第100話
ライチャスと共に風呂を済ませた後、彼の服を借りて部屋に戻るとすでに夕食の準備が終わっているらしく、ルキアとサニティアが寛ぎながらオレを待っていた。
「ルマロスの料理ってどんな感じなんですかねー?」
サニティアが少し上機嫌で尋ねて来るが、オレとルキアはその答えを持ち合わせていない。
「オレは前に来た時にこの国で食事を取らなかったからなぁ、前世でも来た事は無いし」
「私はベスティア時代の物なら分かるんですが…」
「多分クレア王国と大差ないぞ、ルマロス時代なんて10年ほどしかないし国をベスティアから奪った奴がクレア王国人だったんだから」
「なるほど?」
獣人達の食文化を知らないので、むしろオレはルキアの言うベスティア時代の方が気になる。
ルキアとサニティアと共に与えられた部屋を出ると侍女が廊下で待機しており、案内されて食堂へ向かった。
エントランスホールの正面奥、謁見の間へ続く階段の下へ通されると長い机の最奥上座にはすでにブロム総督が座っており、ブロムの右にライチャス左にキョーノスが、そしてキョーノスの隣には見た事あるような、無いような小太りの男が座っていた。
どこに座ればいいのか迷っていると、侍女がライチャスの隣の椅子を引いたので導かれるままオレとルキアとサニティアで並んで座る。
アトラは席に着かず、侍女達と同じく壁際に立っていた。
特に食前の祈りなども無く、まぁオレは魔族なので神になど祈らないのだが、雑談すらないまま料理が来るのを待つ事になりそうだった。
「(対面のオッサンは誰だ?)」
小声で隣のライチャスに聞く。
「(彼はメルカト。父の古い知り合いみたいでね。ルマロス帝国時代から広い人脈を持っていてこの国がクレア王国領になった今、総督府に助力して頂いているのさ)」
「(へー)」
ライチャスに教えられ、机を挟んだ対面にいるメルカトとかいうオッサンに視線を戻すと青い顔をしていた。
血の気が引いた顔でオレの顔を凝視し、長机の上に置かれた両手がぶるぶると震え出したかと思った直後、椅子から転がり落ちた。
「お、おおお、お前はっ…、な、何故ここにっ…!?」
へっぴり腰で逃げ出そうとするメルカトに傍で控えていた給仕達も狼狽え始める。
「どうしたのだ、メルカト」
黙って座って居たブロム・リチュアル総督が様子のおかしい小太りのオッサンに声をかける。
「ブ、ブロム様っ!なっ、何故ここに魔族がっ、魔族がいるのですっ!?」
「何だと…!?」
ぶるぶると震える手で指差されたオレへとブロムが険しい目を向けた。
あちゃー、こいつオレの元の姿を知っているのか…。
一体どこで出会ったのだろう?
帝国城潜入前に奴隷オークションに参加した、あの会場の誰かか。
隠し事の下手そうなライチャスが『どうするっ!?』とこちらを見て来るが、バレているならもう隠す必要は無い。
オレは席から立ち上がって、指に嵌めていた『投影鏡環スペキオム』を引き抜いた。
ブロムと斜め前に座って居たキョーノスが目を見開き、数秒遅れて控えていた兵士数名が慌てて腰の剣に手を掛け始めた。
「改めて自己紹介させて貰うか。オレはゼノ・アルマスだ。これ以上に説明が必要か?」
それだけ言って席に座り直す。
誰も口を開かない変な間が開いた後、流石は公爵と言った所か、真っ先にブロムが立ち上がってオレへと頭を下げた。
「まさか貴方があの『ゼノ・アルマス』殿で御座いましたか、先程は大変失礼した。先の魔王討伐、クレア王国民として感謝を述べさせて頂く」
もう一度ブロムがさっきより深く頭を下げた。
「良い、こちらも隠蔽の魔道具で姿を偽っていたからな。気付かなくて当然だ」
気にしていないとヒラヒラ手を振ってみせる。
「何故、人間をお姿を取られていらっしゃったのですかな?」
「魔族がほっつき歩いていたら騒ぎになるだろう?」
「然り、当然で御座いますな。しかし何故メルカトには見破る事が出来たので御座いましょう?」
「この女王から下賜された魔道具はな、相手の元の姿を知っていると通用しないんだ」
