白い髪飾り
メリーナは白い絹の刺繍糸で、舞踏会用の髪飾りを作りながら、ローレンとのひと時を思い出す。
(屋敷の門に着いた時、外套は返さなくてもいいと言われたけれど、大切な物だろうし、返さない訳にはいかないわよね)
綺麗にたたまれた外套を見て、思い悩む。
(そうだわ!手紙でも書いて、マリンに持って行って貰えばいいのよ!)
妙案を思いつき、メリーナはポンと手を打つ。ついでにお礼の品も用意しようと、作り途中の髪飾りを片付け、小物入れから、刺繍が施された美しいリボンを取り出した。
(手すさびに作った物だけど、満足いく出来だったから、使う機会がきて良かったわ!)
◆◆◆
『フローリア皇国速報誌
先日、皇族に不敬を働いた罪で起訴された、リーベル子爵が裁判所で有罪判決を下されました。
リーベル子爵は、禁錮三年の刑を言い渡され、塔に幽閉の身となります。
ロザリアナ皇女殿下におかれましては、忌ましい事件に遭遇され、私たち皇国民一同、案じ申し上げております。
続いて某日、アルバート皇太子殿下暗殺未遂事件で、塔に幽閉されている、リアンドル第二皇子…………』
皇太子アルバートからの呼び出しで、皇宮に向かう準備をしていたローレンは、部屋のノックの音で、速報誌から視線をはずした。
「入れ」
入室の許可を出すと、レインが紙袋を抱えて入ってくる。
「若様。サウザン伯爵家ご令嬢からのお届け物です」
「メリーナ嬢から?」
ローレンは予想だにしない人物の名を聞き、眉間の皺を揉みほぐす。我知らず口元が緩んだ。
「若様の外套と、お礼の品だとの事でした」
レインは紙袋から、外套が入っているであろう箱と、小包を取り出した。小包には封蝋がされた手紙も付いている。
「どうぞ」
小包と手紙をレインから受け取る。
「相変わらず……」
彼女は律儀だなとローレンは苦笑し、レインから渡されたナイフで手紙の封蝋をはがす。
『外套ありがとうございました。
おかげで風邪を引かずに済みました。
小包にはクッキーが入っています。
ほんの気持ちですが、お召し上がりくださいませ』
他人行儀な内容に、眉を寄せる。まあ、いい。ゆっくりと囲い込んでいこう。
手紙を机の引き出しにしまうと、小包に目を移す。
ローレンは小包に付いている、紺色のリボンを丁寧に解き、中のクッキーを一つ口に入れた。
「甘いな」
口元を指で拭いながら呟く。
彼女が与えてくれる物は、甘い物ばかりだ。昔の思い出も。今回の贈り物でさえ。甘くほろ苦い。
◆◆◆
(甘いもの、苦手だったらどうしよう……。でもあのクッキーは、有名店の人気商品だから、迷惑にはならないはず!)
チクチクと、髪飾りの仕上げを刺繍しながら、落ち着きなく表情を変えるメリーナ。
「手元を見てやらないと、怪我しますよ」
「そうね。そうなのだけど……」
「心配しなくても、ノーザランド侯爵令息様は、お礼の品を無下にはなさいませんから」
メリーナの傍らで、作業を見守ってくれているマリンが、呆れ気味の声で宥めてきた。
「ありがとうマリン。少し落ち着いたわ」
うんと一つ頷き、刺繍に集中する。
「式典用の髪飾り、ほとんど出来上がりましたね」
「ええ。後はこの部分を刺繍したら完璧よ」
皇宮で開かれる、社交界デビューの娘たちが主役の舞踏会。別名、百花の式典。
メリーナが作っているのは、社交界デビューの目印になる白い髪飾りだ。
舞踏会に参加する人は、デビューの娘を髪飾りの色で見分けるのである。
コツコツと作っていた髪飾り。最後のひと針を刺し、とうとう完成する。
「人生で一番の力作だと断言するわ!」
自身の作品を矯めつ眇めつした後、メリーナは会心の笑みを浮かべた。