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【第2話】第二王子と元恋人

 参加者は入口の方を向いて、第二王子を今かいまかと待っている。

 すると、静まり返った王宮の庭に、こつこつと石畳を歩く音が響き渡る。

 足音が止まった。

 参加者が一斉にカーテシーまたはボウ・アンド・スクレープをした。

 もちろん私もカーテシーをした。ライラの身体が覚えてくれていてよかった。

 カーテシーというのは女性の礼のことで、ボウ・アンド・スクレープというのは男性の礼のことだ。貴族同士の挨拶ぐらいの軽いものから、王族などの立場の高い人への挨拶をするときの深々としたものまである。

 今やったのは軽くも深々ともしていないちょうど中間ぐらいの礼だ。

「……楽にしてくれ」

 その合図で第二王子を見る。

 二人目の転生者、第二王子テオドール・ウェスティアは銀髪でエメラルド色の瞳をしていた。

 なんだろう? この違和感。

 笑っているのに笑ってないこの感じ。

「今日は王家主催のお茶会に集まってくれてありがとう。聞いている者もいると思うが、このお茶会は私の婚約者探しを兼ねている。存分に楽しんでくれ」

 とりあえず、第二王子の挨拶は終わったようだ。

 楽しめるか!

 参加者のほぼ全員がこう思ったことだろう。

 評判の良くない第二王子と婚約したくない人や、第二王子と婚約させるぐらいなら他の貴族と縁を繋げたほうがいいと考える人が大勢いる。

 空気感で察した。

 かくいう私も第二王子と婚約したくない。

 だって、一応第二王子なんだから、王子妃教育とかあるでしょ。それに、嫌な感じがするから。第二王子の目は参加者を(わら)っている。私が苦手で嫌いな類いの人だ。

 今は隠しているつもりのようだけど、嘲笑が隠しきれていない。人を見下し、自分が絶対というようなその目には、覚えがある。

 前世の元彼、浅井伊吹(あさいいぶき)だ。

「ライラ! 第二王子殿下がまっすぐこちらに向かってきているわよ⁈」

「え⁈」

 お母様に小声で言われてこっそり見てみると、他の人には目もくれず、私たちの方へ歩いてきている。

「ほ、本当ですね……。お母様、ありがとうございます」

「わたくしもできる範囲で助けるけど、頑張るのよ、ライラ」

「はい、頑張ります」

 私たちは気づいてないふりをしながら、第二王子に注意を向けた。

 やっぱり狙いは私?

 なんで? そんな目立つようなことしたっけ?

 そんなことを考えていると、第二王子が目の前で止まった。

 そして言った。

「お前、俺の婚約者になれ!」

「……は?」

 おっと、つい素が出てしまった。

「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「ああ」

 第二王子は私に顔を近づけてきた。

 どうして理由を言うだけなのに顔を近づける必要が?

 という心の声はグッとしまい込んだ。これでも第二王子だから。

「お前、転生者だな」

「っ!」

 耳元で囁かれたその言葉は、想像もしていないものだった。

 どうしてわかったの?

 待てよ、神様は私に他の転生者の名前を教えてくれたということは、二人も知っているということでは……?

「沈黙は肯定とみなす」

「……」

 その聞き方、やっぱり知らないってこと?

 どっちなんだよ。もしかして手当たり次第聞いているとか?

 ……この王子ならあり得そう。

「今すごい失礼なこと考えなかったか?」

「いえ、そのようなことなど考えていませんよ」

 意外と勘が鋭い。

「まあいい。お前、もしかして夏奈か?」

「え……?」

 なんで、それを……?

 (夏奈)ってバレるようなことしたっけ?

 (夏奈)を知っているということは、私も第二王子の前世を知っている?

