明晰夢
花冠を付けた少女が、野生動物から必死に逃げる。
(これは私ね)
明晰夢というのだろうか、メリーナは自身が夢を見ていることを自覚した。
たまに見る悪夢である。
メリーナは野生動物に追われ、それから、それから……?
追われていた少女は、誰かの後ろに庇われ、無事に野生動物から逃れることに成功した。
「もう大丈夫。僕が守ってあげるから」
(そう言ってくれたのは誰だったのかしら……)
◆◆◆
ぼやっとする視界。徐々に目が覚めていく中で、最初に見えたのは誰かの腕だった。
(傷跡……? だ、れ)
その腕には裂けたような傷跡があり、見るからに痛々しい。
「メリーナ嬢。目が覚めたのですね。良かった」
メリーナの額に濡れタオルを当て、ローレンが心配げに見下ろしてきた。
(うん? ん?? ローレンさん? どんな状況……?? 顔が近いです!)
瞬きを繰り返し、メリーナは自身がいま、どこに居るのかを把握しようと努める。
「ローレン……さん……。ここは……」
掠れた声が出て、メリーナは眉をしかめた。
「ここは皇宮の救護室です。まだ体調は良くなさそうですね……。ゆっくり休んで」
ローレンが、起き上がろうとするメリーナを押し留め、柔らかな声で気遣ってくれる。
(優しい人だなぁ。……和んでる場合じゃ無かったわ! 皇女様、皇女殿下はどこに!)
「私、皇女殿下に対して、不敬を働いてしまいましたわ」
出ない声を精一杯張り上げ、メリーナは罪を告白した。
「気にするな。妹の機嫌は悪く無かった。サウザン伯爵令嬢、ペスに驚いたんだろう? 済まなかったな。あれは妹の愛犬なんだ」
メリーナは目を白黒させる。この部屋に、ローレン以外の人もいたのが驚きだったのだ。
さらにその人物は、この国の皇位継承者、アルバート皇太子殿下だったものだから、目が丸くなるのも仕方のないことである。
「と、とんでもございませんわ! 御前にこのような姿で申し訳ございません!!」
ローレンの腕を押し退けてしまったが、メリーナにそれを気にする心の余裕は、残念ながら残っていなかった。
がばりと起き上がった反動で、くらりと目眩が起こり、背中をローレンに支えられる。
「殿下、出てこないでくださいと、あれほど言ったのに。新手の嫌がらせですか……?」
メリーナに対するのとはまた違った、ローレンの低い声。部屋の温度は変わっていないはずなのに、メリーナはなぜか寒気を感じた。
「そんな怖い顔をするな。ひと目見てみたかっただけだ」
一方、皇太子殿下は、動じる様子もなく、楽しげにローレンと会話している。
「でしたら、後は私に任せて、会場に戻ったらどうですか? 私の妹も首を長くして、殿下を待っていることでしょう」
「分かった! それを言われると弱いんだ」
ローレンに痛いところを突かれたのか、苦笑した皇太子殿下は、降参を示すように片手を上げた。
皇太子殿下が、部屋を出るために向きを変えた瞬間、部屋の扉が開く。
「おや、私が少し救護室を離れていただけでこの有様とは。心配なのは分かりますが、殿方たちはご遠慮ください。ご令嬢に失礼ですよ」
扉から入ってきた白衣の中年女性が、開口一番、ローレンと皇太子殿下の二人に、苦言を呈した。
◆◆◆
白衣の女性のおかげで、しばらく休めたメリーナは、その後、知らせを受けて飛んできたエレーナとともに、無事、サウザン邸に帰宅することができたのである。