第101話
ライチャスがアトラを嫁にしたいと宣言した晩から二日後の早朝、オレ達は立ち入りが禁止されている例の遺跡とやらへ向けて出発しようとしていた。
「ライチャス様、本当にお供は連れて行かれないのですか?」
「うん、ゼノ達も居るしね」
ライチャスが晩餐で宣言をした翌日から早速オレ達は目的の遺跡の情報を得る為にギルドへ出向き、情報収集をさっさと済ませた後、昨日の内に街で旅の支度も完了させていた。
「では行ってくるよ、アトラ。必ず戻る、絶対に」
「はい、私もライチャス様の安全を祈っております」
アトラとライチャスが抱擁を交わす姿をルキアとサニティアと共に眺めていると、隣のルキアが『誰も、ブロム様すらも見送りに来られないのですね』と不満そうに呟いた。
「みたいだな。オレが信用されているのか、ライチャスがどうなっても良いと思っているのか…」
公爵家の長男が危険な地域に出立するというのに見送りはたった一人、アトラだけだったがライチャス本人は特に気にしていないらしい。
普通は盛大に送り出したりするもんじゃないのか?よく知らないが。
そんな事よりもオレは顔を真っ赤にして怒っていたブロム総督の妨害が無かった事が不気味だった。
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城の窓から旅立つ息子達一行をブロム総督が不機嫌そうに見下ろしていた。
「本当にアトラと兄上の結婚を許されるのですか、父上?」
「キョーノスか、そんな事を許す訳がなかろう…!」
隣へとやっと来たキョーノスがブロムと並んで窓からライチャス達を見下ろす。
「しかしあの子供が本当にクレア伝説の、魔王ジズを討伐したゼノ・アルマスであるならば…、遺跡周辺にどんな化物が潜んでいるかいるか知りませんが、遺跡の発見も踏破も成功させてしまいますよ?」
キョーノスが隣に立つブロムへと問い掛ける。
「ふん、儂は認めるなどとは一言も言っておらぬ。例え今回の遺跡調査と危険とやらの排除を成功させたとしても認めるつもりはない」
「大丈夫ですかね?兄上だけならそれで引っ込むでしょうが、ゼノが口を出してくるやもしれませんよ?」
抱擁を交わす息子とアトラを城の窓から眺め、ブロムが黒い顎髭を撫でながら馬鹿にしたように笑った。
「ふっ、すでに考えてある」
「流石は父上だ。一体どのような手を打たれるおつもりですか?」
「何、簡単な事よ。ライチャスにアトラを諦めさせれば良いのだ」
「ほぅ…、どうやって兄上を諦めさせるんです?」
尋ねるキョーノスを横目で見ながらブロムが愉し気に笑って答えた。
「アトラを公爵夫人に出来ぬ様にしてしまえば良いのだ。ライチャスが獣人を嫁にしたいなどと馬鹿な事を言った晩、罰としてメルカトにアトラを抱かせてやったわ」
「ぷっ、メルカトにですかぁ?はははっ、それはさぞ重かったでしょうねぇ」
犬に乗って腰を振る豚を想像したキョーノスが吹き出して笑う。
「昨夜は若い衛兵4人の相手をさせてやった。人の口に戸は立てられぬ、直にアトラもそこらの獣人売春婦と変わらず、誰にでも股を開く淫売だと噂が広まるだろう。そして日夜を問わず城の男を相手する便所に成り果てるだろうよ。アトラにもすでに『求められたら応じよ』と命じてある。ふふっ、とても嫁にするなどと言っておられなくなるであろうな」
「父上も中々冷酷な事をされますね…」
兄よりよほど残忍な性格のキョーノスといえども父の所業にそこまでするかと引いていた。
「兄上が知ったらどういう行動に出るか非常に楽しみですねぇ…」
「妾ならまだしも獣人を嫁になどと、寝ぼけた事をほざくあやつが悪いのだ。ライチャスはもうダメやもしれぬな…、この荒療治でも治らぬ様ならさっさと他の貴族相手に婿入りさせるしか無いかもしれん…」
公爵家の当主として冷酷に道具としてライチャスの別の使い道を探す算段をブロムは練り始めていた
「息子を誑かしたとか言ってアトラを処刑や放逐してしまえば早いでしょうに」
「…。」
「父上の案も素晴らしいですが、それよりあの獣人を僕に頂けませんか?」
「何だと…?まさかお前まであの雌犬に誑かされたのではあるまいな?」