指にスペキオムを嵌め直し、『ほらな?』と頭の角を指差して見せるとブロム総督が『おぉ』と感嘆の声を漏らした。
「メルカトと言ったか?」
「は、はいぃ!!」
いきなりオレに声をかけられ、自身に矛先の向いたメルカトが飛び上がる様に返事する。
「アンタ、どこかでオレを見かけた事でもあったんじゃないか?」
「そ、それは…」
言っても良いのか?という顔でメルカトがブロムとオレの顔を何度も交互に見比べる。
「この魔道具は正体を知っている相手には通用しなくてな、アンタはどこかでオレを見かけたけど覚えてないんだろうさ、そうだろ?」
「え、えぇ。そうですなぁ…、はは…」
どうやらメルカトはオレが奴隷オークションに居て、売られたその日の晩に魔族による皇帝暗殺事件があった事は飲み込む事にしたようだ。
そんなやりとりをしていると、ようやく食事が運ばれて来た。
「それで?メルカト。アンタはルマロスでの生活が長いのか?」
「えぇ、あの…、元はルマロスにて奴隷オークションを仕切らせて頂いておりました…」
ようやく思い出したぞ。こいつルキアがオレとクオンを出品した時に対応してたオークショニアのオッサンだ。
なるほどな…、合点がいった。
こいつの頭の中では銀狐族のクオンと魔族のオレをセットで売った日に皇帝が暗殺され、城の獣人が解放された事件のパズルピースがピッタリと嵌っている事だろう。
「その人脈を活かして今は獣人達の店が加入する組合の代表をさせて頂いております、はい…」
「へぇ」
獣人の女を奴隷として売っていた時と同じ事をしている、と。
ブロム公爵の知人と言ったか?奴隷解放前に奴隷商人達も奔走したと言うし、さぞ儲けた事だろう。ルマロスがクレア王国に吸収されたというのに上手くやったもんだ。
以外にも食事中、一番口を利いたのはブロム総督だった。
『剣聖様が亡くなられ、ゼノ殿に空席となった七星の勧誘は無かったのですかな?』と尋ねられ『あったぞ、断ったがな。ははは、魔族を七星にだなんて何を考えているんだろうな女王は』と答えてやったら目を輝かせていた。
七星や大臣等、国の上層部で選定される新七星にはどうやら公爵であっても近付く事は中々難しいらしい。
同じ貴族である伯爵の『神槍』カエラム・グレイスの話をされたので彼の娘のシア・グレイスとは友達だと教えておいた。
あれこれとオレに話かけるブロムを、オレの隣のライチャスが急に『父上』と話を遮った。
オレの眼から見ても上機嫌となっていたブロムを見て、行けると踏んだのだろう。
「何だ?ライチャス」
明らかにムッとした表情で総督が食事の手を止める。
今行くのか、ライチャス。まぁ雰囲気的にはチャンスだろう。
「突然なのですが…、前々から問題になっておりました例の危険地域、その原因と思われる遺跡の調査と攻略に私は臨みたいと思っております」
一瞬固まったブロムが鼻で笑った。
「ふっ、あそこは冒険者共に攻略隊を組ませて全滅したのをもう忘れたのか?現状近付かなければ問題は無いのだ、放置しておけばよかろう」
「知らずに近付いた商人や旅人が失踪したり、無謀な冒険者が命を落とす被害が未だ出続けております。いつまでも放置し続けた結果、冒険者や商人を襲っている何かがここルマロスに害及ぼさないとも限りません」
いつもなら黙るライチャスが言い返した事にブロム総督は少し驚いたようだった。
「しかしどうやってその遺跡を発見し、脅威を払うというのだ?お前より腕の立つ冒険者が何人も行方知れずになっておるというのに」
ライチャスが隣のオレへちらっと目配せする。
「ゼノに協力を仰ごうかと思っております」
息子の答えを聞き、ブロム総督がゴワゴワした硬そうな黒い顎髭を撫でながらオレへと視線を移す。
「確かに魔王殺しの英雄であるゼノ殿であれば可能か…。よろしいのですかな?ゼノ殿」
「あぁ、構わない」
「特に報酬などは約束出来ませぬぞ?それにどんな危険があるやもわかりませぬ」
「構わん構わん、どうせ観光がてらどこかの遺跡には潜りたいと思っていたしな」