 この勘の鋭さ、この嗤い方、このこちらの話を聞かない一方的な感じ。

 もしかして浅井伊吹……⁈

 よりにもよって伊吹⁈


 浅井伊吹、この男はとても、すごく、まじでやばい。

 一言で表すなら、暴君。

 伊吹は、大手IT企業社長の一人息子、何をやらせてもできてしまうタイプ。

 だからなのか、何かができてない人を見つけると指をさして嘲笑う。

 そして、なんでも持っている自分が世界の中心だと言わんばかりの振る舞いをする。

 夏奈もそれに巻き込まれた。

 あれは、高校三年生の時。

『おい! お前、俺の恋人になれ!』

『は……?』

 出会って三秒で言われたのは、こんな言葉だった。

 私と伊吹はそれまで、会ったことも話したこともなかったはずだ。

 それなのに、突然恋人になれだなんて……。

『お断りします』

『……え? お前、本当にーー』

 何か言っていたようだが、華麗にスルーした。

 それからだった。

 脅しのようなことが始まったのは。

『お前の父親、首にした』

 そう言われた日の夜、お父さんは会社を首になっていた。

 お父さんが勤めていた会社が伊吹の父親の企業に吸収合併されたらしい。

『お前の母親に夏奈の恋人の浅井伊吹だと言ってきた』

 そう言われた十分後、お母さんから電話がかかってきた。

 あんな素敵な人が夏奈の恋人で、私は嬉しいという内容だった。

 伊吹の執念に恐怖を感じた。

『俺らが通ってる高校の生徒に夏奈と付き合ってるって大声で言ってきた』

 そう言われた五分後、友達から仲間はずれにされるようになった。

 伊吹は顔だけはいいから、女子に人気なのだ。

『今のもろもろの状況をどうにかしたかったら、俺の恋人になれ』

『……はい』

 私は折れた。

 好きでもない、むしろ嫌いな人の恋人になったという事実は、私の心を沈ませた。

 伊吹と恋人になってから一週間後、私にとっての救世主が現れた。

 その人は高橋綾人(たかはしあやと)。近所に住んでいる兄的存在だ。

 なんと、綾兄が説得? して別れることを伊吹に承諾させたのだ。何を話したのかは知らないけど。

 その後、伊吹とは夏奈が死ぬまで関わっていなかったのに! どうして、転生してまで関わらないといけないわけ⁈


「もしかしなくても伊吹ですか?」

「ああ、そうだ。まさかお前も転生していたなんてな、夏奈」

「どうして私があなたの婚約者にならないといけないのですか?」

「そんなことを言っていいのか? 俺はウェスティア王国第二王子だぞ?」

 嫌な予想が的中した。本当に権力に物を言わせてきた。

 どうしよう?

 そう思って、お母様を見てみる。

 すると、お母様は承知したと言ったように頷いた。

「第二王子殿下、お話中申し訳ございません。うちの娘を婚約者に、とのことで間違いはございませんか?」

「ああ、そうだ」

「……この国の結婚と婚約の法はご存じですか?」

「恋愛結婚・婚約法か?」

「はい、そうでございます」

 恋愛結婚・婚約法、それは、政略的な結婚・婚約もできるが、優先されるのは恋愛的な結婚・婚約だ、という法のこと。

 もしかして、それがあればこの婚約を回避できるかもしれない?

 なるほど。お母様、その作戦乗ります!

「それがどうした? ライラには好いている男でもいるというのか?」

「ええ、そうでしょう? ライラ?」

「はい、そうですね」

「それは一体誰なんだ⁈」

 第二王子は怒り気味に言った。

 誰? 誰、だろう? ……あ! この騒動に巻き込むのは申し訳ないけど、巻き込ませてもらいます! ごめんなさい!

「……あ、アルフィー卿です!」

「……え? 僕ですか?」

 思ったより近くでアルフィー卿(ルーク・アルフィー)の声がした。近くにいたのに全然気づかなかった。

 だが、これは好都合! 誠に申し訳ないですが、告白させていただきます!

「アルフィー卿、私、ライラ・グレンヴィルはあなたのことを好いています! だから、その、なんというか……」

 好きって言ったあと考えてなかった⁈ どうしよう⁈

 公衆の面前で、ほぼ初対面の人に告白してしまった恥ずかしさが、思考力を低下させる。

 頭がパンクしそうだ。今きっと、私の顔は赤くなっている。

「……ありがとうございます」

 予想外の返事が来た。

 これはいけるかもしれない。

 私はアルフィー卿に目で訴えた。

 第二王子と婚約なんてしたくないです! 助けて!

 と。アルフィー卿は少し驚いたように目を見開くと、任せてと言わんばかりに頷いた。

「第二王子殿下、実は、私もグレンヴィル公爵令嬢に好意を寄せております。なので、恋愛結婚・婚約法は成立できますね」

「なっ、そ、そうか。そうだな。それならば仕方あるまい。今日はこの辺にしておこう」

 そんなことを言って、第二王子は去っていった。

 「今日は」この辺にしておく、というのが気になるところだが、まあ、いいか。

「アルフィー卿、巻き込んでしまい、申し訳ございません。そして、ありがとうございました」

「いえ、良いんですよ。実際、好意に思っているのは事実ですし。ふと疑問に思ったのですが、グレンヴィル公爵令嬢は僕のことをどう思われていますか?」

 あの告白が本心じゃないってバレてる……。

 私はどうなんだろう? 確かにアルフィー卿のことは好意に思っているが、正直、恋愛感情ではないんだよね。

 よし、そのまま伝えよう。ここで嘘をついても良いことはない。

「好意には思っておりますが、正直なところ、恋愛感情ではないです」

「……そうですか。それと、僕のことはルークとお呼びください。アルフィー卿では呼びにくいでしょう?」

「ありがとうございます、ルーク様と呼ばせていただきます。私のこともライラとお呼びください」

「わかりました、ライラ様」

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