を吹き飛ばされた壁際で受け止めていた。
「な、何故!?貴女の腕は蹴りで砕いたはずッ!?」
どれほどの魔力をルキアは込めているのか、サングイスで受け止めた時よりも凄まじい火花を散らす魔導力変換剣をベルゼが片腕の銀杖で押す。
まずいな、力でベルゼにルキアは負けている。
「ゼノ様っ!この杖っ!切れませんっ!!」
いつぞやの卵型の戦闘鎧を切り裂いたルキアの魔力で刃を形成する魔導力変換剣を持ってしても、ベルゼの銀杖を切る事は叶わない様だ。
「ルキアッ!すまんッ!!」
謝罪を叫びながらオレはクリヴァールを横薙ぎに振るう!
扇状に発生した爆炎の波が、ルキアごとベルゼを包む込んだ直後、炎の壁の中から『ボッ』とベルゼが飛び出して片膝を付いて着地する。
遅れてルキアが火達磨になりながら炎の中から転がり出て来た。
「まさか…、仲間ごと…」
何か言っているベルゼに向けてオレは全速力で飛びかかりサングイスを振り下ろす!
『ギィィンッ!』と鈍い音を立て、ベルゼが片膝を付いたままの姿勢で銀杖を掲げてオレの一撃を受け止めた。
「ほぅ?何故今の攻撃を避けずに受け止めた?」
ベルゼからは毛髪を燃やした時と似た香りが漂っている。
片膝をついたままオレの蛮刀を受け止めるベルゼの体を観察すると、その全身に生えていた気色の悪い毛が焦げていた。
「分からなかったんだろ、お前。その全身に生えた毛で空気の流れでも読んでたのか?当たりか?」
「ほっほ…、だとしても私の速さに貴方達が劣っている事実は変わりませんよッ…!」
後ろへ飛ぶ事でオレのサングイスから逃れたベルゼが、少し離れた地点に瞬間移動したように現れる。
「言ったでしょう?こうやって高速で移動しながら、少しずつ貴方達を殺せば良いのです、この様にねッ!!」
ベルゼが言い終わると同時にクリヴァールを握るオレの左肩の肉が爆ぜ、血が飛び散る。
「ほら、対応出来ない。貴方達に勝ち目など無かったのです」
「もう一度やってみろ」
「はい…?」
「もう一度やってみろ、と言った」
「ほ、ほほほ、では、お望み通りにッ!!」
ベルゼの姿が消えた瞬間。
オレは体内の魔力を何の小細工もせずに全力で解き放った!
オレを中心に全方位へ向けて爆発させた魔力の波涛が『ドッ!!』と衝撃波を放ち、並んだガラスの円柱が砕け散り、床に積まれていた薪が崩れ、焚き火の残骸が撒き散らされる。
床に転がるルキアも、部屋の隅にいた褐色の肌の女も、そして空中でオレを襲おうとしていたベルゼも、皆等しく壁に叩きつけられた!
「なぁッ!?」
すぐさまオレは壁に叩きつけられたベルゼが床に落ちるよりも早く、奴目掛けてクリヴァールを振るう!
炎の波がまたもやベルゼの体を包み込み、その燃え上がる一画へと目掛けてオレは一回転しながら闘気を纏わせたサングイスを追撃で横薙ぎに払った!
放たれた斬撃が燃え上がる炎の壁を横一文字に断ち割り、その中からベルゼが転がる様に飛び出して来る。
「おっ…おぉ…ぉ……」
未だ残る右手で銀杖を握りしめたまま、ベルゼが煙を上げながら蹲る。
だが奴の左足は脛の辺りから先を失っていた。
炎の中では襲い来る闘気の刃を避ける事が出来なかったのだろう。
「く、糞が…、このっ…新人類たる…この…私が……」
「その足でまだやる気か?ベルゼ」
「この私がッ!負けるはずが無いッ!!」
ガバッと体を起こしたベルゼが片足で地面を蹴り、凄まじい速さで跳躍する!
片足となってようやくその移動する姿をこの眼で捕らえる事が出来た、その奴の圧倒的な移動速度に舌を巻く。
だが、同時に奴の選択にオレは勝利を確信して笑った。
ベルゼが壁に叩きつけられて片膝を付いていたルキアへ目掛けて飛び出したからだ。
「ほっ、ほっほっほ!さぁ!どうしますか!?この女ごと攻撃出来ますか!?」
ルキアの背中へと圧し掛かったベルゼが、その細長い右脚をルキアの腹へ回し、銀杖を握る右腕をルキアの右脇の下から回して彼女の首へと押し当てて笑う。
「ルキア、立て」
「はい…!」
その背にベルゼを背負ったまま、ルキアがよろよろと立ち上がる。
「何を…」
「お前、それだけ近付いて気付かないのか?」
「はい…?」
「さっきお前と共に炎に巻かれただろう?ルキア、どこにも火傷を負ってないぞ」
「そういえば…、何故…?」
「虫人の姿じゃないから嘘かと思ったんだろうが、そこのルキアは森でお前に爆散させられたルキアと同一人物だ」
「どう、いう…事、ですか…?」
「ルキアはな、不死身なんだよ」
表情が読めないが相当困惑しているベルゼを背負うルキアへと向けて、オレは闘気を込めたサングイスを横薙ぎに振った!