食事を続けながら、何の問題もないと了承する。
「ふむ、ゼノ殿がそう仰るのであれば…。足手纏いにしかならぬ頼りの無い息子だ、守ってやって頂けますかな?」
「おぅ、任せとけ」
「父上、それともう一つ」
ガタッと音を立てて隣のライチャスが立ち上がった。
彼の握られた拳が小刻みに震えている。
「まだ何かあるのか?ライチャスよ」
「遺跡の発見と脅威の排除を達成した暁には父上にお願いがあります」
白い皿に乗ったステーキに肉叉を突き立てたブロムの動きが止まった。
「何だ?」
「アトラを頂けませんかッ!?」
時が止まった。
オレの右隣に座るルキアやサニティアも茶化す事無く見守っている。
対面のキョーノスは口に肉を運ぶポーズのまま固まっていた。
「おかしな事を言う。今やアトラはリチュアル家が所有する奴隷では無く、あの娘の意思でこの家に仕えているのだぞ?欲しいなどとまるで物の様に…」
「物です。アトラは未だこの家…、いえ、奴隷として買った父上の所有物のままでございます。僕は使用人としてではなく、一人の女性として彼女が欲しい」
ブロムの表情が険しくなった。
「ふんっ、半人前の分際で一丁前に色を覚えよったか?アトラは便利だから欲しくなる気持ちは分からんでもないがな…。安心せよ、お前がこの家を継げばどうせお前の物よ。継いだ後に妾にするなりすればよい」
「いいえ父上、僕はアトラを愛しています、妾では無く妻として欲しいのです」
時の止まった食堂に『ガチャンッ…!』と異音が鳴った。
音の発生源に目を向けると、ブロムがステーキに突き立てた肉叉が料理を貫通して皿を割っている。
肉叉を握っているブロムの顔は茹でタコの様に真っ赤になっていた。
「獣人を嫁にだと…?」
怒りで顔を染めたブロムと手を震わせるライチャスが視線をぶつけたまま誰も何も言わず、動かず、その睨み合いが十数秒も続いた。
そしてブロムが瞳を閉じて大きな息を一つ吐き、オレへと顔を向けた。
「ゼノ殿、申し訳ないが少々体調が優れませぬ故、食事の途中だがここで失礼させて頂きたい。後の用はそこらの者に伝えて頂けますかな?」
「あぁ」
肉を貫き、皿を割り、机に突き立つ肉叉をそのままに、それだけ言うとブロムは席を立った。
「頑張ったなライチャス。安心しろ、どんな敵が出て来てもオレが片付けてやる」
声を掛けて労ってやるとライチャスはよろよろと椅子に座った。
「ははっ、まだ手が震えてる…。父上にこんな風に意見したのは初めてだよ…」
そう言って笑うライチャスをメルカトとキョーノスの肉団子二人が何が起こったのか理解できないという顔でぽかんとして見ていた。
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食後、夕方に仮眠したせいか眠気も無かったオレは散歩に出かけていた。
夜の城を歩いているとクオンの妹を助ける為に侵入した事を思い出す。クレア王国に残したクオンは元気だろうか?
まだ全盛期と比べると30センチ以上足りないが、この数か月でオレは数センチ身長が伸びていた。シアも少しは成長しているだろうか?
手紙を送ったのでもうしばらく、ライチャスの遺跡踏破まで二人には待っていて欲しい。
城壁の上、胸壁と呼ばれる凹凸の隙間から夜の元帝都を見下ろしてクオン達の事を考えていると後ろから誰かが近付く気配を感じた。
敵意や殺気を感じなかった為そのまま無防備な背中を晒していると、背後に立つ何者かは後ろからオレに優しく抱きついて来た。肩に胸が当たる。女だ。
甘い香りが風に乗って漂っていた。
身を任せていると背後に立った女の柔らかい唇が耳に寄せられた、息遣いを感じる。
そして耳をぺろっと舐められて、甘噛みされた。
「何の用だ?アトラ」
「おや?お連れの二人とはそういう関係みたいでしたので、色仕掛けも通用すると思っておりましたが…、読みを外しましたかね?獣人の女はお嫌いですか?」
まだ後ろから抱き付いたままのアトラがオレの耳元で妖艶に囁く。
背後に立つこの女は本当にあのアトラなのだろうか?
