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社交界デビューに向けて①

唐突だが、メリーナは今年で十六歳になった。しかし社交界にはいまだデビューを果たしていない。なぜなら、この歳になるまで一度も皇都に戻らず、地方を転々として生きてきたからだ。


(大抵の貴族令嬢が十四歳にはデビューを済ませるのが普通だけれど……。皇都に来た途端、慣れる暇もなく社交界のルールを詰め込んでくるなんて! お母様は私に恨みでもあるのかしら!?)


そうは思っていても、一応生粋の貴族であるメリーナだ。幼い頃から一通りの教育は受けている。


「メリーナ伯爵令嬢! 素晴らしいですわ。生まれながらの伯爵令嬢にも勝るほどの腕前。(わたくし)久しぶりに正式なフローリア皇国流舞踏会ダンスを拝見いたしましたわ。ご令嬢は、エレーナ伯爵夫人以来の逸材ですわね」


今はダンスの講師であるメロウ夫人に見守られながら、お母様仕込みの美しい踊りを披露し、メロウ夫人を感激させていた。


「逸材だなんて、大げさですわ。でも、メロウ夫人に褒めていただけて自信がつきましたわ」


録音機(ろくおんき)から流れていた曲が終わり、フィニッシュを決めたメリーナは、貴族令嬢の堅苦しい話し方に、内心苦情をもらしながらメロウ夫人に答える。


「大げさではございませんのよ? ご令嬢が社交界デビューをなされた日には、独身男性がこぞって求婚してくることでしょう」


近づいてくるメロウ夫人にのけぞるメリーナ。


(下手と言われるよりはましね……。レッスンの時間が長引くのも困るし)


「レッスン中失礼いたします。メロウ夫人、申し訳ございません。メリーナお嬢様に次の予定が迫っておりまして。そろそろレッスンを終了して頂いてもよろしいでしょうか」


メリーナがため息をこらえていると、部屋の外からメリーナの専属侍女になったマリンの声が聞こえてきた。


「あらあら。もうこんな時間だったのね? ごめんなさい。(わたくし)年甲斐もなく興奮してしまったみたいだわ。それでは、ご令嬢の社交界デビューを楽しみにしておりますわ。きっと、社交界に新たな華が誕生したと大きな話題になることでしょう」


メロウ夫人は満足気に微笑むと、いまにも踊りだしそうな雰囲気を発しながら部屋から出ていく。入れ違いにマリンが部屋に入ってくる。


「お嬢様。お疲れのところ恐縮ですが、一旦入浴して頂き、ドレスのご試着をお願いいたします」


「……マリン。今は二人きりよ」


いい加減、貴族令嬢の話し方に疲れてきたメリーナは、うんざり顔でマリンを見た。


「はい。お嬢様」


それがどうかしたのかと、訝しげに返事を返すマリンにメリーナは痺れを切らす。


「っ……堅っ苦しいのよ! もう少しくだけてもバチは当たらないわ」


「お嬢様……。私は使用人です。お嬢様と対等に会話するなど……」


ただでさえ一日中、マリン含めた侍女たちが付き従ってくる。息抜きの暇が無いのだ。メリーナの心からの言い分だったが、マリンは困惑顔で辞退しようという雰囲気である。


「マリン、私は知ってるのよ。あなたが私の乳姉妹だということを! 対等に話す資格と言うなら十分にあるじゃない」


そうはさせじとメリーナは素早く最大の切り札を投下した。


「……お耳が早いですね……。一体どこからそのような情報をお聞きになられたのですか?」


困惑顔から真顔になったマリンを見て、いける! と確信したメリーナ。


「お母様からよ」


「奥様……、分かりました。降参です。ですが! 対等に話すのは二人のときだけだと約束してくださいね」


「ええ! 約束するわ!」


結果、つかの間の息抜きの時間を得たメリーナは、会心の微笑を浮かべ、それに押し切られた形ではあるが、マリンも表情を緩めて薄く笑ってくれた。

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