キョーノスを見るブロムの眼が険しくなった。
「ご冗談を。住民のほとんどが獣人の元ベスティアを統べるなら握っておきたいでしょう?あの犬は。だから父上もその有用性を認めて飼っておられたのでは無いですか?総督の地位を手に入れる為に彼女の存在は役立ったはずですが?」
「目敏いな、気付いておったか」
苦々しく表情を歪めたブロムがキョーノスに向き直る。
「当然です。異人種を蔑んでおられる父上が突然拾って来た獣人が何の利用価値も無い訳ありませんし。その可能性に思い至ってすぐに調べましたよ。」
「アトラを欲しがるという事はそういう事か?」
ブロムがその覚悟を確かめる様にキョーノスを眼光で威圧する。
「えぇ、私の眼から見ても兄上は公爵家の当主が務まるような気質ではありませぬし」
当然だとばかりにキョーノスがゆっくり頷いた。
「そうか…。しかし、ならぬ」
ブロムがキョーノスの願いを切って捨てる。
「アレはリチュアル家の物だ、当主でも無い者においそれとくれてやる訳には行かぬ。それにアトラも当主以外には従わぬであろう」
「やはりダメですか」
奴隷から解放され、晴れて使用人となったアトラは自身の意思で目的があってリチュアル家当主に仕えている。その事はキョーノスも理解していた。
「ですがお止めにはなられないのですね?息子同士で争いを始めようとしているというのに」
「ふん、儂もリチュル家を継ぐ際に兄と弟を殺しておるわ。親兄弟も出し抜けずにリチュアル家の当主は務まらぬ」
「では、兄上が不在の間、アトラをお借りする事は出来ますか?」
キョーノスの要望にブロムが瞳を閉じて思案する。
『ライチャスの側仕えであったアトラをキョーノスへと変更させる、か…』
それならば総督府の兵共に汚させてアトラの価値を貶めさせ、公爵夫人に出来ぬ様にしてやるという罰も兼ねた自身の策の邪魔にはならないだろう。
『それにもしかするとアトラを取られたライチャスが化けるやもしれぬ…』
「それならば構わぬ、許可しよう。しかしそれはお前に何か得があるのか?」
「勿論です、父上。僕の見立て通りならばあの女は当主であれば例え兄上でなくとも誰でも構わないのでしょう?ならば僕でも良いはずだ。兄上が不在の間にどちらが当主に相応しいか分からせてやりますよ」
口の端を釣り上げて自信ありげに笑う息子にブロムが苦笑した。
「頼もしいな?」
「ご期待に添えるよう、精進致します」
へらへらした雰囲気を引っ込めたキョーノスが真面目な顔でブロムへと跪き頭を垂れた。
「あの女は獣人だが馬鹿では無い、ライチャスみたいに惑わされぬようくれぐれも気を付けよ。抱くなとは言わぬが寝所を共にして寝首を掻かれぬ様にな」
「分かっておりますとも。心配性だなぁ、父上は。私が犬相手に靡く訳がないでしょう?」
「ふ、そうだな。お前はライチャスとは違う」
「おや、兄上達が出発したようですよ?」
二頭立ての走鳥に牽かれた総督府が所有するクレア王国旗を棚引かせた馬車が、今まさに城門を潜って出て行く所だった。
「では父上、早速アトラを呼びつけてもよろしいですか?」
「うむ、アトラをここへ呼ぶが良い。あぁそれから、分かっておるだろうが戯れにでもアトラと子を成す事は許さぬぞ?それではライチャスと何も変わらんからな。アトラの狙いは…」
念には念を入れて息子に釘を刺す父にキョーノスが苦笑しながらその言葉の続きを引き継ぐ。
「わかっておりますよ、父上。リチュアル家を利用して今は無きベスティアを取り戻す事でしょう?」
「わかっておるなら良いのだ…」
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北側の関所からルマロスを出発し、ギルドで得た情報を頼りに北西を目指したオレ達は夕刻には想定の倍以上の距離を進んでいた。
「凄いね、まさかここまで進めるとは…。これなら明日には多分遺跡を見つけられるんじゃないかな」
野営の支度をしながらライチャスが辺りを見渡して感心するように零した。
「最初の、唯一の生還者?発見者?の情報がギルドに合ったおかげだな。その遺跡に挑んだ他の冒険者達と違って大まかな位置がすでに特定出来ているのが大きい」
