未来から俺と幼馴染が何組もやってきて好き放題言って来やがる
「なんてことしてくれるのよ!」
「それはこっちの台詞だ!」
放課後の教室。
夕陽が射し込み、外から運動部の威勢の良い声が聞こえてくるその場所で、二人の男女が言い争いをしていた。
園田 武史と丸山 美那葉。
幼馴染の二人である。
「せっかく作ったのに……」
「頑張って探して来たのに……」
それぞれくしゃくしゃに潰れた紙袋を手にして悲しそうにしている。どうやらお互いがお互いの大切な何かを壊してしまったらしい。
「武史なんてもう知らない!」
「こっちこそ、ミナとは絶交だ!」
「ふん!」
「ふん!」
彼らは別に仲が悪い幼馴染という訳では無い。
むしろ相性が良く、中学高校と疎遠になりがちな時期でさえも一緒に楽しく遊ぶ間柄。
しかしここ最近、不幸なすれ違いによりケンカになってしまった。
そのケンカ自体は些細なものでいつもならばすぐに仲直りするのだが、今回はタイミング悪く謝る前にまたトラブルが起きてしまいケンカの上塗りをしてしまった。そしてそれを何度か繰り返してお互いに対する不満が蓄積し、今日この時ついに爆発してしまったのだった。
「…………」
「…………」
もう口を聞くもんかと憤慨しながら、二人は鞄を手に教室から出て別々に帰ろうとする。
園田が前方の扉から、丸山が後方の扉から出ようとしたその時、彼らの前に人が立ち塞がった。
「待った!」
「待った!」
その人物達は園田達と同じ学生では無く三十代くらいの大人の男女だった。
しかも見たことが無く教師という雰囲気でも無い。
「不審者だ!」
「逃げなきゃ!」
当然園田達は恐怖を感じて逃げようとする。
だが入り口を抑えられているから逃げられない。
「怖がらないで話を聞いてくれ!」
「怪しいけど怪しくないの!」
大声を出して助けを求めようかと思った園田達を、謎の大人達が必死な形相で止めようとしていた。
しかし何を言われようとも高校に見知らぬ大人が入り込んで来た恐怖は大きく、園田達は全く躊躇することなく『助けて』と窓の外に向かって叫ぼうと大きく息を吸い込んだ。
「俺は未来のお前なんだ!」
「私は未来のあなたなの!」
「え?」
「え?」
だが大人達の突拍子もない台詞に驚き、助けを呼ぶのを中断してしまった。
とはいえそれは驚いたからであり、警戒は解いてはいない。
言われてみれば自分と雰囲気が似ているような気もするが到底信じられる話では無い。
やっぱり危ない人だ。
園田達は再び息を大きく吸いこみ、今度こそ助けを求めようとする。
「デスクトップ! 課題! 一時! 新しいフォルダ! 新しいフォルダ!」
「ぶほっ!?」
大人の男性が口にしたのは良く分からない言葉の羅列だが、園田にはその意味が理解出来たようで瞬時に噴き出してしまった。
「机の上から二番目の鍵がかかる引き出しの隠し底の下!」
「きゃあっ!?」
大人の女性もまた謎の言葉を口にしたが、丸山にはその言葉の意味が理解出来たらしい。
「ど、ど、どうしてそれを!?」
「何で知ってるの!?」
トップシークレットオブトップシークレットのそれを知っていると言われ、顔を真っ赤にして動揺する園田達。
「だから言っただろ。俺達は未来のお前なんだ」
「他人が知らないことでも何でも知ってるのよ」
そんなファンタジーなことなどあり得るわけがないと強く思うのに、絶対に誰にも言う訳が無い秘密を知っているとなると、もしかしたら本当なのかもと思わざるを得ない。
「なんならもっと詳しく教えてやろうか。使う時は背もたれを少し倒してティッシュを机の左側に置いて」
「やめろおおおお!」
「私はベッドで横になってから妄想して気分を高めていきなり」
「やめてええええ!」
これ以上は絶対に言わせてはならないと、先程までとは違う意味で叫んでしまった。
「信じて貰えたか? まだならもっと……」
「信じる! 信じるから止めろ!」
「こっちはどう? 私も何でも知ってるわよ」
「信じるから止めてぇ!」
どうやら彼らが匂わせていたのは、園田達の性事情らしい。
確かにそんな恥ずかしいことなど言わせられない。
「よし、ようやく話を聞いてくれる気になったな」
「時間が無いから早くしましょう」
聞いてくれる気になるも何も、ほぼ脅迫みたいなものじゃないかと声を大にして言いたいが、そうしたところで手痛い反撃を受けるだけなので諦めざるを得なかった。
「いいかお前ら。仲直りしろ」
「え?」
「そして付き合って結婚するのよ」
「結婚!?」
わざわざ未来から来て何を言うのかと思ったらまさかの結婚しろとの指示に、先程までケンカしていた二人は露骨に顔を顰めた。
「どうせお前はミナのことが好きなんだから良いだろ」
「あなただって武史のことが好きだから良いでしょ」
「は!?」
