夕暮れ時の出会い
屋敷への帰り道。ラウルの店に長居したため、日が傾き、通りの人もまばらになっていた。
(急いで帰らないと、お母様が心配して、官憲に捜索依頼を出してしまうかもしれないわ!)
そんな事になったら大事である。
マリンとアルバが何やら立ち話をしているので、声を掛けると、マリンが困り顔で振り返った。
「アルバ様に顧客から、急な呼び出しが入ってしまったようでございます。ですが、私一人でお嬢様を屋敷まで安全にお連れするのは難しいと、話していたのです」
皇都といえど、女性二人だけで、薄暗い夜道を歩くのは危険である。メリーナも顎に手を当てて思案する。
「ご令嬢申し訳ございません。辻馬車を手配させていただきますので、どうかご容赦ください」
「それなら安心ね。私たちは大丈夫だから、気にしないで。今日はありがとう。また屋敷でお会いしましょう」
難しい顔をしながらアルバが言うので、メリーナは鷹揚に頷いた。
◆◆◆
辻馬車に乗って、夕闇の街を見つめる。
衣装店や、雑貨屋、昼間に営業していた店には、閉店の看板が掛けられていたが、酒場や飲食店には、人が集まっていて賑やかだ。
(私もアゼリアに居た時は、お母様と一緒に食事に出掛けたなぁ。皇都に来てからはご無沙汰ですけど!)
アゼリアの町は、ここまで賑やかでは無かったけれど、人混みに飲み込まれないで済むのは、田舎の特権だわと、メリーナは感慨深い気持ちになった。
「わっ!」
馭者の慌て声とともに、馬車が急停車し、メリーナとマリンは何事かと顔を見合わせる。
「見て参ります」
「私も行くわ」
「お嬢様はここでお待ちください」
「嫌よ」
押し問答をしていると、いよいよ外が騒がしくなった。
マリンはゆっくりと息を吐き、グッとメリーナに顔を近づける。
「くれぐれも、私から離れないでくださいね」
その真剣な声色にメリーナは気圧され、コクリと頷くしかなかった。
◆◆◆
二人で馬車を降りると、馭者がメリーナたちに気づき、来るなと手振りで合図してくる。
(車輪でも壊れたの? それとも馬の機嫌が悪いのかしら)
馬車の陰から馭者がいる場所を覗き込む。
馬の前に倒れた男性と、その男性を囲んでいる軍服姿の集団。
メリーナの目に飛び込んできたのは、そんな予想外の光景だった。
(歩いている人を轢いちゃったの?!)
サーッと血の気が引くメリーナである。官憲に連行される未来を幻視した。
「馬車は大丈夫ですか?」
「うぅーん、さっきの衝撃で軸が壊れてしまいました。今日は走らせる事ができません」
軍服姿の一人の男性と、馭者の会話を聞き、メリーナは首をひねる。
(人を轢いたにしては、和やかな会話ね?)
「それは……。乗っている方は……、サウザン伯爵令嬢?」
馬車に目を向けた男性が、メリーナを見つけて驚きの声を発した。
どなたかしらとメリーナは目をすがめる。
馬車の陰から出て、軍服姿の男性に近寄りながら、記憶を探った。
軍服姿の男性の前で立ち止まるメリーナ。男性は制帽をはずすと、メリーナに対して礼をした。
「またお会いしましたね。私はローレン・ノーザランドと申します。以後お見知りおきを」
青緑色の目がメリーナを映し出す。口元に微笑を浮かべたその青年は、駅でお父様に話しかけていた、ノーザランド侯爵令息であった。