「だとしても驚くべき速さだよ、魔物もほとんど出ないし」
「驚いたのはこっちだ、ライチャス。お前結構戦えるじゃないか」
道中ゴブリン五匹ほどの群れに襲われた際、ライチャスは一匹討ち取っていた。
「あはは、これでも一応学園は出ているからね。冒険者ならCくらいの実力あるつもりだよ」
「出会った時にギルドで机に剣を食い込ませてたから、もっとへっぽこかと思ったぜ」
「へっぽこって…、酷いなぁ…。まぁ確かに実戦経験は乏しい事は否定しないけれどね」
「充分だ、少しでも動ける奴とそうでない奴とではお守りの難易度が格段に変わる、助かる」
「お守りって…、まぁゼノからすれば僕なんか赤子も同然か」
ライチャスと焚き火を囲んで雑談していると小川で調理していたルキアとサニティアが戻って来て鍋を火に掛ける。
「あいつらまだついて来てんの?」
「はい、その様ですねー」
ルキアに確認すると予想通りの答えが返って来た。
「あいつらって?」
「街を出てから結構広めの距離をとって4,5人付いて来てるんだよなぁ」
「えぇ!?」
「声が大きい」
「ほ、本当かい?」
ライチャスが声を潜めて確認してる来る。
「おぅ、間違いない。人間だな」
「一体何が狙いだろう?父上の妨害とか?」
「それは無いな、ブロムはオレがゼノだと知っている。人間の刺客なんざ相手にならねぇよ。多分昨日ギルドで今目指している遺跡の情報を集めてたのを見ていた奴らがいたんだろう」
「なるほど…、横取りする気かな?」
「いや、おこぼれ狙いだろうな」
「なんで僕達に付いて来たんだろう…、女二人に子供二人、とても遺跡攻略できるパーティには見えないだろうに…」
「理由か?お前だよ、お前」
「え?僕かい…?」
オレに指差されたライチャスがキョトンとしている。
「公爵家の長男がお供の兵士も連れずに立ち入り禁止の遺跡の情報集めて出発したんだ、多分ルキア辺りが高位の魔法使いだとか思われてんだろうな」
「あぁ…、それで、付いて来てしまった冒険者をどするんだい?」
「何にも考えてねぇ。オレ達が遺跡の危険を払った後に残り物を狙う気か、途中でオレ達の背後から襲ってくるかで臨機応変だな」
「行き当たりばったりだなぁ…」
「不安か?今から行って殺してこようか?」
「いやいやいやっ!そこまではしなくていいっ!」
ちょっと小便みたいなノリで立ち上がりかけたオレをライチャスが慌てて制止した。
「ダメですよゼノ様、そんな軽く冒険者を殺めては…」
ルキアが呆れている、対面に座ったサニティアも苦笑いをしていた。
「クレア王国で数人の冒険者を返り討ちにしてお咎めが無かったのは、ゼノ様が剣聖様の弟子だったのと、依頼主の男が全部白状したからなんですよ?普通は賞金掛けられちゃいますからね?」
「おー、面白そうだな。寝てても強い奴が向こうからやって来てくれるのか?そいつぁいいや」
「もぉ…、ゼノ様のレベルなら七星が出張って来ちゃいますって…」
それは勘弁願いたい。
転生してからここ数か月で身長も数センチ伸び、明らかに強くなっている実感はあるのだが、まだ前世のレベルには遠いしな。
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夜更け過ぎ、城の一室。
乱れたシーツの上でアトラが大の字で横たわり、先ほどまでの情事を思い出して薄く笑っていた。
『躾』だの『分からせてやる』だのと息巻いていた少年があっという間に形勢逆転され、父親に釘を刺されていただろうに堪え切れず何度も中で果てた上に『父上には言うなよ!』と捨て台詞を吐いて敗走して行ったからだ。
彼女にとって、別にライチャスでなくとも良かった。
ただ純朴で御しやすかっただけだ。
溢れて零れて内腿を伝い、尻と尾を汚す。気持ち悪い。
キョーノスでも構わない。
どちらでも良い。
手を伸ばして触れてみると、ぐちゅりと鬱陶しく指に絡みついた。
公爵家では無いメルカトは勿論、名も知らぬ兵士でも構わなかった。
利用できるのならば誰でも良かった。
手を翳すと魔力灯に照らされて、濡れる指がてらてらと汚く光ってみせた。
指をぺろりと舐めたアトラは、回り始めた歯車にほくそ笑んでいた。