「ふぇっ!?」
本人だからこそ知っている。
実はこの幼馴染達はお互いに好き合っていたのだと。
「ち、ちげぇし! なんでこんな女を!」
「絶対ありえない!」
だがもちろんそれを素直に認められるようであればとっくに付き合っている。
ケンカ中ということもあり、未来の自分の言葉を激しく否定する。
否定したところで簡単に証明されてしまうのだが。
「そうそう、恥ずかしくてついそう言っちゃうんだよな」
「だから違うって言ってるだろ!?」
「幼馴染イチャラブモノかミナに似ている女性をオカズにしてるのにか?」
「NOOOOOOOO!」
いくら自分が相手とは言えバラしてはならない気がするのだが。
「うわ、きもっ」
「なんて言いながら凄い喜んでるよね~」
「そんなわけないし!」
「いっつも武史とのイチャラブ妄想して高ぶってオナ」
「ぎゃああああああああ!」
あまりにも非道な行い。
他に聞いている人が居なかったのが幸いなのか、それとも一番聞かれたくない相手に知られてしまったことを不幸と思うべきか。
「本当は大好きでケンカなんてするの嫌なんだろ。お前のソレ、謝りたくて準備したんだもんな」
「あなたのソレもそうでしょ」
未来の自分達が指を指したのは、くしゃくしゃになった紙袋。
実は謝って仲直りするために彼らが用意した物だったのだ。
「…………」
「…………」
先程までの激しい反論は止まり、お互い顔を真っ赤にして相手の顔を伺い出す。
相手が謝ってくれるつもりだったと知り、しかも実は好きだったなどと言われたのだから当然だろう。
園田達が落ち着いたことで、大人の園田達はようやく自分がこの時代に戻って来た理由を説明し始めた。
「実は俺達は今ここでケンカしたまま仲直りしなかった未来から来たんだ」
「お互い素直になれないまま卒業しちゃって、そのまま会うことは無かったの」
「俺もミナも別々の人生を歩んで、別々のパートナーと出会った」
「どっちも結婚したけれど、上手く行かなかった」
家庭が崩壊し、離婚し、それに引き摺られるかのように人生何もかもが上手く行かなくなってしまった。
「どうしてそうなったの?」
そう丸山が問いかけると、彼らは少し照れくさそうに答えた。
「ミナのことが忘れられなかったんだ」
「武史のことが忘れられなかったの」
高校時代にケンカ別れしてもなお、彼らは幼馴染への想いを断ち切ることが出来なかったのだ。
その想いが結婚相手に伝わってしまい不和を生み長続きしなかった。
あの時に仲直りしておけばこんなことにはならなかったのに。
彼らが強く後悔したが故、過去に干渉することが可能となったのだ。
どうしてなのかは深く追求してはならない。
「だからちゃんと仲直りして結婚するんだ」
「そうしないと絶対に幸せになれないわよ」
幼馴染のことが好きすぎて他の人と一緒になれないのであれば、幼馴染と結ばれてしまえば良い。むしろそうしなければ幸せになれないのだから結婚しろ。
「そんなこと言われても……」
「武史だって私なんかじゃ嫌だろうし……」
「べ、別に嫌じゃない……ぞ」
「え?」
剣呑だった二人の間に甘い空気が漂い出したことで、未来の彼らはこれなら大丈夫だと安心してこの時代から消えようとしていた。
だがその瞬間。
「待った!」
「待った!」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
この教室に更に人がやってきたのだった。
「ミナと結婚するのは止めておけ!」
「そうよ絶対ダメ!」
未来の園田と丸山。
それとそっくりな二人だった。
「おいおい、まさかお前らって」
「他の未来の私達?」
呆然とするリアル園田達をよそに、驚異の適応力で事態を速攻で把握する未来園田丸山1st。
なんだかややこしい。
「そうだ。俺達はミナと結婚した未来からやってきた」
「結婚しても上手く行かないから止めなさい」
なんと想い合う二人が結婚した未来でも、上手く行かなかったらしい。
「どうしてだ。俺達が結婚出来たなら何も問題無いだろう?」
「そうよ。好きすぎて毎晩慰めちゃうくらいには好きだったのに」
「待って未来の私。自然な流れで私だけ辱めようとしないで」
どうやら丸山の方が園田よりもむっつりのようだ。
「大喧嘩して別れちゃうんだ」
「今と同じね」
「あ~」
「あ~」
「あ~」
「あ~」
声を揃えて納得する園田丸山。
彼らは仲がとても良いのだが、ケンカする回数もかなり多かった。
結婚生活を想像したら、いつもと同じようにケンカをして引き返せなくなり離婚にまで発展する流れを容易に想像出来てしまったのだ。
「本当は好きなのに別れなければならない苦しみのせいか、その後の人生が全く上手く行かなくなってしまった」
「かといって謝って再び歩み寄れるような歳じゃ無くなってしまったのよ」
