サウザン家の屋敷
皇都の華やかな空気に、興奮冷めやらずのメリーナだったが、サウザン家の屋敷に着くとその敷地の広さに、興奮よりも驚愕を感じ逆に冷静さを取り戻す事態になった。
「お母様、ここは本当にサウザン家の屋敷なのですか……? 私には上級貴族のお屋敷に見えるのですけれど。もしや、馭者が道を間違えでもしたのでは?」
「ここはれっきとした、私たちの屋敷ですよ。あなたが赤ちゃんのときは、ここで暮らしていたのよ」
お母様にあきれ顔で言われても、メリーナは困ってしまう。
(だって、田舎では平民が住むような家の広さだったじゃない! 皇都にこんな立派な屋敷があるなんて!)
「サウザン伯爵夫人とサウザン伯爵令嬢。私はこれで失礼いたします」
執事と合流したあとも、屋敷まで同行してくれていたノーザランド家の従者レインが、きびきびとした動作でメリーナたちに礼をとる。
「ありがとう。あなたのおかげで心置きなく屋敷まで来ることができたわ。あなたの主にも後日お礼を伝えておきますね」
お母様の言葉に、レインは顔を綻ばせ、もう一度深々と礼をして、サウザン家をあとにした。
「ノルン。駅までの迎えありがとう。助かったわ」
「もったいないお言葉です奥様。私ども屋敷にいる者はみな、旦那様と奥様、お嬢様のお戻りを心よりお待ち申し上げていたのですから」
駅で合流した執事ノルンが、お母様とメリーナを暖かい眼差しで見つめて言う。
「この季節、まだ夜は冷えますので、お風邪を召される前に屋敷へお入りください」
「ええ。そうするわね。メリーナ、いつまでも門の前に居ても目の前の景色が変わるわけじゃないのよ? 早くおいでなさい」
それもそうだとメリーナは覚悟を決めて、門の内側に入り、お母様のあとを追って屋敷の玄関におそるおそる侵入した。
『奥様、お嬢様お帰りなさいませ!』
屋敷に入った途端、一堂に会していたらしい使用人たちが、一斉に礼をとりメリーナたちを迎え入れる。
(ひぇ! もう驚きを通り越して怖いわ!? 私たちって上級貴族だったのかしら? あぁ、お父様がいつの間にか伯爵位に陞爵していたわね……、いえ、でも、待って……? 子爵家だったときからある屋敷でしょう……?)
「あら? ノルン。見ない顔が何人か増えているみたいだけれど、リヒターが増やしたのかしら?」
「あの者たちですね、旦那様が増やしたわけでは無いのです。やんごとなき身分の方が、気を利かせて与えてくださったのです」
「それって……お義姉様かしら……? それとも……どちらにしても、悪いことではないわね」
お母様が考え込んでいる横で、メリーナは一人屋敷の広大さと使用人の多さの謎に頭を抱えていた。
「メリーナ。あなたの部屋を教えるから、現実に戻ってきなさいな」
「奥様。お嬢様の案内はこちらの侍女にお任せください」
「そう? 分かったわ。お願いするわね」
遠い目になっていたメリーナが、現実に戻ってきたのは、流されるままに豪華な部屋に案内され、侍女たちに甲斐甲斐しく世話をやかれ、晩餐、入浴と就寝前に必要な諸々の行動が終わった後のことだった……。
(つ、疲れた、考えるのをやめよう……。そう! 刺繍よ、刺繍の図案でも考えながら寝てしまおう!)
こうして、メリーナの皇都初日は思考の放棄で終了となった。