昼間の静かな、清楚な、目を伏せて微笑み佇む彼女からは想像もつかない。
「少年なら誰でも良いのか?それともオレがゼノ・アルマスだと知ってライチャスから乗り換えようってのか?」
「いいえ?でも、一応粉をかけておこうかと…」
「ライチャスがダメになった時の保険か。昼間の姿は演技なのか?」
「さぁ、どうでしょう」
「見かけに寄らず食えない奴だなアンタ、でもそっちの方が好みだぜ」
俺の背後のアトラから小さくクスクスと笑い声が漏れた。
「ありがとうございます。貴方様のおかげでライチャス様という刃はまた一つ鋭く成られました。いや、ようやく鞘から抜かれたと言うべきかもしれませんね」
「何が狙いなんだ?」
「ライチャス様に立派になって頂きたいだけですよ?」
本当かよ…。
「ゼノ様、ライチャス様の事をよろしくお願いしますね?」
ようやくアトラがオレの背中からそっと離れた。
「あぁ、それから…。ストルト皇帝を殺めて頂きありがとうございました」
獣人の国を奪ったストルトに復讐してくれた礼なのか?個人的な恨みでもあったのか?尋ねようと振り向くとそこにはもう誰もいなかった、近づいて来る時の身のこなしもクオンほどではないが腕に覚えのある者の動きだった。
どうやら彼女は中々に強かな曲者らしい。
ライチャスとアトラがくっついても、ライチャスにあの女は荷が重そうだなぁ…。
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夜更け、アトラの私室。
服をしまう棚、机、寝台しか家具の無い質素なこの部屋の主であるアトラは、寝台の上で四肢を投げ出し感情の無い虚ろな目で天井を見つめていた。
その整い過ぎた顔と無表情、陶器の様な白い肌が相まってまるで人形の様だった。
彼女が横たわる寝台の縁に腰かけたメルカトが、不安そうな顔をブロム総督へと向ける。
「あのぉ、この際ですので、お伺いしたいのですが…。彼女は、そのぉ…ベスティアの…?」
「ほぉ、気付いておったか。そう言えばお前はこの地に暮らして長いのであったな」
「え、えぇ…、ルマロスになるよりも以前からここで暮らしておりますので…。では、やはり、アトラさんは…」
「フン…」
それがどうしたという態度でブロムが鼻を鳴らした。
「何故、私なのでしょう…?晩餐の一件の罰というのなら、他の者でも…」
「不服か?いつも私の傍に侍る此奴に厭らしい視線を向けておったではないか」
「あ、あはは…」
ばつが悪そうにメルカトが苦笑いする。
「それにお前なら口外したりせぬであろう?」
「ほ、本当によろしいのですか?ご子息は夕べ、あのように仰っていましたが…?」
「構わん。何が嫁だ、馬鹿馬鹿しい」
総督が言い放った許しを得て、ようやくメルカトがアトラの寝そべる寝台の上へと登り、膝立ちで彼女へ躙り寄った。
「アトラさんは、その…、ブロム様が10年ほど飼われていらっしゃったのですよね…?」
メルカトが寝そべるアトラの白い脚へと手を這わせる。
「如何にも」
両腿に手を掛け、自分の方へと彼女を引き寄せるメルカトの声が震えていた。
「今までに、そのぉ…、お子が出来たり、などは…?」
彼の探るような質問を聞いたブロムが鼻で笑う。
「ふっ、クレア王国大貴族である儂の貴き種を犬如きに恵んでやる訳がなかろう」
「そう…ですか…。あ、あはは…。では、今晩、私の子を孕んでしまうやも、しれませぬな…?」
恐る恐るメルカトが冗談めかして尋ねる。
しかし彼の視線は目の前に横たわった俎板の鯉に釘付けとなっていた。
「それならそれで好都合。あの馬鹿息子の目も覚めるだろうて。存分に励むが良いわ」
「そ、それでは…」
細い腰を両手で掴んだメルカトが、躊躇いながらも醜く肥えた腹の肉を揺らし、ぎこちなく動き始めた。
静かな部屋で『ぎっ…ぎっ…』と音を奏で始めた寝台の上の二人を、まるで汚物を見る蔑んだ目でしばらく眺めていたブロムだったが『お前も見られておっては楽しめぬな、後は好きにせよ』そう一言冷酷に言い捨てて部屋から出て行った。
「アトラさんは、泣いたり、抵抗したり、しないんですね?」
「『抵抗するな』と命じられましたし、とっくの昔に涙は枯れましたので…」
ブロムが退室し、二人きりになってようやくアトラが口を開いた。
「そうですか、では私の腕の中で無理矢理にでも鳴かせみるとしましょう、今夜はよろしくお願いしますね?」
「…。」
邪魔者が去った事によりメルカトの動きが激しく大胆になり、先ほどよりも大きく『ぎっし…ぎっし…』と軋んで鳴り、寝台の上のアトラが揺れる。
凌辱を愉しむメルカトがその贅肉を揺らす度に、卑猥な言葉を投げかける度に、アトラが何度も無言で首肯し、顔を上下させる。
だがそれは頷いている訳では無く、まるで糸の切れた人形の如く、メルカトの激しい動きに合わせてただゆさゆさと揺さぶられているだけであった。
メルカトとアトラR-18
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