だから結婚はしてはならない。
それゆえ彼らはこうアドバイスする。
「生涯独身が良いぞ」
「その方が気楽よ。もう恋なんてこりごり」
下手に結婚しようとするから苦しむことになるのだ。
それなら最初から最後まで独身で居続ければ幸せな未来が待っているはず。
結婚園田丸山はそう主張する。
「それは違うぞ!」
「独身が良いのは最初だけだ!」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
それに反論を示したのが、更に新たに登場した未来園田達。
「俺達は独身の未来から来た。寂しくて鬱になって酒に溺れて体を壊して若くして命を終えた」
「私は何もやる気が出なくなって孤独死しちゃった」
しちゃった、じゃねーよ。
お前らだけ設定が重すぎるだろ。
と全員が思ったが本当に重すぎるので言い出せなかった。
また、孤独死したという割に見た目が他の未来と同じように三十代なのは仕様なのか三十代でそうなってしまったのかも怖くて聞けなかった。
「待ってくれ。じゃあ俺達はどうしたら良いんだ」
「そうよ。誰と結婚してもダメ。結婚しなくてもダメ。詰んでるじゃない」
過去の自分達に幸せになってもらうべくやってきたのに、その未来が選べないというのは意味が分からない。現代園田達の指摘も尤もだ。
「いや方法はある」
「ポイントは慰める暇が無いくらい武史とラブラブになることよ」
「待って。だから何でさっきから私だけ辱めるの。そろそろ泣くよ?」
それだけむっつりなのだから諦めろ。
「そうか。結婚してもケンカをしなければ良いのか!」
未来結婚園田が理解したと声高に叫んだ。
「なんて幸せな未来なの」
未来丸山1stがその未来を想像してうっとりとする。
「だが一体どうやれば良いんだ。俺達って日常的にケンカしてるだろ」
未来園田1stの懸念に未来独身園田は自信満々に答えた。
「簡単さ。毎日愛を伝え合って一生バカップルで居れば良いのさ」
「なるほど!」
「なるほど!」
「なるほど!」
「なるほど!」
「ええええええええ!?」
「無理無理無理無理!」
理解して喜ぶ未来人達と恥ずかしくてそんなことは出来ない現代人達で反応が大きく分かれた。
「一日最低一回は『愛してる』って言うルールにしましょう」
「それならセットで『キス』もしようぜ」
「好きなところを伝え合うとか」
「毎日放課後デート! 休日も毎回デートよね!」
「出来るかああああああああ!」
「無理無理無理無理!」
好き放題言い出す未来の自分達に現代園田達は猛反発。
ただでさえ素直になれないでケンカするほどの仲なのにバカップルムーブなど恥ずかしすぎて出来るはずがない。
「出来る出来る。というか本心ではやりたくて仕方ないんだろ」
「私はもっと過激なことをやって欲しいよね」
「だからどうして私だけ辱めるの!」
「ベッドの上で滅茶苦茶にして欲しいって思ってたじゃない。毎日やれば完璧よ!」
「うわああああああああん!」
本当にガチ泣きしてしまった。
だが大人丸山達は容赦なかった。
「さぁそれじゃあさっそくここでキスしましょう」
「どうせならセックスしても良いのよ」
「私達の力で誰も来ないようにしているから平気平気」
露骨なエロ台詞が全て丸山の台詞というのがまた悲惨である。
「ほらほら」
「お、押すなって。うわ、体が勝手に!」
「ほらほら」
「うわああああん!やめてええええええええ!」
体が勝手に動き向き合う形になる。そして背中を押されるかのように一歩二歩と進み距離が近づいて行く。
「キース!キース!キース!キース!」
デリカシーも何も無い最低なコールが響き、あまりの気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな現代園田達の顔が徐々に近づいてしまう。
事態についていけず戸惑いながらもガチ照れしている園田。
泣いているけれど内心ではドキドキワクワクしている丸山。
そんな二人の幸せな未来を強引に確定させるべく、愛があるんだかないんだかよく分からないベ-ゼが行われようとした瞬間。
「待った! このままだと破滅の未来が待ってるぞ!」
「好きすぎて子供作りすぎて貧乏になって生活できなくなって一家離散よ!」
またしても未来園田達がやってきて止めたのだった。
次から次へとやってくる未来の自分達に現代園田達は我慢の限界だった。
「もうお前ら帰れ!」
「もうみんな帰って!」
その激しい怒りが効果を発揮したのか、未来人達はあっさりと消えてしまったのだった。
そして残された園田達はあまりにも気まずかったのでそのまま家に帰ったのだった。
尤も、むっつり丸山だけは内心で『惜しかったなぁ』などと残念がっていたが。
辱められたのはその性格のせいである。