不可視の斬撃が飛び、ルキアとその背のベルゼを纏めて輪切りにする!!
ルキアは肋骨の下、ベルゼは腰の位置で両断され、二人が絡まる様に地面に崩れた。
すまない、ルキア。
思えば毎回こんな役回りをさせてしまっている気がする。
終わったら何かルキアに恩返しをしなくては…。
バラバラと地面に二人が落ちた後、『カラン…カラカラ…』と寂しい音を立ててベルゼが手にしていた銀杖が床を転がった。
床を転がる銀杖は、部屋の隅で潰れたウジ虫を虚ろな眼で見つめていた褐色の肌の女の足に当たってようやく止まる。
女が抱いていたウジ虫はオレが魔力を解放した時に叩きつけられて死んだのだろう。
「おぉぉ…ぉ…女ぁぁッ!!そのッ…その杖をッ…!私にィッ!!!」
下半身を失ったベルゼが右手一本でずりずりと床を這い、虚ろな眼をした褐色の女へと向かって手を伸ばす。
ベルゼの声に反応した女が、床に転がる銀杖を拾い、よろよろと立ち上がった。
「は、早くッ…!早く寄越しなさいッ…!!」
床を這うベルゼへと女が歩み寄り、銀杖を静かに振り上げた。
「へ…?」
そして女はベルゼの頭に銀杖叩きつけた。
頭部を潰された瞬間、ベルゼの伸ばした腕がビクッと一度だけ痙攣し、そしてぱたりと脱力して床に落ちる。
オレはそんな二人を横目にルキアへと駆け寄って、彼女の真っ二つになった下半身と上半身の傷口を急いで合わせていた。
「すまない、ルキア。毎回毎回…」
「いいえ、ゼノ様のお役に立てて何よりです…」
血を失い過ぎたのか血色の悪い顔で微笑むルキアに、申し訳なさで苦笑いしか返す事が出来ず、それを誤魔化すように頭を優しく撫でる。
「今回大活躍だったルキアには、終わったら何か褒美をやらないとな」
「え、本当ですか…?嬉しいです、何でも良いんですか?」
「善処する」
ルキアを労いつつ、背後から忍び寄り、振り下ろされた銀杖をオレは片手で受け止めた。
「何のつもりだ、女?」
「返して…」
「は?」
「私の赤ちゃんを返せぇぇぇッ!!!」
女が絶叫した直後、銀杖を掴んでいたオレの右手首から先が弾け飛んだ!
「返せぇぇぇぇッ!!!」
女が絶叫しながら杖を振り上げる。
オレは冷静に消失した右手を一瞥し、左手で圧縮した魔力を右肩越しに女の顔に向けて撃ち出した!
放たれた魔力弾が女の顎先を掠める様に撃ち抜き、一撃でその意識を刈り取る。
「殺さなかったんですね…」
床に倒れて意識を失う褐色の肌の女を見て、ルキアが独り言のように漏らした。
「殺すのはいつでも出来るしな。様子がおかしいし、サニティアに診せれば元に戻せるかもしれん」
「ゼノ様、丸くなりましたか?」
「どうだろう。ウジ虫とはいえ女の子供を殺めた詫び、かな」
一度は見逃した人間を殺す気になれなかっただけかもしれない、自分でも何故殺さなかったのか理由がよく分からなかった。
ルキアの言う通り丸くなってしまったのかもな。
「あ、ルキア。体が繋がったら首飾り貸してくれ」
消失した右手首を左手で掴んで止血し、ついでの様に頼むとルキアが少し笑った。
「別にサングイスで私を斬って頂いてもよろしいのですよ?」
「いや、いい。流石に悪い」
首飾りを借りればルキアは痛みを感じずに済むしな。
ケガをする度に『ちょっと斬らせてくれ』は流石のオレでも言わない。多分。
時と場合に依るか…。
戦闘中には普通に頼むもんな…。すまんルキア…。
今回戦闘で全然尻尾使わなかったなー、と思ったけど動きが早すぎる相手に槍も剣も何も当たらない状況だったわ。




