社交界デビューに向けて②
入浴でダンスの汗を流したメリーナは、侍女たちの着せ替え人形と化していた。
侍女たちは、お母様の指示の元ああでもない、こうでもないと、姦しくメリーナを飾り立てる。
お母様が呼んだドレス商会の商人アルバも一緒になって盛り上がる始末だ。
「お母様! ひと息つかせてください! もう限界!!」
(一時間でもいいから休憩を要求します! それがダメなら明日からの準備は逃亡しよう……)
「これは本当に無理そうね? 分かったわ。みんな作業をやめてティータイムにしましょう」
切実な眼差しのメリーナを見て、お母様は侍女に休憩の合図をだした。
(……助かったわ……)
ソファに座り、マリンが用意してくれた紅茶を飲む。
紅茶を飲みながら、テーブルの上に置かれていたドレスの本を手に取りパラパラとめくる。
(アルバさんが持ってきたのかしら。……! この刺繍! 素晴らしいデザインだわ! デザイナーは誰かしら……)
「ラウル……知らない名前ね」
メリーナが手をとめてじっと見とれているドレスの写真の横には、刺繍デザイナー兼縫製職人ラウルとだけ書かれていた。
(私の知らない刺繍デザイナーがいるなんて! フローリア皇国刺繍月刊本、毎月買っているのに!)
何かとの闘いに負けた気分になるメリーナ。悔しさに歯がみする。
「ご令嬢。そのドレスがお気に召されましたか?」
「アルバさん。ええ、そうね。刺繍デザイナーの顔を見てみたいくらいには」
薄い笑みを浮かべて問いかけてくるアルバに、メリーナは顔をあげて同意を示す。
「奥様の許可をいただければ、すぐにでも使いの者に呼びに行かせますが」
アルバはお母様に顔を向け、お母様の様子を伺いながら遠慮がちに聞く。
「そうねぇ、メリーナが気に入ったのであれば、そのドレスにしましょうか。呼んでちょうだい」
「ちょっと待ってください!! 私が明日にでも直接伺いますわ!」
お母様が指示を出すのにかぶせて、メリーナは叫んだ。
(皇都に着いてからというもの、ずっと屋敷の中で息が詰まっていたのよ! この機会に街を散策するのも悪くないでしょ?)
「メリーナ……。明日は小物商と宝石商が来るのよ? 選ぶものはドレスだけでは無いの」
「それはお母様に選んで貰えると嬉しいわ! 私は、この素敵な刺繍のデザイナーを呼び出すなんて偉そうなことしたくないの。会って思いの丈をぶつけて来ます!」
「……分かりました。思う存分お話ししてきなさいな。アルバさん、お手数おかけしますわね」
メリーナが早口で言いきると、お母様は諦めのため息をつき、アルバに明日の同行をお願いした。
「いえ奥様。喜ばしい事でございます。ではまた明日お伺いいたします」
アルバは持ってきたドレスを回収して、屋敷から去っていった。